逃走・・・
ふぅ・・・、という一言によってあたしの緊張していた身体はゆるゆると弛緩していった。リンデの街では常に気を張って、周りを警戒する日々。昔は葉が茂り、虫がいるところはありえないと考えていたあたしであったが、実際に来てみると案外悪い所ではないのかもしれない。
近くの木に寄りかかり正面の小さな湖を見ていると、心が安らいでくる。そういえば、森の中や湖というのは気分を変える効果があるというのを誰かが話していた。わざわざ何も無い湖に行くのを馬鹿馬鹿しいと聞いていたあたしであるが、案外馬鹿に出来ないと今になって理解できた。
あぁ、日がな一日無意味な時間を過ごしているが、本当になんと無意味な一日であろうか。ただ寝て起きて寝て、何もせず何も考えない。ただそこにいるだけとは糞と同一だ。それがあたしとは笑える話である。あぁ・・・、せっかく安らいでいた気分が台無しである。もうすぐで陽が落ちる。新たな住処で日が昇るまでまた眠ろうではないか。
無意味で無意義な一日の終わりだ。なんと無駄な一日だろう。
あたしは湖に背を向け、また元来た道へ戻ろうと振り返った。だがそのとき視界に僅かに映ったものに数瞬の時間を経て、動揺を隠すことなくがむしゃらに駆けだすこととなった。
はぁっ、はぁっ---。
ちらっと後ろを見ると、やはり見える。アイツ、どうやらここまであたしを追ってきていたようだ。あっという間に乱れる息が、あたしの体力のなさを表面化させる。
あんまこういう事なかったのに---っ。最初の時はひっそりと後を付けられることもあったが、長くこういう生活を続けていると撒く技術というのも勝手に付いていくものである。今回は上手く撒けていなかったのだろう。しくじった、それがあたしの脳内を占める。
ガサガサと細い枝があたしの身体を傷つける。茂みに咄嗟に隠れてもアイツは、数秒立ち止まった後にあたしの方へやってくる。何度隠れてやり過ごそうとしても、まるであたしのいる場所が分かるかのようにやってくるのだ。もう身体は擦り傷だらけで、ひりひりとした痛みが腕や脚から信号を送ってくる。もう諦めろ、ここが潮時だ。まるでそう告げているよう。アイツに捕まったらどうなることか。誰も助けてくれる者のいないこの場所。自分一人で切り抜けなければならない。まぁ、人が居ないとこを選んだのは私だ。自業自得であるか。あぁ久々に怖くなってきた。助けてほしい、誰か・・・。
ミシッ
枝の踏みつけた音でハッと我に返る。---ははっ、あたしはだいぶ弱気になっているようだ。こんな境地過去に何度もあったではないか。それを乗り越えてきたあたしである。せっかくだ、抗えるとこまで抗ってみようではないか。
あと少しでぼろ小屋までたどり着く。どうせバレるだろうが、仲間を呼んでいるうちに逃げ出せばあとはこっちのもんだ。そう簡単には捕まらんさ。