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意識の狭間で

私は"Garden of Heros"のスタート地点である石壁の中で胡坐をかいて座っていた。目の前の画面にはこの電脳世界を真上から見た映像が表示されている。

【死への誘い】を回避した『首ったけ』達が敵を蹂躙しているところだった。


「もうもうもう!なんでよーもー!」


試合はこのまま決着がつきそうである。現実世界で手探りでタケルを探して、軽く殴りつける。

殴っている場所は彼の右肩あたりだ。剣道で鍛えあげられた二の腕に私の拳がぶつかるたびにいい音がしていた。

MOBAゲームの花である集団戦に参加できず、試合を決める役に一切立てていなかった。


私は電脳世界で足をばたつかせる。


欲求不満であった。苦戦するなら苦戦するでいい。そういう試合もあるだろう。だが、今回はなぜか異様に集中攻撃されて何もさせてもらえなかった。

こんな試合では満足などできるはずもない。


「はやく、決めちゃってよもー」


私は電脳世界で独り言をつぶやく。現実世界では隣にタケルがいるから愚痴れない、VCをオンにさえしなければ、電脳世界で私の声を聴ける相手はいなかった。


だが、それは私の勘違いだった。


「・・・やぁ、やっと会えたね」


アバターに設定されている合成音声がそう言った。

フレンド以外の人との会話は常にこの音声でやり取りされる。


「え?」


私は声のした方に顔を向けた。

スタート地点とゲームフィールドの境界線に誰かが立っていた。


「え?あ、あの、何してるんです?」


時々、負け確の相手がネタの為に敵陣に突撃していくことはあるが、彼にそんな意図があるように見えなかった。

なにより、おかしいのは彼の表示されている体力だった。ここは強力な攻撃をしてくる監視塔に守られた、自陣の中心だ。その攻撃をすり抜けて、無傷でここにいられるわけがないのだ。


そんな彼の頭上に表示されているヒーローネームは『altsummer012』

そう、金城君であった。彼はフレンドでないので、アバターの姿は一般市民Aのままである。所謂モブキャラの顔だ。その顔が、彼の表情を示すかのように笑っていた。

それは、口元を歪めただけの不自然な笑顔だった。


私はその場から腰を引いて、部屋の奥へ奥へと移動する。


「君を探していたんだよ・・・」


何かがおかしい。私は現実世界で皮膚に鳥肌が立つのを感じた。

私は横目で仲間達の動きをみる。皆は城壁を破壊し、残りは監視塔2本とクリスタルを残すのみであった。


はやく、はやく・・・


試合が終わればここから逃げられる。この男とはもうお別れできる。


私はその場でログアウトすることまで考えていた。それほどまでに、私は今の状況に恐怖を感じていた。


金城はスタート地点との境界線に手を伸ばす。

そして、途切れ途切れに呟いた。


「君は・・・現実世界で、危ない目にあっているんだ・・・だから、君を逃がしてあげないといけないんだ」


それは金城の声だった。声がデフォルトの合成音声から変わっていた。

彼の顔が少しずつ変形していく。現れたのは金城の素顔だった。


なんだ、なんだこれは・・・


明らかな異常事態だった。


私は仲間達を見る。まだ、クリスタルを壊せない。試合はまだ終わらない。

私は必死にログアウトのボタンを押した。

試合中にログアウトする時の警告文のようなものが表示される。私は必死に『ログアウトします』を連打していた。


「え・・・えぇ!なんでっ?なんで?」


だが、いくらパネルに触れても画面には【Error】と表示されるだけだった。


「君のそばに・・・あいつがいるんだろ?あの男が・・・だ、ダメじゃないか・・・僕という彼氏がいながら・・・あんな奴を連れ込んで!」


私はハッとして、金城の顔を見た。その台詞には覚えがあった。


「僕のプレゼントはどうだったかい?君の好みに合わせて・・・選んで送ったんだ」


脳裏に蘇る、大量の洋服。


「・・・あ・・・あなた・・・が・・・」


金城は私の反応に初めて顔全体でにこやかに笑った。状況が状況であれば女の子を落とせる輝きを持った笑顔だったかもしれない。なのに、私は全身の悪寒を止めることができなかった。


金城はその笑顔のままスタート地点の境界線から一歩こちらに踏み込んできた。

本来なら絶対に入れないはずのラインだ。それを彼は易々と越えてきた。


私は必死に電脳世界で後ずさる。


そして、現実世界でゲームを強制終了する手段に出ていた。

つまり、ヘッドセットを外そうとしていたのだ。


だが、ここで私は気づく。


身体が動かない。


両腕に力が入らない。いくら力を込めようとしても、そのエネルギーが身体をすり抜けていくかのように腕が動かない。腕だけじゃない、私の腰や背中にも姿勢を保てない程の脱力感が襲い掛かってきていた。

私はわずかに動く力で、タクミがいるはずの方向に倒れた。

指がタクミを探して彷徨う。


「・・・さぁ、僕と一緒にいこう。君を守ってあげられる世界があるんだ!そこで、僕たちの話をしよう!僕が君を守ってみせるから!!」


一歩、また一歩と電脳世界で金城が近づいてくる。私の背中が部屋の壁に触れた。


彼の手が伸びる。逃げられない。


彼の手からも、そして電脳世界からも逃げられない。


パネルの隅には『首ったけ』達がクリスタルに殴り掛かっていた。

VCを開こうとする。だが、開かない。

現実世界で声をあげようとする。喉の奥すら動かす力が無くなっていた。


タケル・・・タケル、タケル・・・


頬を涙が伝う感覚があった。


「さぁ、一緒に行くよ!僕らだけの世界へ!」


彼の手が触れる。私の電脳体に青い火花が迸った。


タケル・・・


私の現実世界の指が何かに触れた。私の手にはそれを手繰り寄せる力も残っていなかった。


助けて・・・


そして、『私』から現実世界の身体の感覚が消えた。


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