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MOBA~現実世界へ

目の前に広がる【Victory】の文字。どんな試合にしろ、勝利の美酒はいつも美味い。

現実世界では隣から飛んできていた八つ当たりは急に静かになっていた。どうせ不貞腐れているのだろう。また、我儘言われそうだなと思いながら、俺は皆と一緒に石壁の部屋に戻ってきていた。


「やぁー楽勝やったな」


『猿』は開口1番にそう言った。確かに『猿』の言う通りだった。『チーター』だけは苦戦していたが、全体としては全く危なげのない勝利だった。


だが、その苦戦していた本人はもう既に部屋から出て行ってしまっていた。

あまりに集中攻撃されたから、ログアウトして現実世界にまで逃げたな。


「『チーター』そっちで何してる?拗ねてるんじゃない?」


『捨て鉢』にそう言われ、俺は自分のヘッドセットを持ち上げた。

千代は俺の方に頭を向けて横になっていた。だが、彼女の手は俺の服の裾をしっかり掴んでいる。

それが「拗ねてますよ」というアピールに見え、俺は顔を綻ばせた。


「ああ、わかりやすく拗ねてる」

「やっぱり。今日は『チーター』が活躍できるまで付き合うことになりそうね」


『捨て鉢』はそう言って嬉しそうに笑っていた。

きっと気持ちは俺と同じなのだろう。

俺が襲われてから、ずっと泣くこともできずに気を塞いでた千代がこうも感情をさらけ出しているのが元気になった証拠のように感じるのだ。


やっぱり、気分転換にゲームをさせて良かったと思う。


「とにかく、俺は一旦ログアウトして帰るよ」

「先輩、今『チーター』先輩の家にいるんでしたっけ?」

「ああ、ちょっと遅くなったからな。早めに帰らないと」

「ママが心配するもんな〜」


俺は眉を吊り上げた。『猿』の言い方は無性に腹が立ったが、あながち嘘でもないので言葉を飲み込む。

俺はメニューを開いて、ログアウトの準備をする。


「『チーター』へのフォローもしておいてね。『首ったけ』が自宅でログインするまでは4人で潜っておくから」

「もう一回電脳世界に放り込めばいいんだな・・・高くつきそうだ」


俺は"Garden of Heros"からログアウトした。その後、ホーム画面からヘッドセットの電源を切る。

俺の身体の中から電脳体の感覚が消え、肉体が一つに戻ってくる。


「千代、いつまでそうやってるつもりだ」


俺はヘッドセットを外してそう言った。だが、千代は俺の裾を握ったまま身じろぎもしない。

俺はため息を吐きだした。


また、「構ってちゃんモード」かよ・・・


まぁ、自殺未遂まで自分を追い詰められるよりかは幾分かましである。

俺は千代の肩をゆすった。


「おい、千代。千代!ちぃよ!」


彼女の反応はない。そんなに一人だけ死にまくったのが気に障ったのだろうか。


「蜂巣たちが待ってるぞ。次の試合で挽回しろよ、俺はいったん帰るぞ?いいか?」


まだ反応がない。何を言えば機嫌を直してくれるのだろうか。

そろそろ、日も暮れてきている。今日は母との約束を破るわけにはいかなかった。これ以上、母に心労を与えたら本当にぶっ倒れそうなのだ。


「千代、はやく起きてくれ。頼むから。今度俺がなんか奢ってやるから、機嫌なおせ」


半ば呆れながら千代を揺さる。それでもこいつはまだ起きなかった。

そろそろ、何か要求してくるかと思いながら、俺は千代の肩を揺らした。

気分は子供を寝かしつける兄貴の心境であった。


だが、そこで俺は少し違和感を感じ取った。

あまりにも反応が薄くないだろうか?


「・・・・・・千代?」


俺は千代のヘッドセットに覆われた後頭部を見つめる。


「千代?千代!?」


少し強く揺さぶった。彼女はまだ起きない。

何か嫌な予感がした。それは虫の知らせだったのかもしれない。


「千代・・・起きろよ、なぁ、おい!起きろってば!!」


自分の声は驚く程に焦っていた。


「おい、それ以上つまんねぇ冗談やめろ。マジで笑えねぇから!なぁ・・・笑えよ!我慢してんだろ?俺がこんな焦ってんの見て、笑うの我慢してんだろ!!なぁ!!」


俺の声は次第に大きくなっていく。彼女にかけた手はもはや激しく左右に揺さぶっていた。


「知寿、今なら許してやっから・・・頼む、頼むよ・・・起きろ、起きろよ!!」


俺は彼女の肩に手をかけ、仰向けにひっくり返した。

千代は何の抵抗もせずにベッドの上を転がった。彼女のヘッドセットに覆われていない口元がだらしなく半開きのままで固まっていた。


「知寿!知寿っ!!知寿っ、起きろ!起きろよ!!」


肩を激しく前後に揺する。彼女の首は慣性の法則に合わせてガタガタと揺れた。

俺は彼女のヘッドセットに手をかけ、一気に引きはがした。


「知寿・・・知寿っ!!」


ヘッドセットの下には言い知れぬ恐怖が染みついていた。まるで、誰かから逃げているかのように目が血走り、助けを求めるかのように目が強く見開かれていた。そして、その中には焦点の合わない視線を向けるだけの眼球が嵌っていた。


「知寿っ!知寿っ!!」


俺の声はもはや絶叫に近かった。

何も考えてはいなかった。強く呼べば目を覚ますとか、大きい声なら誰かに気づいてもらえるとか、そんなことは一切考えていなかった。

ただ、叫ばずにはいられなかったのだ。叫ぶことをやめたら、本当に帰ってこなくなってしまいそうで。


「タケル君、どうしたの!」


俺の声を聞きつけたのか、千代の母さんが部屋に入ってくる。俺は知寿の肩に手を置いたまま、おばさんの顔を見上げた。


「え・・・・・・」


千代の母さんの目が徐々に見開かれていった。手持ち無沙汰だったその両手が重力に従って下ろされた。


「知寿?どうしたの?」


その声は泣き出す直前のように震えていた。


「眠ってるの?そうなの?」


信じられない、信じたくない。おばさんの気持ちが手に取るようにわかった。


「・・・・・・・」


その時の俺はもう動きことができなかった。叫ぶのをやめたのと同時に俺の心も止まってしまっていた。

目の前には微動だにしない知寿がいる。

コンセントの抜けた家電のように脳が停止している。頭と心がこの現状を受け付けてくれなかった。


「救急車・・・」


千代の母さんが呟くようにそう言った。

その言葉が頭に響くまで、数秒の時を要した。


「救急車を・・・呼ばないと・・・」


俺の中に徐々に電気が走っていく。俺は震える手で自分の携帯をひっつかみ、3つの番号を押し込んだのだった。

だが、携帯を顔に当ててもろくに頭が動かない。電話の向こうで対応してくれる声に反応している自分の声がどこか遠くで聞こえていた。



部屋の中には知寿のヘッドセットが転がっていた。



その内側には【Error】の白い文字が点滅していた。


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