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現実世界~それぞれの帰還~

廊下を走ってはいけません。


それを最初に習ったのはいつのことだったか。

俺達は周囲の静止する声も聴かずに廊下を全力疾走していた。エレベーターを待つ時間も惜しく、階段を駆け上がる。ナースステーションの前を走り抜け、ノックもせずに病室の扉をこじ開けた。


「知寿!!」


誰が叫んだのかもわからない。もしかしたら俺達全員が言ったのかもしれない。だが、そんなことはどうでも良かった。俺達が何を言ったかなど誰も気にしていない。大事なのは返事の方だった。


「あ・・・・・・」


俺達の目に飛び込んできたのは、明るい光の入る白い病室、部屋に持ち込んだ機器を片付けている与一さん、心音を告げるタイマー。そして、ベッドの上で上体を起こしている知寿だった。

知寿は俺達を見て目を丸くしていた。その表情が次第に柔らかなものになる。目を細め、困ったように眉を曲げ、瞼の端から水滴が零れ落ちた。


「・・・みんな・・・」


彼女の口が動く。彼女の声が聞こえる。


「えと・・・えへへ」


真っ先に蜂巣が知寿のベッドに飛び込んだ。


「ちずー!!!」

「わっ、華美・・・」

「このばか!いっつもいっつも私に迷惑かけてばかりで!!本当にもう・・・ばかあああああ!!」


涙ながらに叫ぶ蜂巣。そんな彼女の姿なんて俺は初めて見た。


「はぁああああ・・・」


盛大なため息をついてその場にへたり込む後輩。


「よかったぁ・・・」


項垂れる後輩は今にも気を失いそうな様子だった。その背中を猿が押し込み、病室の中に入れさせる。


「はぁ・・・」

「ほんま、よかった・・・」


俺と猿のため息が重なった。お互いの疲れた顔を見てヘラヘラと笑う。

安堵で気が緩んだせいか、強烈な睡魔と倦怠感が襲いかかってきていた。


知寿は蜂巣が独占している。行き場を失った俺達は改めて病室の中にいた与一さんに挨拶した。


「・・・ありがとう・・・本当に・・・ありがとう」


与一さんが涙を流しているところも初めて見た。与一さんは感無量といった様子で『ありがとう』以外の言葉が出てこない。俺達は与一さんと握手を交わし、感謝の抱擁まで味わった。

力強く抱きしめられ、肺を押しつぶされかけて咳き込む。


「ごほっ、ごほっ!!」

「タケル・・・」

「あん?」


知寿に声をかけられ、そちらを見る。

ようやく泣き止んだ蜂巣がきまり悪そうに知寿のベッドから顔をあげていた。

俺の後ろでは猿が与一さんの抱擁を受けて断末魔の悲鳴のような声をあげていた。


「・・・タケル・・・」

「なんだよ」


手招きされて近寄る。

間近でみる知寿の顔はまた痩せたようだった。ただ、その笑顔だけは変わらない。

こいつの笑顔はいつも変わらない。辛い時も嬉しい時も差異などほとんど見せずに笑うのだ。


この笑顔に何度も騙された。何度も力をもらった。だから、何度だって見せて欲しいと願って俺達は戦ったのだ。


「・・・タケル、タケル」

「・・・だから、なんだっての」


まだ手招きをする知寿。俺はベッドの隣にまで移動してきている。これ以上は近づけない。


「あのね・・・わたし・・・・」


小さな声で知寿が何かを呟いた。あまりに小さい声で聴きとれない。


「なんだよ。もう少し大きい声で言えっての」


ずっと寝ていたから喉の調子が悪いのだろうか。俺はしゃがみこんで知寿に顔を寄せる。


「あのね・・・」

「うん?」

「わたし・・・」

「うん」

「こうしたかった」


突如、俺の首に知寿の腕が絡みついた。


「うおっ」


そのまま彼女に引き寄せられて、ベッドに沈み込む。病院のシーツの臭いと知寿本人の匂いが鼻の奥に流れ込んだ。


「あぁ・・・タケルだ・・・本当に・・・タケルだ・・・」


俺の肩口に顔を押し付けた知寿がそう言うのが聞こえた。

肩が湿ったような感じがする。鼻をすすっているので多分涙か鼻水だ。後者でないことを祈りながら俺は諦めてされるがままにしておいた。

俺は彼女の背中に手を回す。片手大ぐらいしかない小さな背中が小刻みに震えていた。


「ずっと・・・ずっと真っ暗だった・・・ずっと・・・もう、帰れないって・・・思ってた・・・私が消えちゃいそうだった。そんな時にね・・・タケルの声が・・・ずっと聞こえてたんだよ」

「そうか・・・」

「タケルがね・・・金城に喧嘩を売ってる声が・・・ずっと聞こえてた・・・」


思わず閉口してしまった。嘘でもなんでもいいからロマンティックなことを言えないのかこいつは。


「そのたびに、面白くて笑って・・・帰りたいって強く思って・・・私・・・頑張ったんだよ・・・頑張って踏みとどまったんだよ」

「・・・・・そっか」

「頑張って・・・帰ってきたんだよ・・・」

「ああ・・・」


自然と俺の手が知寿の頭を支えていた。

癖のついた髪は今や好き放題にあちこちに跳ねている。その髪を撫でつけるように俺は知寿の頭を撫でた。


「・・・だから・・・だから・・・わたし・・・わたし・・・」

「おかえり」


知寿が驚いたように顔をあげた。至近距離にあるその目から大粒の涙がこぼれる。そして彼女は俺が今まで見たことのない程の大輪の笑顔を見せてくれた。


「・・・うん!ただいま!」


その笑顔に胸が締め付けられる。きっとそれは彼女が帰ってきた嬉しさとか、俺の腕の中で笑う彼女の愛おしさとか、全てが丸く収まったことへのこれ以上無いほど多幸感とかに押しつぶされそうになっている俺の心臓のせいだ。


だから、この息苦しさは知寿のせいだ。


俺はそんな気持ちに流されるまま彼女を抱きしめた。

剣道で鍛え上げたこの両腕が俺がこの世で一番大事な存在を確かに脳に伝えてくれる。そこには電脳世界では決して味合うことのできない穏やか温もりが宿っていた。


「タケル・・・苦しい・・・」

「ちょっと我慢してろ」


俺の涙が彼女の肩口へと吸い込まれていった。



――――――― ※ ――――――― ※ ――――――― ※ ――――――― 


暗い闇の中。パソコンの画面だけが怪しく光り輝く中で金城 快斗は自分の座っていた椅子を蹴り飛ばした。


「くそっ!くそっ!くそくそくそぉおおおおおお!!」


暗闇に向けて悪態を放つ。打ちっ放しのコンクリの壁に反響した音がガンガンと鳴り響いていた。


「なんでだ!なんでだ!なんでこうなった!おい、芥田!芥田はどこだ!!どこにいる!!」


金城は部屋の扉をあけ放ち、廊下の左右を見渡して叫んだ。

そこには非常灯のみが点いた薄汚れた廊下がただ続いているだけだった。、そこには人っ子一人いない。金城はまた悪態をついて扉を蹴り飛ばした。


「でてこい!まだ契約は終わってねぇだろ!!もう一度だ!もう一度!『僕の知寿』を取り戻せ!!」


彼女の意識データがなければ『僕の知寿』は生み出すことができない。

例え形ばかり整えて、成功な千代田 知寿を作ったとしても、それは簡易AIにより決められた反応しかしない機械人形でしかない。そんなもので金城が満足できるはずもなかった。


金城は人影を探して歩き回る。


「芥田!芥田!!」

「お呼びですか?」


不意に廊下の角を曲がり、一人の男が顔をのぞかせた。

スーツにネクタイ、髪は七三分け、黒縁メガネが非常灯の明かりを反射して白く光っていた。


「呼んでんだよ!呼んだらすぐこいよ!

「それでいかがいたしましたか?」

「もう一度だ!もう一度やるんだよ!!」

「はて?なんのことですか?」

「なにって、決まってるだろ!『僕の知寿』を取り返すんだ!あの悪漢に奪われてしまった僕の可哀そうな彼女を助けるんだ!」

「ええ、ええ。その要望のことは伺っておりますよ」

「だったらさっさと・・・」

「まぁ、落ち着いてください。私が言っているのは別のことなのです?」

「別の?」


金城は血走った目を細めた。彼はそのサラリーマン風の男を小馬鹿にしたように見下ろした。


「ああ、金か?それなら800万まで手付で払ってやる。それ以上は少し待ってくれ、株でもう一度儲けてから・・・」

「いえ、お金の話ではありませんよ」

「じゃあ、なんなんだよ!!」


金城はすぐさま怒鳴り散らした。金城は今や我慢をするというタガが完全に外れていた。

苛立ちを抑えることもせず、喚いて物に当たる。

そんな金城を芥田という男はまるで意にも介していない。芥田は微動だにしない。目線も眼鏡に隠れてよくわからず、その男が何を見ているのかは外からは伺い知ることができなかった。


「もう一度・・・とは、どういうことですか?」

「は?何言ってんだ!『僕の知寿』が攫われ・・・」

「そうですね。そして、そうなった場合のことに関しては我々の契約の外になるわけです」

「・・・・・は?」

「つきましては、我々の契約は終了。あなたと私は単なる『過去に仕事を請け負ったことのある他人』でございます」

「じゃ、じゃあもう一度契約してやる!そうだろ!?」

「残念ですが我々としましても、そう易々と『奪った意識』を取り返されるお方とはもう組みたくはないのですよ。こちらも、暇ではないのでね」


そこまで言われ、金城はようやく今の現状を理解しはじめていた。

ここは芥田に言われるがまま連れてこられた隠れ家だ。芥田以外に金城がこの場所にいることを知っている人はいない。そもそも、金城本人ですらこの場所の正確な位置を把握していなかった。


「じゃ、じゃあ帰る・・・」


金城は顔に汗を浮かべながらそう言った。


「おや?よろしいので?あなたは既に千代田 知寿様に対する電脳法違反により逮捕状が出されております。外に出ればつかまりますよ」

「う、うるさい!僕は帰る!帰るぞ」


金城はそう言って足を一歩下げた。目の前にいる芥田という男の歪さ、不気味さにようやく気が付いていた。


「そうですか?ではご自宅をご用意しましょうか?」

「・・・は?何を言って」


芥田が指を鳴らした。

すると、瞬時に周囲の景色が変わる。


見慣れた廊下、見慣れた調度品、見慣れた景色。


そこは金城の自宅に瞬時に入れ替わっていた。


「・・・は?」

「お気に召しませんか?では、学校にでも通われますか?」


再び芥田が指を鳴らす。

周囲の景色が学校の教室に変わる。ざわめきと共に金城のクラスメイト達が現れた。


「どうです?ここでしたら、千代田 知寿様もいらっしゃいますよ。ああ、このクラスにはかの岳垣 タケル様もいらしましたね。ではどうしたらいいですかな?」


教室の片隅に佇むその男の薄っすらと張り付いた笑みが金城には悪魔の微笑に見えていた。


「うわぁぁああ!!」


金城は恐怖のあまりパニックになりながら教室を飛び出た。

だが、そこから一歩出た世界は不可思議な空間だった。


周囲全てがパソコンのコードが流れるディスプレイになったような世界。

地面も空も全てがコードで表示された世界が地平のかなたまで広がっていた。


「おや、急に動かないでいただきたい。そちらはまだモデリングが終わっていないんですから」


金城が振り返る。そこに芥田が立っていた。


「出せよ!」

「はい?」

「ここから出せよ!僕を現実に返せ!!」

「何を言ってるんです?」

「・・・え?」


芥田が眼鏡を取った。その下にはこの世のものとは思えぬ闇が埋め込まれていた。黒い氷をはめ込んだような、感情の読み取れぬ瞳。


「ここがあなた様の『現実』ですよ」

「なにを・・・言って・・・」

「おや、準備ができたようです。さぁ、どうぞ」


コードのみの世界が変わる。


広大な街並み、行きかう人々、その誰もが金城と芥田を無視して歩いていく。

音も、臭いも、流れる風の感触も何もかも現実のようだった。


「・・・あなたはどんな『現実』がお好みですか?」


そう言って芥田は目を細める。

それはまるで獲物を見つけた悪魔のような笑みだった。



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