現実世界~道場~
俺は朝早くに家を出た。時計は6時を指している。
学校まで徒歩圏内の俺にとっては早すぎる登校時間だった。昨日、千代にゲームを断られたのもあって、あまり夜更かしをしていない。
早朝の朝焼けの中を行く俺の目はさえていた。
まぁ、朝練に行く日は基本5限目あたりに眠気のピークがやってくるんだけどな・・・
俺は部活には所属していない。ただ、運動をしていないわけではない。
俺は背中に竹刀袋のような細長い包みを背負っていた。
向かう先は住宅街の奥地、大通りから離れた場所にある大きな敷地の家。
ここは四島示現流の剣術道場だった。
示現流と言えば、少しでも歴史をマニアックに調べていたらみつかる剣術だ。
古くは島津家に伝わる剣術で、初手に全てをかけて相手を1撃で敵を葬り去ることに重きをおいている。
なお、初手を外されたら諦めて死ねとか、いろんな意味で殺意に溢れた剣技だ。
ただ、実際に示現流を学ぶと世間の印象とは大分違うことがわかる。
初太刀をかわされた時のための2の太刀、3の太刀の技はちゃんとある。なんなら、初太刀を囮に組みついて相手の首を落とす技まである。
示現流の神髄は相手の間合いを外しつつ太刀を確実に叩き込むための剣技だと俺は解釈している。
そして、1度相手に防御させたら、後は殺すまで2の太刀、3の太刀、4の太刀と永遠に打ち込み続ける。
有利な姿勢で太刀を打ち込み、防御させて有利を継続し、殺すまで続ける。
俺は示現流のことをそう評価していた。
そして、その示現流の支流の一つがこの四島示現流だった。
俺はそこの門下生である。免許皆伝には程遠いし、そこまで極めるつもりはない。
朝早いとは言え道場は既に開いていた。
中は土間になっており、既に門下生の人達が木刀を振っていた。
その全員が私服だ。
短パン半そでの小学生、スーツパンツにシャツのサラリーマン、そして俺は学校の制服のままだった。
示現流は実践剣術を謳っており、私服のまま、土足のままの稽古が認められている。
また、『剣を握れば礼を交わさず』と言われ、稽古中の兄弟子に対しても失礼が認められていた。
俺は道場に入る前に一礼して、中に入る。
鞄を置き、背中から取り出したのは木刀であった。
京都のお土産屋なんかに置いてあるものよりも幾分か長い。
俺はそれを手に、道場の空いている『立木』のもとに向かった。
見た目は地面に突き刺さった木の棒である。
その両側はかんなで削り取ったかのように樹皮が取れ、白い木目が剥きだしになっていた。
俺はその前に立ち、八双の構えを取った。
一呼吸置き、剣を振り上げた。
「エィヤァァァァアアアアアアアアアアアア」
立木を右側からすり下ろすように木刀を振り下ろす。
すぐに木刀を振り上げ、今度は左側から打ち込む。
「アアァアアアアアアアアアアアアアアアア」
叫びながら木刀を振り下ろし、振り上げ、振り下ろす。
この『立木打ち』が四島示現流の基礎であり、奥義の1つでもった。
師範などは振り下ろす時に、煙を噴出させるほどの速度を出す。
そして、俺も・・・
「アァァアアアア・・・ふぅ・・・イァアアアアアアアアアアア」
身体が乗ってきて、刀を振る速度があがる。
もっと、もっと速く。
もっと速くだ。
単調な繰り返しの『立木打ち』に求められるのはその打ち込む速度と威力だ。
「イェァァアァアアアアアア!」
最後の一太刀を振り下ろす。
俺の木刀が通過した場所に煙が吹いていた。
連続技や組技などはあまり上手ではないが、この立木打ちだけは門下生の中で、俺に敵う奴はいない。
これが、俺の強さの秘密。
"Garden of Heros"でデュエルソードのポテンシャルを引き出しきる技の正体だった。
――――――― ※ ――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
一通り、稽古を終えた俺は道場の外の水飲み場で休憩をしていた。
「よぅ、タケル。久しぶり」
「お疲れ様です、与一さん」
俺に声をかけてきたのは、千代田 与一さんだ。
俺の兄弟子であり、知寿の兄さんである。長身で筋肉質、短髪に爽やか笑顔がよく似合う。こざっぱりとした性格で、現代の武士のような人だった。
この人は俺が小学生の頃からこの道場にいる。今はゲーム会社に勤め、システム開発なんかをしていると聞いている。しかも、"Garden of Heros"のシステムだ。この人はあのゲームの生みの親であるSONTENDOに勤めていた。
「最近、どうだ?妹と仲良くしてるか?」
「そうですね。ゲームの中ではよく会ってますよ。それに、今日もリハビリに付き合うことになってます」
「ああ、なるほど。いつも世話になるね」
「・・・いえ・・・現実世界では昨日が会ったのが久々でしたんで」
「あ、そうなの?最近あんまり家に帰れてなくてね、知寿と喋ってないんだよ」
与一さんは水をがぶ飲みし、頭から水をかぶった。
大型犬のような仕草で水を振り払い、タオルで拭く。
「忙しいって、新武器かなんかですか?」
「ああ、詳しくは話せないけど。世界大会が終わった後の大型パッチで実装する予定だ。楽しみにしとけよ」
「はは、俺はデュエルソードが弱体化されなきゃ何でもいいですよ」
俺はそう言って立ち上がった。
「あっ、そうだ。タケル君、最近"Garden of Heros"でチートプレイヤーを見たかい?」
「え?」
『チート』とはゲームデータを違法改造することだ。
そういうことをする連中を『チーター』と呼ぶ。
「そういや、この前BAN申請しましたね。レベル1なのに終盤並みにアイテム持ってる奴で、1発でこっちの体力半分消し飛んだんですよ。さすがにおかしいと思って通報しましたけど」
「・・・そうか」
「もしかして、増えてるんですか?」
「ああ、ここしばらくで妙に通報が増えてるんだよ。近々、サーバーのセキュリティ強化を行う予定さ・・・どこかのサイトで『チート』を行う方法でもばら撒かれてんのかね」
「・・・そんな話は聞かないですけどね」
もし、そんなサイトがあるようなら掲示板の連中がいち早く発見しそうなものだ。
掲示板に張り付いている連中の情報収集能力といったら、本物の探偵かと疑うレベルだ。
「何か気になることがあったら、連絡ちょうだい。あんまり期待してないけど」
「わかりました」
「それと、妹をよろしくね」
「はいはい・・・」
知寿とは与一さん経由で知り合った。
同じ道場に通っていた俺を入院していた知寿に会わせてくれたのが、与一さんだった。
与一さんとしてみれば、妹に友達を作ってやりたかったのだろう。
その付き合いが今もこうして続いている。
「それじゃあ、僕は出勤させてもらうよ」
「はい、いってらっしゃい」
与一さんはネクタイを締め、スーツを着て、駅の方向に向かっていった。
「さて、もうひと踏ん張りするか・・・」
学校に行くにはまだ早いので、もう一セット稽古をこなすつもりだった。
「あっ、先輩!おはようございます!!」
元気な声に振り返る。
「よう、後輩君」
「先輩、そのあだ名なんとかなりませんか?」
「いいだろ別に、後輩は後輩だ」
運動部特有の焼けた肌と髪、黒目の大きな男子がいた。身長が高めでヒョロリとした印象を受けるが、ラグビー部にも所属している彼は強靭な胸板と大腿筋を持っていた。
彼は俺の弟弟子であり、猿の部活の後輩であり、ゲームの中でも『後輩』と呼ばれている。
ちなみに本名は黒原 九郎丸という。
「稽古するには来るのがちょっと遅いんじゃないのか?」
「寝坊しちゃいました、でもやるだけやって行きます」
後輩は大きな鞄を2つも抱え、木刀まで背負っている。
1つは学校指定の鞄、もう1つはラグビー道具を詰め込んだスポーツバックだ。
「お前も大変だよな。道場と部活と・・・どっちかやめないのか?」
「体力的に問題ありませんから大丈夫です!」
「すげぇな・・・」
道場で朝練して、学校終わったら部活して、部活終わったら俺らと夜中まで電脳世界で動きまくる。
いくら体力馬鹿でも限度があるだろうに。
「タケ先輩、昨日千代先輩と一緒に帰ってましたよね。あの時、2人とご一緒にいたのって誰ですか?」
「ああ、見られてたのか。金城っていう、うちのクラスの奴。千代を狙ってるらしい」
「それは、御愁傷様ですね。昨日傍目からも千代先輩が嫌がってそうなのわかりましたよ」
横から見ててもそうだったのか。
多分、金城的には千代と噂になるぐらいは期待していたのだろう。
まぁ、いくら噂を撒いてもそれに流される千代ではない。
2人で道場に入る前に一礼。
俺たちは2人して立木打ちを始めた。
「キェエエアアアアアア!」
「イアァアアアアアアア!」
猿の悲鳴のような声を上げて2人して立木を滅多打ちにする。
道場の隅で休憩していた小学生が「何事か!」みたいな目を向けてきたが、やっているのが俺と後輩なのですぐに納得したようだ。
俺たちは登校時間ギリギリまで立木打ちを続けた。
「ありがとうございました!」
道場を軽く掃除してから一礼。
後輩と2人で通学路を行く。
「昨日の準決勝見ました?」
「ああ、見た。やっぱ韓国チーム強いな・・・」
「ってか、ズルいですよね!他の国は韓国人を1チーム2人しか入れられないのに、韓国チームは5人も入れられるんですよ!」
俺はその言い草に笑ってしまった。
ゲーム業界で世界最強が韓国なのはもはや一般常識になりつつあった。
「個人的には『フラスコ』使ってくれた試合が多かったのでめっちゃラッキーでした。プロの動きは参考になりますね」
「霧魔法は使い勝手いいからな。範囲攻撃も単体火力もいいし、Ult は腐りにくいし」
「でも、中国チームのあのおじいちゃんも強かったですね」
「あれ、本物の武道の達人らしいぞ。素手で鎧通しとかやっちゃうんだと」
「いよいよ、現実の人外達が出てきましたね・・・」
「90歳のおじいちゃんも電脳世界なら肉体ハンデないしな・・・そういや、没入型VRが出てきた時にそんな話題あったな。現実世界最強がゲーム最強になる時代が来たって」
「でも、結局スキル回しと立ち回りの差でゲーマーの方が強かったですね」
お互い同じゲームにハマっていることもあり、話題はやっぱりゲーム中心だ。
特に後輩は勉強も運動もゲームも研究熱心だ。
チームの中で1番勝利にこだわっているのは後輩君なんじゃないかと俺は思っていた。
ただ、実際のゲームでの後輩の立ち位置は味方の尻拭いポジだった。
勝手気ままに突っ込む猿や殺意の塊である俺のフォローに回ることが多い。
苦労をかけるな、と思うこともあるが、思うだけである。
「プロにおじいちゃんが出てきたってことは、現実世界の達人がゲーマーになったってことだ。これからそういうのが出てくるかもな」
「格闘技界のゲーム界進出ですか?なんか面白そうですけど、素手で戦える武器なんて『ナックル』と『鉄下駄』ぐらいしかないですよ」
「ムエタイ選手の『鉄下駄』とか見てみたくないか?」
「だったら俺はカポエラ使う選手が見てみたいです」
とりとめの無い話題を続けているうちに俺たちは学校につき、下駄箱で後輩と別れた。
教室はいつも通り騒がしく、友人達に挨拶すると普通の返事がある。
ふと金城と目が合った。
特に何事もなく、金城の方が目を背けた。
とりあえず遺恨は残ってないようで一安心。
友人達の噂に耳を傾けたが、金城や千代の噂もない。
波風の無い日常に安堵する。
あとは千代のストーカー問題だな・・・
「どうしたもんかな・・・」と思いながら俺は携帯でストーカー対策について調べていた。




