現実世界〜ログイン〜
日本という国はゲーム後進国だ。開発や流通に関してはまた話は別だろうが、ことゲームプレイに関して言えば日本人は頂点には程遠い。格闘ゲームだけは善戦している方だが、その他のジャンルにおいてはまるで活躍したという話を聞かない。世界最強の韓国やスポーツとして認知されつつある欧米諸国から見れば日本はあまりにも遅れている。
そして“Garden of Heros” においてもその評価は変わらない。
だが、プロチームが決して弱いわけではないのだ。
国内大会でアマチュアチームに負けたり、大学の同好会チームに負けたりしている姿を時々見るが決して弱いわけではない。
そんな国内の一大大会。年に一度行われる総合トーナメント戦。昨年度の大会で俺達は伝説を残した。
プロばかりが集まる決勝リーグに俺達のチーム『DoR』の名前を乗せ、プロチーム相手に2勝をあげ、その年の優勝チームに肉薄した。結果そのものはベスト8止まりであったが、それはアマチュアチーム初の快挙であった。
その日以降、俺達のチーム名は『アマチュア最強』として語られている。
とはいえ、俺達は別に無敵というわけではない。毎日試合してれば当然負ける日もある。
だが、俺達の肩書きが消えることはなかった。伝説ってのは得てしてそういうものなのだろう。
俺達は病院からタクシーに乗り、警察へと向かっていた。与一さんは病院に残り、知寿の意識を回復させる準備に取り掛かっている。
4人が乗った車内はほとんど無言であった。
警察署につき、熊鷹さんの名前を告げる。
俺達が通されたのは署内のパソコンルームであった。その中では数人が忙しなく動き回り、パソコンの配線を整理していた。
「よく来てくれた」
実物の熊鷹さんは身長が高く、身体は随分と筋肉質であった。スーツの上からでも腕の太さや胸板の厚さが目立つ。電気器具での仕事がメインであるのに、やはり警察官は警察官なのだと思う。
「よろしくお願いします」
「ああ。本当は民間人になど頼るべきではないが、今は迅速さが必要だ。協力感謝する」
「はい」
本当はプロチームを雇うとかして万全を期すか、外から時間をかけてプロテクトを解除すべきなのだが、今は時間が惜しい。そこに戦える駒があるのなら、警察も使いたいのだろう。それは俺達にとっても望むところだった。
「君たちは捜査に協力する外部顧問という立ち位置だ。今、千代田がSONTENDOUで書類手続きをすませている。話は聞いているか?」
「はい」
パソコンルームには4人分のヘッドセットが用意されている。僕らはもうすぐにでも飛び込める準備があった。
「すまないが、しばらく待っていてくれ。まだ調整に手間取っている。この施設における最大パワーで君たちのデータを処理させてもらう。ラグやバグなど決して起こさせない」
熊鷹さんに言われ、僕らは小さく頷いた。
しばらく、待機しているように言われ僕らはパソコンルームの片隅で椅子に座った。
俺の手には愛用の木刀が握られていた。
そうしてしばらく無言で待っている。既に病院で作戦会議は終わっていた。俺達はただ戦う時を待つ。
そんな時、猿が久しぶりに口を開いた。
「なぁ、タケ」
そこにいつもの浮ついた様子はない。静かでいて、声の端々に熱のこもった声だった。
「なんだ?」
「俺は・・・今日ほど燃えとる日はないで。大会でもここまで真剣やなかったと思うわ」
「・・・・・・・」
それはそれでどうかと思ったが、気持ちが萎えるだけなので言わなかった。
「任しとき、千代の穴は俺が埋めちゃる」
長距離射程持ちの『チーター』がいない試合。
その代わりを猿が買って出ていた。
「・・・頼りにしてるぞ」
「当然や。俺には小さな夢があんねん」
「夢?」
「お前らの結婚式で余興で盛大に下ネタかまして結婚式の空気をめちゃくちゃ微妙なもんにしたるっていう盛大な夢や!」
「捨てちまえそんなもん!」
猿はいつもの調子でそう言ったが、目は決して笑っていない。
自身の緊張をほぐしたかったのだろう。俺も本気では取り合わず、軽くツッコミを入れるにとどめた。
「勝つで」
「当たり前だ」
俺と猿は拳を合わせた。
「・・・しっかし、蜂巣もこんなやる気になるとは意外やったな」
猿は今度は蜂巣に絡み出した。こいつは大事な試合前にはいつも饒舌になる。
「そう?」
「せや。蜂巣のことやからこんな危ないことに首突っ込むとは思わんかった。プロの人に任せようとか一度も言わんかったし」
「まぁ、そうね・・・」
蜂巣はそう言って眼鏡を持ち上げる。ガラス越しの彼女の目元には鋭い険が宿っていた。
正直、今の蜂巣に話しかけたくはない。それほどまでに今の彼女は殺気に満ちていた。
「やっぱ、千代のこと大事なんやな」
「・・・勘違いしないでちょうだい」
「へ?」
蜂巣の表情は変わらない。彼女は淡々と続けた。
「私は、千代のことは嫌いよ」
「そうなん?」
「ええ、いつもヘラヘラしててムカつくし、雑用を断らず良い子ぶってるし、それでいて要領がいいから勉強でもいつも上に行かれるし・・・」
「・・・・・・」
女の子の内側にある怨嗟を聞かされているようで猿の口が自然と閉まる。
「車椅子のハンデ笑い飛ばそうとして変な空気にするし、辛い時でも無理に笑って誤魔化すし、約束は守らないし、顔が小綺麗だし、肌白くて羨ましいし、髪綺麗だし・・・言うなればあの子は私のコンプレックスの象徴みたいな奴よ」
「・・・・・・・そ、そうか」
「でも、親友よ」
蜂巣はそう言って眼鏡を取った。彼女の瞳に宿っている感情が野放しに放たれる。直接見る彼女の顔は随分と感情的だった。
「でも親友なの。あの子は私の親友・・・だから、私は犯人を許さない」
「そうか」
「わかってると思うけど私の隣でfeedしたら殺すから」
「・・・・・わかっとるよ」
「社会的に抹殺してやるから」
本気の目だった。猿の苦笑いが引っ込んだ。
「命かけなさい」
「・・・わかっとる」
気張り過ぎなきゃいいが。
俺はそう思いながら自分の手元に視線を落とした。木刀を握りしめた手が震えていた。
気張り過ぎているのは俺も同じらしかった。
俺は反対の手で自分の指を一本ずつ外していく。
木刀を立てかけ、手を握ったり開いたりする。
「先輩」
後輩が俺に声をかけてきた。
「本当に先輩が中流を担当するんですか?」
「ああ・・・」
「でも、先輩はデュエルソードのまま行くんですよね・・・いつも通り森にいるか、上流じゃダメなんですか?」
中流レーンはお互いの本拠地を直線で結んでいるので1番距離が短い。その分守護樹を素早く折ってゲーム全体の有利が欲しいところでもある。
本来は範囲攻撃のスキルを持つプレイヤーが担当することが多い。
俺のデュエルソードが向かう場所ではない。
だが、こと今回に関しては譲れない理由があった。
「ダメだ。というよりな・・・俺達の予想が正しければ・・・これが最適解だ」
このことは俺と猿と蜂巣が導いた答えだった。
「feedしたら容赦しないから」
蜂巣が俺に向かってもそう言った。
「わかってるよ。そんなこと、俺が1番わかってる」
一世一代の大勝負。ここでそんな負け方するぐらいなら死んだ方がマシだ。
俺はもう一度木刀を握った。
「準備できました!」
パソコンルーム内にそんな声がかかった。
熊鷹さんがパソコンルームの中心に座り、キーボードを打ち始める。
程なくして、熊鷹さんが俺達の方に視線を送った。
「君たちも準備してくれ」
俺達は一斉に立ち上がる。
俺はチームメイトの顔を順に眺めた。
「行くか」
「お前の恋人救いにな」
猿がリラックスした顔でそう言った。
「・・・まだ告白してねぇっての」
「なら、この際にしたらいいじゃない。いい加減ヤキモキするんですけど」
蜂巣が冷たい目で俺を見た。
「それは考えとくよ。で、後輩君は大丈夫か?トイレは行ったか?オムツはしたか?」
「もうっ!あの時のことはいい加減忘れてください!」
俺達は固めた決意のせいで凝ってしまった緊張をほぐしにかかる。
それはいつも知寿の役回りだった。だが、今はいない。
これから取り戻しに行くのだ。
俺達はヘッドセットが置かれた席に座った。
「一応、こちらでもチートを使えないか試してみるが、難しいだろう」
「わかりました」
「チャンスは一度きりだ。次はきっと裏口は使えない。この一回で勝利するしかない」
「はい」
「プロテクトの解除は平行して進んでいる。もし負けても2日後には千代田の妹を救出できる・・・だが、ここで決められるならそれに越したことはない。君たちが頼りだ」
いつも使っているよりも大きなヘッドセットを頭にかぶる。
視界が黒い世界に閉じ込められる。ヘッドセットを起動する。いつものホーム画面ではなく、プログラムコードが並んだ世界が映し出された。
「アバター構築、VC確認」
俺達は電脳世界に作り出されたアバターの声帯を通して声を出す。
仲間達の声がクリアに耳元に届いた。
アバターの手足を動かし、不備がないか確認。いつもより、随分と動きやすい身体だった。
「準備ができたら、右手をあげろ」
俺は自分の右手を真っ直ぐに伸ばした。
少しの間があり、熊鷹さんがキーボードを打つ音が現実世界から微かに聞こえてきた。
「それでは、今から君たちのアバターを送り込む。健闘を祈る」
俺は右手を下ろした。世界にプログラムコードが凄まじい勢いで流れていった。
そして、次に現れた世界はいつもの石壁の中。その向こうに見える城壁と森。
“Garden of Heros”
負けられない戦いが始まる。




