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MOBA〜激突〜

いつもと変わらない時間、いつもと変わらない世界。

私は水晶の中に閉じ込められたまま、ただ時間を数えて過ごしていた。

目を開ければ私の身体が金城に甘えていた。耳をすませば私が金城に媚びている声が聞こえる。

その声は次第に色のついたものになり、嬌声へと変化して行く。


何度目かを数えるのも馬鹿らしかった。


それでも聴こえてくる声を私は防ぐ術を持っていない。意識だけの私に眠る術はない。

そんな世界の中で私は自分の心が徐々に摩耗していくのを感じていた。

怒ることも、悲しむことも意味のない世界では、感情を排しない限り生きていることができなかった。


助けて欲しいという願いすら虚しく聞こえる。


その時だった。


世界に強烈な光が降り注いだ。


「なんだっ!」


情事にふけっていた金城の焦った声。

私の意識が何かに叩き起こされたかのように覚醒した。


世界にスポットライトがあたり出したかのように、水晶の向こうにあった暗闇に新たな舞台が登場する。


その光景を私は知っている。見間違うはずがない。

ここは “Garden of Heros” の世界そのものだ。

私はそのゲームの勝利条件であるクリスタルの中にいた。


「っち、もう嗅ぎつけられたか・・・今呼べる面子は・・・まぁ、これならまぁ余裕かな」


金城は私の分身に甘い声をかけ、それを消し去った。

金城の目線がゆっくりと私に向けられる。私は目を閉じてしまいたい衝動にかられた。

絡みつくような視線、私の身体を撫で上げるかのような目の動き。そして、彼はこう言った。


「僕が・・・君を守ってあげるからね」


恐怖だった。嫌悪感が身体を走り抜けた。電脳体で良かったと思う。現実世界なら間違いなく嘔吐していた。


「金城、ゲームか?」


彼の周りにアバターが次々と降りたつ。


「ああ、勝ってくれたら1人20万出そう」

「ああ、それなら任せてくれよ。で、相手は誰だ?」

「『あの人』からメールがあった。警察だそうだ」

「はははは、国家権力とゲームで勝負か。おもしれぇや」


警察官。その言葉が私の胸に絶望を運んでくる。

これはゲームなのだ。いくら現実世界で強かろうとなんの意味もない。

素人が易々と勝てる程にこのゲームは甘くないのだ。


「で、へぇ・・・これが金城の彼女ねぇ」


彼らの仲間の1人が私を見上げてくる。


「こら、あんまりジロジロ見るな。知寿が可哀想だろう」

「ヘェヘェ・・・ったく、どの口が言うんだか」


その人はもう一度私を見上げ、憐れむような顔を向けてきた。

それでも次の瞬間にはゲームを楽しむ顔に変わっている。


私は遠くに見える陣地の光を見上げた。


それを何気なく眺めていた日々がひどく懐かしい景色に思えた。

この景色は私のもう一つの日常そのものなのだ。歩けない自分を脱ぎ捨て、四肢を自由に動かせる素晴らしい世界。

だが今はその日常があまりにも遠い。


両親、お兄ちゃん、華美、猿、後輩君、そして・・・


目を閉じれば大事な人達に顔が浮かんでは消えていく。


タケル・・・


その時だった。

森の上空にチームロゴが浮かび上がった。


「え・・・おい、あれ!」

「なんであのチームのロゴが出てんだ!?」


金城の仲間達が騒ぎ出す。

その中で1人金城だけが、憎々しげな顔でそのロゴを睨みつけていた。


「DoR・・・マジであいつらが来てんのか!?」


流れないはずの涙が溢れた感覚があった。

胸の奥がほんのりと温かくなる。


みんなが助けに来てくれた。


青地に白の丸文字で描かれた『DoR』の文字が勝利の旗印のように宙に浮いていた。



――――――― ※ ――――――― ※ ――――――― ※ ――――――― 



「見えたかな、あいつに」


俺はチームロゴの表示を消しながら武器やスキルをセットしていく。服装は最も使い慣れたものにしておく。上半身はハーフコート、下半身に革のパンツのスキンだ。


「さぁ?でも、良かったの?対戦相手を知らせるようなことして」


蜂巣はチームのことを考え、武器は『鎖』を選択していた。

このゲームは4対5の試合になる。効果的にダメージを出せる武器が1人でも多い方が良いという判断だった。

蜂巣はニューヨークの若者のようなダボついたパーカーを着て、右腕に鎖をぐるぐる巻きにしている。



「これで相手が戦意喪失してくれたら楽なんやけどな」


猿は『ミニガン』を肩に担ぎながらそう言った。服装はゲリラ戦でも行いそうな迷彩服だ。

彼は遠距離武器の中で最もDPSが高い武器を選択していた。飛んだり跳ねたりするスキルはないので蜂巣のサポートが重要になりそうだ。


「先輩方、ゲーム開始まであと2分です」


後輩はいつもの『フラスコ』を持っている。

その時、VCから熊鷹さんの声が聴こえてきた。


「君たち、聞こえるか?」


俺はチームメイトを見渡す。皆がOKサインを出していた。


「聞こえます」

「千代田の妹のデータは敵陣地の青い水晶の中にある。君たちの武器ならそれを破壊できるようプログラムを仕込んでいる」


つまり、この武器で相手クリスタルを破壊すればいいと言うわけだ。

なら、いつもと何も変わらない。


「このサーバーに入ってきたアバターのデータが出た。送るぞ」


送られてきたデータを宙空のパネルに表示する。正式なゲームじゃないので表示されているのはヒーローネームではなく本名の方だった。その1番上には思った通りの名前があった。


「主犯は間違いなくこの金城 快斗だ。岳垣君を襲ったのも彼だという証拠があがっている」


俺は現実世界で自分の首をさすった。


「君たちがゲームに勝利すればサーバーのプロテクトが緩む。そこを一気にハックできれば金城のログイン地点もはっきりする。逮捕に繋がる手がかりだ」


勝たなきゃならない理由しか出てこない。 俺は口の端で笑った。


「目的かどんどん増えてきますね」

「ああ。だが、手段は変わらない。このゲームに勝つ。それだけだ」


シンプルでわかりやすい。上等だ。


「それよりも、本当に4人でいいのか?一応、我々の中にもこのゲームの経験者はいるぞ。今からでも送り込んだ方が・・・」

「いえ、いいです。即席の連携じゃあ役に立たないです。それに、相手はプロ候補です。弱い箇所を集中攻撃されたら目も当てられません。それよりも、俺達にチート能力とかつけられませんか?そうすれば楽勝なんですけど」

「すまない、今全力でハックを仕掛けているが上手くいかない。後、1時間はかかる」


それでは試合が終わる方が先だろう。

普段はチート野郎撲滅キャンペーンを張っている俺だが、今日ばかりはどんな手段を使ってでも勝たなければならない。チートで安全に勝てればそれで良かったのだが、そう上手くはいかないもんだ。


「ゲーム開始まで後30秒だ。準備はいいか?」

「問題ないですよ」


俺は屈伸をして、デュエルソードを肩に担ぐ。


「さぁて、それじゃあ取り戻しに行きますか。ウチらのリーダーを」


仲間から返事の声があがった。


【英雄達の箱庭にようこそ】


ゲーム開始のアナウンスが響く。俺は真っ直ぐに敵陣へと続く道を走り出した。

久々の森にこもらない戦いだ。身体が覚えているといいんだが。

守護樹の脇を抜け、草むらを通り、お互いの陣地の中間地点である川が見えてきた。


川向こうには敵陣の森が広がっている。

俺は不用意に川に降りることはせず、様子を伺う。


「こっちは位置についたで」

「同じく」


猿と蜂巣の声が聞こえた。


【ミニオンが出撃しました】


松明を背負った二頭身の兵士達がお互いの陣地から出発してくる。

敵の姿はまだ見えない。俺はマップを確認する。

【ミニオン】が通っているところは明るく表示されているものの森の大部分は暗いままだ。

本当なら自陣の森を廻るプレイヤーが視界を取ってくれるのだが、今回その役目を持つプレイヤーはいない。4対5の試合での1番の問題は頭数不足による戦力低下ではない、松明不足による盤面把握力の低下だ。

俺達は目隠しでチェスをやらされているに等しい。


「まぁ、なんとかするさ」


俺は現実世界で乾きはじめた唇を舐めた。


自軍の青い【ミニオン】が川に降りていく。敵の森からは赤い【ミニオン】が現れ、戦いをはじめる。

色違い同士の殴り合いを俺は静かに見ていた。敵プレイヤーはまだ現れない。

お互いの【ミニオン】の体力がどんどん削れていく。彼らの頭の上に表示されている体力メーターがほとんど無くなりかけていた。


不意に巨大な骸骨の両腕が出現した。大地からせり出したそれは左右から挟み込むように打撃を与え、間にいた【ミニオン】をまとめて圧殺し、消しとばした。【魂の抱擁】だ。


戦うべき相手を失った敵の【ミニオン】が前に出てくる。

俺は川に降り立った。

迫りくる瀕死の【ミニオン】を切りつけてトドメを指す。そして移動して別の【ミニオン】にデュエルソードを振り下ろす。こいつらから資金を得るにはこうして最後のトドメをプレイヤーが行わなければならない。このトドメのことをゲーム内ではLHラストヒットと呼ばれている。これをいかに取り逃がさないようにするかがレーン戦の基本である。


俺が前に出てきたのもあえり、川に敵のプレイヤーも降り立った。


「よう・・・」


俺はまたLHラストヒットを取りながら、声をかけた。

この距離ならお互いの声は届いてるはずだ。


「昨日ぶりだな・・・元気か?」


そこには俺に憎々しげな表情を浮かべて俺を見る金城 快斗がいた。

だが、俺が記憶している金城という男とは随分と差異があった。彼がいつも手入れをしている金髪は今や方々に跳ね回り、髪を整えている様子はない。1週間前に教室で見たときに比べて頰も痩せこけて生気がない。だが、彼の目だけは顔の中で別の生き物のように浮かび上がり、ギラギラと光を放っていた。

目が光って見えるのは瞳孔が開き、目の奥に集まった光が反射するからだと何かの本で読んだ気がする。

彼の気持ちを昂らせているのはなんなのか?単なる興奮か、俺に対する憎悪か、それともこの試合に対する闘争本能か。

どっちにしろ、俺への殺意に溢れていることだけは確かなようだった。

そしてその殺意は現実世界の俺を一度俺を殺しかけている。


俺は現実世界の後頭部に針で刺したような痛みを感じた。


「おい、返事ぐらいしろよ。クラスメイトじゃねぇか」


俺は普段と変わらない言動を保つ。それが金城の敵愾心を煽っていることは知っている。むしろ、そうでなくては困る。


「なんだよ。釣れねぇな・・・」


一度にやってくる【ミニオン】は基本6体。そのうち半分が体力の多い【近接ミニオン】、もう半分が攻撃力の高い【遠距離ミニオン】

レーンでは【近接ミニオン】が片付き、【遠距離ミニオン】同士の撃ち合いが始まっていた。


俺は剣を休めて、金城を正面から見つめ、唇を吊り上げた。


「ああ、そうだ。『オレの知寿』は元気にしてるか?」


金城の眉間の皺が一気に深くなった。


「あいつ、割と甘えたがりで泣き虫だろ。俺の前だとしょっちゅう我儘言うからさ、今どうしてるか心配で・・・」

「それ以上口を開くな!!」


金城が半ば裏返った言葉で叫んだ。


そして金城は『髑髏の杖』を振った。杖の先端から暗い緑色の光が放たれる。通常攻撃だ。

俺は後方へ飛んだ。だが、一度狙いを定められた通常攻撃はどこまでも追いかけてくる。一発分のダメージをもらい、序盤ではやや痛い量の体力が奪われた。


だが、俺は口端を吊り上げた。


生き残っている自軍【ミニオン】が金城に攻撃を始めたのだ。

こっちに残っていた【ミニオン】は3体。そいつらの遠距離攻撃が金城に襲いかかる。


一発一発の威力は低いが、それが3発、しかも何度も飛んでくると序盤の体力では十分に痛手だ。

金城はそれをわかりつつも更に前に出てこようとする。俺への攻撃が狙いだろうが、俺は既に奴の攻撃範囲から離脱している。

これ以上は無駄なダメージと判断した金城は更に眉間の皺を深くして忌々しげに【魂の抱擁】を放った。金城を攻撃していた【ミニオン】がまとめて消し飛ぶ。


俺はそれを待っていた。


突進チャージLv.1】を発動する。

俺と金城の距離が一気に詰まった。


突進中に見た金城の顔にはより深い憎しみが刻まれていた。


残念だが『髑髏の杖』の攻撃射程より、俺のスキルの移動距離の方が長い。

俺は肩からぶつかり、ダメージを与える。そして、流れる勢いに任せデュエルソードを振り下ろした。

当然、敵の【遠距離ミニオン】の攻撃が俺にもくる。

だが、いくら脆いとはいえこちらは近接武器のステータス。貧弱な体力と防御力しかない魔法武器のステータスとは分母が違う。


デュエルソードが金城を切り裂く感触を伝えてくる。

この序盤では相手を殺しきることはできないだろう。俺は急いで近くの草むらに飛び込んだ。

姿が隠れたことで【ミニオン】からの攻撃が切れる。金城の攻撃も飛んでこない。

俺は自陣の森へと逃げ込みながら、再びレーンで金城と相対した。お互いの体力の減り具合を確認するとやや俺に有利な数字だった。


俺を奴を見て、余裕のある笑みを浮かべてみせた。


「んだよ。女の話ぐらいで熱くなるなよな。教室ではいつもこれぐらいの冗談は飛んでたろ?」


俺は相手に冷静さを取り戻させる余裕を与えない。

このゲームはチェスと同じだ。冷静さを欠いた奴から自滅していく。


次の【ミニオン】達が川で殴り合いを始める。

俺は前に出て敵の【ミニオン】の体力を削る。

だが、金城は動く気配がなかった。


自暴自棄になってくれるとありがたいんだけどな


俺がそう思っていたのは、金城が再び俺を見据えるまでだった。


「・・・もうその手には乗らない」

「・・・なんのことだ?」

「お前は俺の敵だ」


俺は現実世界でため息を吐いた。


「知寿は僕のものだ。お前のものじゃない。今、お前が自慢してる女は僕の知寿じゃない」


今の一連の戦闘だけで冷静になれるほどのショックを与えてしまったようだ。

なるほど、プロ候補って肩書きはやはり安いものではないらしい。


「知寿は僕だけを見るんだ。僕だけが彼女を認めているんだ。知寿だけが真の僕を認めてくれるんだ・・・」


そう言いながら、金城は【魂の抱擁】で【ミニオン】を素早く処理していく。レベルが上がり【死霊の腕】まで使われる。俺は金城と距離を取りながら一匹ずつ【ミニオン】を倒していくしかない。

範囲攻撃のない俺は次第に押し込まれ始めた。


川を超え、敵の【ミニオン】が守護樹までやってくる。


やはりそう簡単には行かないらしい。


「へぇ、それはお前の知寿の話か?そいつは随分と楽しそうな妄想だな」


挑発の効果は今ひとつのようだった。

金城は魔法攻撃の射程を生かして、守護樹の攻撃の射程外から攻撃し、俺にプレッシャーを与えてくる。俺への悪感情が消えたわけではなさそうだが、戦い方は随分と落ち着いている。

ハートはホットに頭はクールに。

言葉の上では格好いいが、ハートを占めてるのが倒錯した恋愛観だとどうも収まりが悪い。


「ダメか・・・」


しかもこちらは自陣森の視界ですら怪しい状況だ。守護樹の下にいてもまるで安心ができない。左右の暗がりからいつ敵の増援が現れるかわかったものではないのだ。


「2分経過」


蜂巣がVCでそう言った。そろそろ、他の敵も動き出す頃合いだ。

俺は当初の作戦を諦め、LHラストヒットを取ることに集中する。


大器晩成型の『デュエルソード』にはしばらく辛い時間だ。

でも、勝機がないわけじゃない。今は耐える時間だ。


俺は敵のスキルを【突進チャージ】で避け、一体ずつLHラストヒットを取っていった。

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