MOBA〜序盤戦〜
“Garden of Heros “のフィールドを上空から眺めると正方形の形をしている。その左下と右上の小さなスペースにチームの本拠地があり、その周囲を城壁が囲っている。両者の間は広大な森で埋め尽くされており、その中間には両陣営を二分する位置に川が流れていた。
「作戦はどうする?」
俺が仲間内のVCをオンにすると、すぐに『チーター』が答えた。
「『猿』以外はみんな得意武器かな?『猿』、それどの時間帯が一番強いの?」
「一番強いのは後半やな。序盤も割と勝負できるけど、あんましたくないな」
「そう。ならいつも通りいきましょ。序盤は全体的に防衛重視、後半に逆転できるように資金優先の安全プレイで」
了解、という言葉がチャット内を木霊する。
俺たちは一斉に森の中に散らばった。自分の視野の端に浮いているマップ画面には味方の位置が常に表示されるようになっている。全員があらかじめ決められた道をなぞるようにして、森の中を淀みなく進んでいく。
その間に俺は自分のステータスをもう一度確認した。
レベル1の能力値はどの武器を使ってもあまり差はないが、他の武器と比べてもデュエルソードのステータスはやや低い。
この武器はレベル毎の成長率が高い大器晩成型の成長をするのだ。その為、序盤はどうしても味方のフォローが必須である。
俺がたどり着いた場所は複雑な森の中で倒木と巨大な岩に囲まれたスペース。そこには大量の骨が散らばり、動物達の墓場のようなデザインがされていた。
俺は近くの草むらに身を潜めた。その隣にチームメイトの一人が身を潜める。
肩まで届くぐらいに綺麗に切りそろえた髪と鋭い目つきが特徴の女子だ。彼女のヒーローネームは『捨て鉢』である。彼女の手には歪な形の棍棒が握られていた。だが、彼女へ視線が向く理由はその服装だった。彼女のアバターが着ているのはほとんどボロキレと化した布一枚だ。一枚の布に穴をあけて上から被っただけのものを腰の皮のベルトで止めている。アバターなのでどんな格好をしようと自由だし、下からのぞき込んでも服の内側は決して見えないシステムにはなっている。
だが、その豊満な胸部とむき出しの太い足は目の毒極まりなかった。
俺がそれを凝視しないのは相応の代償が待っているからだ。
俺はひたすらに空っぽの巣をみつめていた。
そんな時、『捨て鉢』の方から声をかけてきた。
「『首ったけ』あなた、『チーター』に嘘付かせたでしょう」
チームメイトの中で女子は『捨て鉢』と『チーター』の二人。二人の仲は良好だ。
どこかで、彼女の残り勝利数を見ていたのだろう。
「気を使わせたよ。礼は言っておいた」
「ふぅん・・・」
彼女はそれだけを言って、すぐに黙ってしまった。
俺は小さくため息を吐く。
今回は毒吐かれなくてよかった。
もし、ここで『あいつが勝手にやったことだ』とか言って気取ったり、『なんのことだ』とか言ってクール振ろうものなら、追加の百万語が飛んでくるのだ。『チーター』の気持ちを無駄にしている点から話は始まり、最終的には男尊女卑の糞野郎とまで言われる。
とはいえ、彼女は性別を笠に着て上から物を言ってくるわけではない。『捨て鉢』は気遣いができない人間が嫌いなのだ。
「・・・来ましたよ」
『捨て鉢』に言われ、視線を前に戻す。目の前の空間に巨大なランタンを持った幽鬼が現れていた。黒ずんだフードを被った姿をしており、身体は少し透けている。だが、フードの奥に光る赤い両目だけが世界に強く浮かび上がっていた。【レイス】と呼ばれるモンスターだ。
初めてGarden of Herosをプレイした時、森の中でこいつに出くわして、腰を抜かしたのは苦い思い出だ。あの話はいまだに『猿』を爆笑させ、チームメイトを笑いの渦中へと放り込む。
まず先に『捨て鉢』がその棍棒で殴りかかった。ワンテンポ遅れて、俺もデュエルソードを構えて突進する。
俺は剣を上段から一気に振り下ろした。霞のような幽鬼を相手にしても、切った感触が確かに残る。厚紙の束を裁断機で一気に両断したような感覚だ。
この手応えが没入型VRの素晴らしいところだった。現実世界と似通っているが、明らかにゲームとわかる絶妙な匙加減。お陰で罪悪感など微塵も感じずに他人のアバターも切り刻める。現実と仮想の狭間に位置するゲームならではの爽快感だった。
俺は次の一撃を振るうために剣を持ち上げようとした。だが、剣は突然水の中にでも突っ込んだかのように、異様な抵抗で動かせなくなった。
「最初は本当にストレスだよな・・・」
俺は冷静に時間を数え、タイミングよく剣を振り上げた。今度は何の造作もなく剣は振り上げられ、俺はまた剣を大上段から振り下ろした。そしてまた硬直時間。
武器毎に設定された攻撃速度だ。相手に攻撃を加えると、一定時間武器が動かなくなる。足は動かせるので、一撃を与えて回避の為に距離をとる。この繰り返しがモンスター狩りの基本である。
だが、この攻撃速度には抜け穴も存在する。
モンスターの幽鬼が攻撃を仕掛けようと腕を振り上げた。防御しようにも俺の硬直時間はまだ終わっていない。だが、俺は冷静にスキルを発動した。
【受け流しLV.1】
剣が重力の枷から解放された。
剣を頭の上に構え、その剣で幽鬼の爪を受け止めた。
バキン、という子気味の良い音がしてその爪が弾けぶ。そして、がら空きの胴体向けて再び剣を振り下ろした。
赤いエフェクトが飛び散り、【レイス】の体力が削られた。
【受け流しLV.1】は相手の攻撃を弾き、追撃を与えるスキルだ。
Garden of Herosで1試合の中で個人が使えるスキルは全部で7つ。うち、レベルアップで覚えるスキルは4つだ。通常スキル3つに、レベル6以降に取得できるUlt。
試合開始の段階でこの中から1つ選んで、取得できる。ちなみに俺は【受け流し】を最初に取得するようにしている。
【レイス】の攻撃をかわしながら、冷静に斬撃を繰り出してダメージを与える。
『捨て鉢』と2人がかりだというのに、なかなかしぶとかった。
幽鬼が再び攻撃を仕掛けてきた。スキルは再使用まで一定の時間がかかるので今度は【受け流し】を使えない。
諦めてダメージを受けると、爪が通った場所に軽い衝撃が残った。
「っつ!」
攻撃する側の爽快感は大雑把に、攻撃を受ける側はマイルドに。それが、売れる没入型VRゲームの鉄則らしい。
だが、【レイス】の体力もすぐに底をつきかけた。
「それじゃあ、『チーター』のフォローに行く」
「ああ、ありがとな」
【レイス】の体力はまだ残っているが、『捨て鉢』は攻撃をやめて仲間の元へと移動するために森の中へと消えていった。トドメを俺に譲り、経験値を俺一人で独占できるようにする為だ。大器晩成型の武器はなるべく早く成長することが必要だった。
「相手は機動力の高い構成よ、こちらの陣地に侵入されないように気をつけて」
「了解了解」
そう言って、俺は【レイス】を振り返る。
「チェェエエストォオオオオ!」
叫びながら最後の一撃を幽鬼に叩き込んだ。
幽鬼は断末魔の悲鳴をあげ、経験値と資金をプレゼントしてくれる。
「ふん、他愛もない・・・」
電子音がして、俺のレベルが2に上がったことを教えてくれた。俺は2つ目のスキルを習得。
マップを見ると、既に森の中間地点である川を挟んで敵味方が接触していた。
前線は味方にまかせ、俺は森をめぐってモンスターの群生地を探す。
すると、右手に狼の姿をしたモンスターの巣が見えた。だが、あいつらは一体に攻撃を仕掛けると、周囲にいる仲間を呼び寄せて複数で取り囲んで攻撃してくる。初期装備とスキル2つ程度ではあっけなくやられてしまうことを俺は経験則で知っていた。
経験値は惜しいが、こいつらはスルーして別のモンスターを探すことにする。
そして、しばらく行くとThe ゴブリンといった感じの醜悪な見た目のモンスターに出くわした。手には棍棒を持っているが『捨て鉢』の持っていた棍棒よりも短くて細い。なんとも頼りない感じだ。経験値としてはあまり美味しくはない。だが、モンスターはモンスターだ。
俺はそいつに向かって走りながら剣を振り下ろした。
「チェストォォォォォォオオオオオ!」
すれ違いざまに切り下し、そのまま駆け抜ける。
地面を滑るように停止し、すぐに残身の姿勢をとる。
すぐに反撃が来た。だが、こちらのスキルは再使用時間が既に経過している。
俺はゴブリンの攻撃に合わせて再び【受け流しLv.1】を発動。更に、さっき取得した【処刑Lv.1】も発動。棍棒を弾き飛ばした直後、デュエルソードが紅い色に輝いた。
「キェエエアアアアアア!」
ゴブリンの断末魔ではない。俺の声だ。ゲーム内の身体の声帯で叫びまくる。VCをオンにしないと声は仲間に聞こえないし。敵プレイヤーにはかなり接近されないと聞き取れないシステムになっているので叫び放題である。
紅い剣がゴブリンの肩に突き刺さった。
ゴブリンの体力ゲージが軽く消し飛ぶ。【処刑】は一度だけ攻撃の威力をあげるスキルだ。
俺はゴブリンから距離を取りつつ一度後退する。攻撃をかわしながらスキルの再使用の時間を稼ぐ。
少し引いては斬り、少し引いては斬る。ゴブリンは棍棒を片手に簡易AIに従って襲いかかってくるので、やることは単調である。少しダメージを受けながら、攻撃を加え続ける。そして、再びスキルを込めた攻撃をぶち込んだ。
「ぎぃあああああああ」
俺の声ではない。ゴブリンの断末魔だ。
経験値と資金を再びゲット。
「さぁて、お次は・・・」
マップを見る。川の周囲にチームメイトが4人、敵のチームも4人確認できている。
残り1人は俺みたく森の中で経験値を貯めるのに忙しいのだろう。
「次はもうちょっと・・・経験値の多い奴を・・・」
その時だった。
「みぃつけた・・・」
その声が聞こえ、森の茂みから何かが飛び出してくるのはほぼ同時だった。
「やべ!」
敵のプレイヤーだった。彼はド派手な不良みたいな恰好をし、両手にはそれぞれL字型になった鉄パイプを握っていた。たかが鉄パイプと侮るなかれ。この武器が案外強力なスキルを持っているのだ。
しかもこちらはスキルを2つ共使ったばかり、体力もゴブリンを相手にして半分程削れていた。それに対して相手のHPはほぼ満タンだ。
あまりにも不利だった。
頭上からの一撃をなんとかデュエルソードを構えて防御する。ガードに成功して軽減はされたが、体力が確実に削られる。
「くらえい!」
二本の鉄パイプの先端が光る。二方向から攻撃が迫った。一つは俺の武器を強烈な力で跳ね上げ、もう片方は俺の両足を刈り取るような動きでダメージを与えてくる。
「くそっ、動け・・・ねぇっ!」
俺の足は何者かに縫い留められたかのように動かなくなった。鉄パイプのスキルである【掛け崩し】が発動し、一定時間、攻撃、防御、移動、スキル発動ができなくなる。
こちらが動けないのをいいことに敵プレイヤーは更に追撃をしかけてきた。
更に体力を削られ、体力ゲージが危険域に突入した。
たが、なんとか倒される前に【掛け崩し】の効果が切れてくれた。
俺は相手に背を向けて森の中を走りだす。不利な状況なら36計を決めこむのも立派な戦術だ。
「あめぇ!」
後方から敵プレイヤーが文字通り『跳んで』きた。スキル【飛びつきかち割り】だ。現実では決してできない距離を飛び、敵プレイヤーは鉄パイプを振り下ろしてきた。
だが、それは読めていた。
こちらも既にスキルの再使用時間があがっている。
鉄パイプを防御しつつ【受け流しLv.1】を発動。鉄パイプが大きく弾かれ、相手は態勢を崩した。
「くそっ、待ちやがれ!」
「そうはいくか。逃げるが、勝ちってな」
俺は追撃をせずに逃げに走った。
俺が倒されれば、少なくない経験値とお金を相手が得ることになる。今は生存優先だ。
そんな時、チームメイトのVCから『猿』の声が聞こえてきた。
「なぁ、俺の対面におった奴がいつの間にかおらんくなっとるんけど。みんな気ぃつけろや」
「・・・おせぇよ」
俺は足を止めた。俺の目の前には巨大な斧を構えたプレイヤーが立っていたのだ。
頭上に迫る斧を見て、俺は一応防御を試みる。
だが、俺の体力はもはや微々たるものだ。防御でいくら軽減できても限界はある。
俺の体力が瞬時に消し飛ぶ未来は変えようがなかった。
【ファースト・キル】
【味方ヒーローが倒されました】
無常なアナウンスと共に俺はスタート地点である石壁の部屋に戻されていた。