食べたい・・・
・・・蒸し暑い、森中湿気だらけでべたべたする。首筋に髪が張り付く。鬱陶しい。
空が黒から僅かな濃紺へと姿を変えた時から、あたしの一日は始まる。わざわざ、日が出てから動き始めては糞暑い最近である、まともな行動をとることが出来ない。木の葉が茂り、日が遮られているとはいえ気温までは遮ってくれない。今は涼しいあたしは木の枝につける葉を見ながら歩き続けた。
この森がリンゴの森と呼ばれる所以として、この森では丸くこぶし大の赤い実をつける木が生えていた。その赤い実をあたしたちはリンゴと呼び、そのリンゴのつける木がこの森で沢山生えていたことからリンゴの森と呼ばれたそうだ。そのリンゴは庶民に愛され、甘く酸っぱく瑞々しい果物として売られている。
あたしは一度も食べたことがなかった。食べてみたかった。だが、そんなあたしの期待は裏切られたのだろう。どこを探しても赤い実なんてないし、あったとしても小指の先ほどのサイズで、話に聞いていた物とは違う。試しに口に入れてみても硬くて食べるどころの話ではなかった。あぁ、・・・お腹が減った。
あたしの目の前には親指大の白い幼虫がよじ登っていた。街や森などどこでも見かける幼虫であった。初めてこの虫を見たときはなんと気持ち悪いと思ったことか。巷ではこの森が蛹を経て成虫になると、子供たちに人気がある虫になるのだとか。これの成虫を見たことはないが、捕まえて売ってみるのももしかしたらお金になるのかもしれない。あたしは口の中に広がる僅かな甘みを感じながらそんなことを考えてみるが、食べる物がないあたしにとって食料のこの幼虫を成虫まで待つことは飢え死にをすることと同一である。最後に固い頭部を口に放り込みあたしはリンゴを探し続ける。
もう既に日が昇り気温が高まっている。じめじめとした空気があたしを苦しめ、気分の悪さを増長させていく。上を見続けるのも疲れた。リンゴを食べることが出来ず、体力が減っていくだけである。
だがそんな思いは茂った草むらをかき分けて見えた景色で吹き飛んだ。小さな湖が木々たちに囲まれるように現れたからである。上流と下流に水の流れがあることから、一時的な水の溜まり場なのだろう。食い物は葉や虫で代用したとしても、水は清潔な水を飲みたい。せめてもの人間らしさを保つためだろうか、どこかゆずれない思いがあった。
あたしはすぐに湖に駆け寄り、手を水の中に入れる。キンっと冷えた水が手の温度を奪い、ここの水が滞留していないことを示している。水を掬っては口に入れ、水を掬っては口に入れを何度繰り返したことか。喉が渇き、粘ついた口の中が冷えた水によって洗い流されていく。喉が、お腹が、頭が冷えた水によって満たされ幸福感へと誘われていく。