通り魔の今
……おかしい。どうしてこうなった。
晴れ渡る青空の下。
緑豊かな公園で唯一、お天道様から隠れるように置かれたベンチこと活動拠点で俺は考える。
何故、俺はまだここに居るのかと。
最近の日課だ。
ことの起こりは二年程前に遡る。
*****
当時の俺はどこにでもいる引き籠もりだった。
特徴は精神力の弱さ。
特技は現実逃避。
一日の大半を吐き気のするような気分で過ごし、リア充に対しては、嫉妬を通り越して羨望の視線を向けそうになる。
そんな奴だ。
そして、来るべくしてその日は来た。
審判の日だ。
親が死んだ。
頭が真っ白になって、本能的に荷物を纏めて逃げた。
なんとも、酷い話だ。
それからしばらく経ったある日、その瞬間が訪れた。
ターニングポイントだ。
手持ちの金がつきた。
金がつきたら補充しなければならない。
このあたりは都会とも田舎ともつかない普通の街。
拾って食える物は無い。
仮にあったとしても、俺にはどれがどれだか分からない。
故に金が無くなれば飢えるしか無い。
飢えるのは嫌なので金がいる。
道理だ。
だが元引き籠もり、現徘徊ホームレスにできる仕事など無い。
仮にあったとしても、俺にできる気はしない。
ならばどうするか。
ある所から奪う。
道理だ。
否、道理な訳が無い。
だが半ばやけっぱちになっていた当時の俺には唯一の道に見えた。
職業:通り魔にジョブチェンジした瞬間である。
冷静な思考を取り戻したのは一年程経ってからだった……。
冷静な思考を取り戻してから一か月程したある日、そいつらはやってきた。
お巡りさんだ。
当たり前だな。
通り魔としてそれなりの事をやってきた。
むしろ何故一年も来なかったのか不思議なくらいだが、考えてみれば活動拠点を設定したのは一か月前くらいだった。
どこを捜せばいいのか分からなかったのだろう。
ついに年貢の納め時か、と大人しく捕まろうかと思ったら予想外の事が起こった。
「このあたりで野宿は危ないですよ。ちょっと前まで通り魔が潜んでいたみたいですから」
……現在進行形で潜んでますけど。
結局、忠告だけして帰りやがった。
聞き耳たててみた所、「やはり、もうこの街には居ないようですね」だの「くそっ、幽霊かよ」とか言った会話が聞こえてきた。
無能か?無能なのか?
別に正体を隠した訳でも、証拠を隠滅したわけでも無い。
殴って気絶させて金を奪う、それだけだ。
計画も何もあったもんじゃ無い。
一応生存確認もしたけど、どいつもこいつも頑丈で一人も死んで無いし。
着替えてもいないから、目撃証言ひとつでアウトなんだけど。
いや、確かに前回の獲物がえらいおいしかったから最近はやって無いし、徘徊という名の移動をしながらだったから、もう居ないと思うのも解らなくも無いけど……。
なんか、一人だけこっち見ながら「あの人が怪しいんですが」とか言って鼻で笑われてる新人ぽい人が居る。
なんか、ごめん。
それから次の日。
昨日の新人ぽい人が一人でやってきた。
ちなみに女刑事だ。
「こんにちは死神さん、自首しませんか」
まず聞きたい。死神とはなんぞや。
聞いて見たところ、俺の犯行に通り名が付いているらしい。
通り魔に通り名……うん、なんでもない。
厨二病か。
「それで、何故俺が死神だと」
「忘れましたか、一ヶ月くらい前に会っているんですが」
……一ヶ月前と言えば最後の犯行だよな。たしか誰かに絡んでた不良っぽいのを後ろから不意打ちして……。
財布がやけに分厚かった事しか覚えて無い。
あっ、絡まれてた人か。
なんとなく思い出した。
てことは刑事の癖に不良に絡まれてたのかこの人……。
ポンコツと言うやつか。
「なんですか、そのかわいそうな物を見る目は……」
おっと、目が口ほどに物を言ったらしい。
「で、それならなんで捕まえ無いんですか?」
「犯罪とは言え助かったのは事実です。その時の事を証拠にはしません。ならば違う証拠を見つけるか、自首させようかと」
なるほど。
違う証拠が見つからないから自首させに来たのか。
「そう言う事なら嫌ですよ。刑務所怖いし。」
「そうですか。なら今日は帰ってまた来ます」
そんな強い意志を感じさせる背中に向かって俺は、
「死神の犯行動機は食費です。餌付けしておけば被害は起きませんよ」
「このタイミングでたかるんですか!?」
*****
そして現在。
今日もまた、新人の癖に定年間際の老刑事の雰囲気を纏い出したお巡りさんを待ちながら物思いにふけっている。
改めて思う。
……おかしい。どうしてこうなった。