暗闇
人気の無い夜道。頼りなさげな水銀灯が一定の間隔で所々を照らしていた。
ゴーストタウンに迷い込んだかのような静けさが辺りを包む。
時折、犬の遠吠えや車のブレーキ音が響くがそれらは長続きせずに暗闇の中に溶けていく。
そこに、1人の人間がおぼつかない足取りで迷い込んできた。
「クソっ、クソっ、クソがぁぁぁあ!」
踏み抜かれた足が痛い。潰された鼻が痛い。垂れ落ち鼻血が気持ち悪い。
人気の無い夜道でその男は電信柱に寄りかかって悪態をついていた。
「なんでだ、なんで僕がこんな目にあってるんだ。僕は正義だ!正義なのに!なんで僕がこんな惨めな思いをしなきゃいけないんだ!僕はただ、僕の彼女にちょっかいを出す勘違い男を粛清しようとしただけだぞ!浮気は許してはならない。世間では声高にみんな言ってるじゃないか!だから僕が行動したってのに、なんでこんなことになっているんだ!ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!」
電信柱に向かってブツブツと呟くその男。
目は暗闇の中でもギラギラと光り、白目は真っ赤に血走っていた。
「なんであんな奴に知寿は電話したんだ・・・僕には返事の一つもないのに・・・なんで僕を無視するんだ・・・知寿は・・・僕の彼女だろ!!なんで無視するんだよぉぉぉ!知寿!知寿知寿ちぃぃずぅぅう!」
頭を電信柱に叩きつけ、その人は唸り声をあげ続けた。
「あいつか・・・あいつに会うからいけないんだ・・・あいつが僕らの仲を邪魔するんだ・・・僕らはやっぱり2人っきりになるべきなんだ。知寿、僕の知寿。君と2人っきりにならなきゃいけないのにぃぃ!」
その男は自分には罪が無いという確信はあったが、正義は孤独な戦いを強いられることも知っていた。
自分は悪党を仕留め損ねた。国家権力の犬どもはきっとこの僕を悪者と決めつけて追ってくる。
「ダメだ、ダメだ、ダメだダメだ。知寿に会えないじゃないか!僕は知寿をあの男から救い出さなきゃいけないのに!どうすれば・・・どうすれば・・・」
その人は電信柱に頭を強く叩きつけた。
「お困りのようですね?」
その人は顔をあげた。
そこにはいつの間にか1人の男が立っていた。
電灯の下で見るその男は世界の中に浮かび上がって見えていた。
スーツにネクタイ、髪をきっちりと七三分けにし、黒縁メガネで目元はよく見えない。
サラリーマンのように見えるが、その男が纏う雰囲気は決して普通ではなかった。
それは、口元に貼り付けたような微笑や、器具で固定してあるかのように微動だにしない姿勢、人の神経を逆なでするような撫で声のせいかもしれない。
だが、その男の存在感を際立たせているのが、その瞳であった。
メガネ越しでもわかる、黒に黒を注ぎ込んだような漆黒の色がそこにあった。
まるで、この世の闇を全て見てきたような仄暗い光だった。
「困ってる、僕は困ってる。困ってるんだよ!見ればわかるだろ!大事な人を一刻も早く救い出さなきゃいけないのにこのままじゃ僕の手出しができないところに彼女は行ってしまう!」
「では、連れ出せばよろしい」
「それができないから困ってるって言ってるだろぉぉ!」
彼は手にした紐を強く握りしめた。
こいつも殺してやろうか。そんな考えが頭をよぎっていた。
そんな彼に動じることなどなく、サラリーマンは言い放った。
「できますよ」
殺してやろうと伸びていた腕が止まる
「え?」
「できますとも」
「ど、どうやって・・・・」
サラリーマンはその口元を大きく歪めた。
それはまるで、悪魔の笑みを現実世界に再現したかのような笑顔だった。
「わたくしにお任せください」
夜はふけていく。




