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幼馴染

作者: 花
掲載日:2026/10/26

「絶対結婚しよう」


「うん」


 そんな約束をしたのはユウリが村を出る前日。この村には若い男の人の仕事は少ない。農業だけでは暮らせない、村を出て街でみんな働きに出るのが当たり前。


 幼馴染で恋人のユウリも15歳になって街へと働きに出た。


 街で警ら隊に入ることが決まったユウリ、いずれは騎士団に入りたいという夢を持って村を旅立った。


 わたしは年を取ったおばあちゃんを一人残して街に出ることはできなくて村に残った。


 毎週のようにユウリは手紙をくれた。長期の休みになるとたくさんのお土産を買って村に帰って来た。


 いつかユウリのお嫁さんになる。


 わたしはずっとそう思ってユウリがわたしを迎えにくるのを待っていた。


 そして2年の月日が経ち……


 おばあちゃんが亡くなった。両親のいないわたしの親代わり。いっぱい泣いた。


 村の人たちは幼い頃からずっとわたしとおばあちゃんを見守ってきてくれていた……そう以前は……


「何かあったら手助けするから」そう言って声をかけてくれた。

 ユウリの両親も実の娘のように心配してくれた。


 でも辛くて泣いていてもわたしのそばにはユウリはいない。街まで辻馬車で2日。


 帰ってこれない距離ではない。でももうユウリがわたしに会いに来ることはない。


 ユウリとの手紙のやり取りがなくなってもう半年。


 同じ街に行った村の友達が教えてくれた。

 ユウリは街で助けた男爵家の令嬢に気に入られ今は男爵家で護衛騎士として働いているのだと。


 一つ年下の男爵令嬢のお嬢様は16歳。とても可愛らしい人なのだと風の噂で聞いた。


 わたしとの約束はもうどこにもない。口約束だけの関係。捨てられたからと言って文句は言えない。

 ユウリの両親も「すまない」と言いながらも内心は身内がいなくなりお金もないわたしより、貴族の娘に気に入られた方がとても嬉しそうだった。


 おばあちゃんが亡くなってもうこの村に住んでいる意味をなくしたわたしは、ユウリとは別の街へ移り住むことにした。


 みんなに挨拶はしたけど、どの街へ行くかは適当にはぐらかして場所を誰にも伝えなかった。


 村の人たちは貧しくてもみんなわたしによくしてくれた。だけどユウリのお父さんは村長さんで貴族の娘と結婚をするかもしれないと喜んでいるのもあって、みんながわたしを避けるようになっていた。

 わたしに優しくすれば村長のご機嫌を損ねる、そしたら自分たちが村にいづらくなる。

 みんな生活がかかっている。村長に睨まれれば農作物を少しでも高く買ってもらえなくなる。生活がかかっているのだ。他人のことまで構ってやる余裕はない。


 わたしはおばあちゃんが亡くなった時、やっと疫病神がいなくなると、みんなが呟いているのを聞いてしまった。


「大丈夫?」なんて優しく声をかけた人たちも内心はユウリにフラれたのだから、さっさと村を出て行って欲しいと思っていたのだ。


 古くて小さな家にあった物は全て処分した。


 両親とおばあちゃんの墓は村の外れにある。そこに最後に挨拶をしてわたしは歩き出す。


 目指したのはユウリが住む街よりももっと都会のたくさん人が住んでいる街だった。


 わたしのお母さんはお父さんと大恋愛をして駆け落ちをして結婚した。


 実はお母さんは貴族だった。


 お母さんが亡くなった時、お母さんのお父さん、おじいちゃんがそのことを知ってわたしを迎えに来てくれた。


「エリナ、わたしのところに来ないか?」


 そう言ってくれたけどおばあちゃんを一人残して幸せになるのは嫌だった。それにユウリと離れたくなかった。


 おばあちゃんは「エリナが幸せになるなら向こうの家族と暮らした方がいいと思う」と何度も言ってくれたけど、わたしは村で暮らしたかった。


 ずっと生まれ育った村だもの。みんな優しくて温かい。


 そう思っていたのに……ユウリの結婚にわたしは邪魔でしかなかった。


 ユウリのお父さんはわたしが伯爵家の孫だとは知らない。ユウリにも教えていない。わたしは村娘のエリナとして暮らしたかった。


 時折おじいさんから手紙が送られて来た。そこには生活に困らないようにと心配して少しだけお金が一緒に送られて来た。


 でも村での生活にたくさんのお金は必要ないからそのまま貯めていた。


 そのお金で村外れに土地を買って立派なお墓を建てた。多分誰も来ない場所に……わたしだけが会いに来るように。


 そしてわたしは迎えに来てくれた馬車に乗った。


「エリナ、お別れはもういいのかい?」


「うん、この村にはもうわたしと別れの挨拶をしたいと思ってくれる人はいないの」


 みんな優しかったのに……わたしがいなくなることを知ってホッとした顔をした。







 ………それが全て。





 お祖父様の屋敷はわたしが暮らした家とは全く違う。


 わたしが暮らしたあの小さな家は、伯爵家の馬小屋よりもボロくて小さかった。


 だけど……何よりも温かくてとても居心地の良い家だった。お父さんとお母さんとおばあちゃんといつも笑顔あふれる大好きな場所だった。


 お母さんの弟の叔父様家族はわたしを実の娘として受け入れてくれた。


 17歳になっているわたしにたくさんの教育を施してくれた。


 貴族として生きていくための知識を身につけるのは大変だったけど、家庭教師がついて朝から晩まで必死で勉強した。


 半年後……少し遅い社交界デビューの日を迎える。


 婚約者のいないわたしは一つ年下の従兄弟のセドリックがエスコートをしてくれることになった。


 セドリックは一つ年下なのにとても優しいし紳士だ。彼との会話はとても楽しい。


 彼はいろんなことを教えてくれる。狩りに行った時の出来事や同級生の第三王子との楽しい学園生活。わたしには経験できない貴族の学園生活。

 でも一番楽しいのは勉強の話、この国の歴史や経済学、政治学など村では教わらなかった難しい勉強を使わなくなった教科書を貸してくれて教わった。

 それを知り学べることが幸せだった。


 もし可能ならいずれは王城内で働いてみたい。


「セドリック、わたしでも頑張れば夢は叶えられるかな?」


 ユウリは騎士になる夢を見て街へと旅立った。騎士団には入れなかったけど愛する人を見つけてその人の護衛騎士として生きている。


 彼の夢は違う形で叶ったのだろう。


 思い出すといまだに胸がズキズキと痛む。


 ユウリと恋人にならなければあの村で今も暮らしていたかもしれない。

 優しかった人たちから悪意を向けられ邪魔者のように扱われなかったかもしれない。


 人を恨んでも仕方がない。


 おばあちゃんならそう言ってわたしを叱ったかな?


 貧しい村娘が今では伯爵令嬢として高価なドレスを身にまとい、何年分の稼ぎになるのだろうか宝石を身につけて過ごす毎日。


 あまりにも変わってしまった生活に戸惑う中、おばあちゃんに言われた言葉を思い出す。


『贅沢は身を滅ぼす、絶対駄目じゃ』


 だからせっかく買ってもらったものも、お客様と会う時だけにしてもらい普段はシンプルなワンピースで過ごしたいとお願いした。


 叔母様は顔を顰めたけど叔父様は「姉上の子だね」と笑って許してくれた。


 勉強の合間にお祖父様の部屋を訪れ、お母様の子供の頃の話を聞いたり一緒にこの国について討論をしたりした。


「女なのに」この家では誰もそんなことを言わない。


 勉強もしたいだけさせてくれるし、領地の運営や商売の仕方、貴族の在り方など、面白い話をたくさんお祖父様はしてくれる。


「エリナは何になりたいんだ?」

 お祖父様にふと訊かれた質問に………


「わたしは……ただ知りたいんです……貴族と平民の隔たり……どうしてこんなに違うのか……考え方、国の在り方……わたしがどうすることもできないのはわかっているけど知ることは大事だと思うんです」


「そうか……お前の母親は……平民になり貧しい中……幸せだったかい?」


「お母さんはいつも笑っていました……でもたまに……この場所の方へ視線を向けて……ただ黙って見つめていることがありました。後になってわかりました……お母さんは、この街のことを思い出していたんだと……お祖父様やお祖母様……叔父様達家族のことを思い出していたんだと思います……遠いこの街にいつか帰って来てみたかったんだと思います」


「………忘れていなかったんだな……あいつが病に倒れてお前がいずれ一人になると、その時はほんの少しでいいから……気にかけて欲しいと手紙を寄越してきたんだ……もっと早くに会いに行ければ死に目に会えたのに……行った時にはもうお前の母親は亡くなっていたんだ……」


「お母さん……素直じゃないから……本当はここに帰りたかったんだと思います」


 お祖父様と二人抱き合って泣いた。


 もう5年も前のことなのに……いまだに思い出すと辛くなる。


 お父さんが事故で亡くなって……無理して働いてくれたお母さんが病気で亡くなった。


 そして、おばあちゃんまで……


 辛かった。でも一番そばにいて欲しかったユウリは一度も顔を出してはくれなかった。もう会うことはないだろう。


『結婚しよう』

 2年半前の約束はもうどこにも残っていない。


 初めての夜会は緊張で手が震える。セドリックと何度もダンスの練習を重ねた。


 勉強ならいくらでも頑張れるけどダンスは苦手。なんとか足を踏まずに踊れるようにはなった。


 セドリックの手を借りて馬車を降りた。


 初めての王城は広くて呆気にとられてしまう。


 会場まで歩くのは大変で、専用の馬車が出ていてその馬車に乗り換えることになっていた。


 今日からの夜会はこの国の貴族達全てが参加する、大々的な年に一回の夜会。数日にかけて行われている。


 今日は三日目で若い子息や令嬢達が呼ばれている。


 何度か夜会に参加したことがある者もいるが、エリナのように今夜がデビューの人も多い。


 みんな緊張した面持ちで、移動用の大きめの馬車に乗り合わせた。


「セドリック……お腹が痛い……」


 緊張しすぎてなんだかお腹が痛い。


「えっ?それって……」


「ち、違うから、そっちの意味じゃなくて……緊張しすぎて……お腹と胃が……痛いの」


 耳元でコソコソ話をしていたら、それを耳にした近くにいた令嬢がクスリと笑った。


 ーーは、恥ずかしい……田舎者丸出しだよね。


 セドリックの顔をチラッと見ると……


 わたしの言葉に恥ずかしそうにはしていなかった。

 ーーよかった。


 真剣に「大丈夫だよ、僕がそばにいてあげるからね」と答えてくれた。


 一つ下なのに頼れる従兄弟に感謝しながら会場へと入った。


 煌びやかなシャンデリア、どう見ても高級な調度品達。もう別世界だ。


 それにこれが!と言った感じの王宮料理が並んでいた。


 伯爵家でも毎日食べられそうにもない大きな海老や魚介類、大きな肉の塊に、よくわからない豪華そうな料理、色とりどりのデザート。


 わたしもうダンスはしなくてもいいんじゃないかな?食べるだけで十分楽しめそう。


 セドリックの上着の裾を摘んで、クイっと引っ張り、「ねぇ、あれって食べていいの?」と聞いた。


「うん?もちろんだよ。後でお皿に取ってあげるよ」


「ほんと?楽しみ!」


 わたしが話しているとまたさっきの馬車に乗っていた令嬢が笑い出した。


「ああ、もう……駄目……クククッ……耐えられない」


 声を出して笑い出した。


 キョトンとしてその令嬢を見ていたら


「あなたって面白いのね?こんな子初めて見たわ」


 と指を差して笑いながら言われた。


 なんだか……悪意がないのがわかるから、どう反応すればいいのか……どうしようとセドリックをチラッと見たら、クスッと笑って返された。


 ーーその笑いは………何?


「わたし、ヴィオレット・シュバイナーというの。あなたの名前は?」


 ーーわ、わたし?シュバイナーって……公爵令嬢?


「わたしはエリナ・レイヤー……です」


 ーーき、緊張する……ど、どうしよう……


 笑顔で挨拶しないといけないのに顔が引きつる。横にいるセドリックの服をがっしりと掴んでなんとか立っているけど、手汗がやばい。


「やっぱり、噂で聞いていたわ。レイヤー伯爵家の新しいご令嬢ね?」


「はい」


 ーー貴族の人と話すのは家族以外では初めてのこと。どうしよう……話題が……何にも浮かんでこないよ……


「そんなに固くならないでちょうだい。わたしあなたとお話をしてみたかったの。ね?セドリックが紹介してくれないのだもの」


 ヴィオレット様がセドリックを恨めしそうに睨んでクスリと笑った。


 セドリックもにこりと笑い、わたしだけが蚊帳の外。


「…………あ、あの、わたし……は、その……」


「あなた、セドリックに政治や経済のことを教えてもらったり、経営のことにも興味があるのでしょう?元平民でまだ貴族になりたての女性がする勉強ではないわ。とても興味深いと思って、どんな子か会ってみたかったの」


「エリナ、ヴィオレットは政治や経済学に長けているからわからないことは聞くといいよ。彼女は公爵家をいずれ継ぐことになっていて、幼い頃から徹底して帝王学を学んできているからね」


「すごいですね!わたし、まだまだ勉強を始めたばかりで知らないことの方が多いんです!でも楽しくて!あ、あの、お時間あったら、ぜひお話聞かせていただけますか?」


「もちろんよ、そのために声をかけたのよ?でもその前に美味しいお料理をいただかないとね?セドリック、わたしの分も取ってきてくださるわよね?」


「喜んで」

 セドリックが料理を取りに行ってくれた。


 二人は同じ学園の同級生らしい。


 こんなに仲がいいということは……わたし、エスコートしてもらっているけど、邪魔してるの?


 と思ってたら「あなたって考えていることが顔に出るタイプ?わたしとセドリックはお友達よ?わたしの婚約者はあそこにいる第三王子なの」と言われた。


 王族達が座っている場所に顔を向けた。玉座には両陛下、王子達が座っていた。


 なるほど、だからお一人で今はいるのか……


 ヴィオレット様は話せば話すほど魅力が増してきて、楽しくて、それに気取らない方で、大好きになっていった。


 三人で話していると、少し離れたところで何か騒いでいる人達がいるのに気がついた。


 耳を澄まして聞いていると


「もう!わたしのドレスにワインをこぼして許さないわよ!」

「あなたの家じゃ、弁償できるのかしら?」

「膝をついて謝りなさい!」


 一人の令嬢が大きな声で喚いている。


 周りの人たちも何事かとジロジロとみていた。


「いやね、あの娘、リーゼ様だわ」

 眉を顰めて少し嫌な顔をしているヴィオレット様。わたしに対してもそんな顔をしなかったのに……どうしたのかしら?


 セドリックもため息をついた。


「リーゼ嬢は何かと問題を引き起こすんだ……今度は何が気に入らないのか」

 呆れた声で向こうを見ている。


 わたしはリーゼ嬢と呼ばれる女性の隣にいた男性に目を奪われた。


 ーーユウリ………



 会いたくなかった……もう忘れてしまったはずなのに……『結婚しよう』彼との約束は守られることもなく、連絡すらなくなり、村からも逃げるように出てきた。


 わたしは何もしていないのに……村のみんなから嫌われた。関わらないようにと相手にすらしてもらえなくなった。

 ユウリのお父さんが村長だから……みんなはわたしに関わろうとしなくなった。


 思い出すだけでまたお腹が痛い。胃も痛い。


 心はズキズキと痛む。


「エリナ?真っ青だ」


 遠くからセドリックの心配する声が聞こえる。


 なのに返事をしたくても声が出ない。


「エリナ?エリナ?」


 わたしの肩を揺さぶる……誰?

 目の前にいるのはヴィオレット様……真っ青になって震えて立ち尽くすわたしに、優しく声をかけてくれていた。


 おかげで少しだけ冷静になれた。


「ヴィオレット様……ご心配をおかけしました……大丈夫です。セドリック、夜風に当たってもいいかな?」


 わたしは近くにあるバルコニーの方に視線を向けた。


「もちろんだよ、行こう」


 二人もついてきてくれた。


「ヴィオレット様は殿下をお待ちしなくていいのですか?」


「あら?わたしの婚約者はわたしがどこに行っても探し出してくれるから大丈夫よ」

 と、自信に溢れた笑顔で言った。


 ーーなるほど。


 愛されているってそういうことなんだ。


 わたしは……ユウリの姿に怯えているのに……







「セドリック、そばにいてくれてありがとう」

 何も聞かずにそばにいてくれた。


 少し落ち着いてきた。


 ヴィオレット様は殿下が迎えに来た。

「ごめんなさい、そばにいてあげられなくて。何かあったら相談に乗るわ」と言ってくれた。




「エリナはリーゼ嬢と知り合いなの?」


「ううん……知らない人」


「彼女は多分……俺を見つけたら絡んでくると思う……嫌なら早めに会場を抜け出そう」


 ーーセドリックの同級生だった……


「彼女の隣にいた男性……わたしの恋人だった……結婚しようって15歳のとき約束して……だけど……村に帰って来なくなったの……」


「……彼が?」


 ーー知ってたんだ……


「うん、ユウリは村長の息子で……この国では村長には……平民でも準男爵の爵位を渡されるの……何かあった時は貴族として対応しないといけない時があるから……ユウリは仕事中助けた男爵令嬢に気に入られて、そこの護衛騎士になったの……噂では二人は結婚するとか……それがさっきのリーゼ様とユウリなの」


「結婚?多分それは……今のところ噂では聞かない話だよ」


「えっ?でも……ユウリは彼女と結婚するからわたしが村にいたら邪魔になるから……」

 ーーあの村に居辛くなったのに……だけどそのことは敢えてセドリックは言わなかった。


「ふうん、エリナはあいつらのせいで嫌な思いをしたんだ」


「もう忘れたいかな……」


「忘れられないからここにいるんだろう?」


「うーーん………そうだね……出来れば、ユウリともう顔を合わせたくないかな……」


「俺としては、何か言ってやりたいけど……エリナはもうそっとしていて欲しいんだよね?」


「うん、出来ればユウリに気づかれたくない」


「わかった、じゃあ、一度だけダンスを踊ったら帰ろう」


 ーーそうだった……一度だけは踊らないといけなかった。それも今日はわたしの初めての社交界に参加した日だもの……ダンスを一曲踊るのは決まりだもの。


「エリナ、行こう」


 セドリックの手はとても温かくてホッとした。彼といれば怖くない。そう思えた。


 バルコニーから会場へと戻ると、新しい曲に合わせてダンスを踊る。苦手だったダンスも何度もセドリックが練習の相手をしてくれた。おかげでなんとか形だけは踊れるようになった。


「エリナ、今日のダンスはとっても上手だよ」


「本当に?とりあえずセドリックが恥ずかしい思いをしないように最後まで頑張って踊るわ」


 セドリックと目が合うとお互いクスッと笑い合った。


 ユウリはこの広い会場の別の場所にいる。会わないようにすることも出来なくはない。


 ダンスが終わるとセドリックも二人の姿を確認しながらわたしをエスコートしてくれる。


「少しだけ食べて帰ろうか?多分何も口にしなかったら後悔するだろう?」


「なんでわかるの?」


「食べたそうにしてたからね」

 ーーしっかりバレてた……色気より食い気だもの。ユウリのことは気になるけど、近くにいないなら安心だもの。


 二人で楽しくおしゃべりしながら食事をしていたら少し離れたところでまた声が聞こえて来た。


「あなたのお家って確かあまり裕福ではないそうね?何そのドレス?今夜、この会場に来るには少し相応しくないのではなくて?」


 数人の令嬢と、クスクス馬鹿にした笑い声が聞こえて来た。


 さっきはワインをこぼしたと令嬢に怒鳴っていたけど今度は別の令嬢に対して酷い言葉を投げつけている。


 遠くからとはいえドレスを着替えたようには見えない。ワインがかかったと言っていたのもただの言いがかりだったのかもしれない。


 周りの人たちも不愉快そうな顔はしているが誰も助けようとしない。


 わたしはユウリが近くにいるから関わり合いたくはない。


 絶対嫌なのに……勝手に体が、口が、動いていた。


「あら?ドレスなんて彼女にとってはどんなものを着ていても関係ないわ。だって元がとても綺麗な人なんだもの」


 意地悪を言っていた令嬢達をチラッと見てクスクス笑ってやった。


「自信がない方達は必死で着飾らないと……ねぇ?大変でしょう?お金と時間をかけないといけないなんて……」


 気の毒そうに彼女たちを見てため息をついた。


「あなた!一体誰なの?失礼ではなくて?」


「そ、そうよ!」


「あら?失礼って……わたしあなた達だとは言っていないわ……えっ?まさか…自分のことだと思っているんですか?それって……認めてしまったと言うことかしら?」


 驚いた顔をして彼女たちを見た。


 意地悪をされていた令嬢はどうしたらいいのかわからずキョロキョロと周りを見て焦っていた。


「こちらにいらっしゃい」

 ヴィオレット様がその令嬢の腕を掴んで自分のほうへ手繰り寄せた。


「は、はい」

 驚きながらもヴィオレット様のそばに行く令嬢。ヴィオレット様のそばならもうこれ以上何か言われることはないだろう。安心したのはいいけど……わたしの立場って…まずい、非常にまずい……のでは?


 デビューしたばかりでもう目をつけられたかも……


「エリナ、君もこっちに」そう言ってわたしの肩を抱き、セドリックが隣に来てくれた。


「セドリック様!」

「きゃっ!セドリック様……なぜ?その子はだれなんですか?」


 果敢に聞いてくるリーゼ様。悔しそうに唇を噛んでわたしを睨んできた。


 近くにはわたしの顔を見て驚くユウリが立っていた。


 ——なんのために隠れようとしたのか…わかっていたのに、自分がぶち壊してしまった。


「エリナ………」


 わたしに声をかけて来た。


「ユウリ、誰なの?知り合いなの?セドリック様にエスコートされているなんて、ずるいわ!何よ!自分だってドレスで誤魔化してるだけじゃない!」


 ——うん?ずるいって……セドリックは従兄弟で……パートナーがいないからセドリックは仕方なく付き合ってくれているだけなんだけど、言い訳するのもなんだか嫌だった。


「セドリック、向こうに行こう」

 わたしは無視してこのうるさい人たちから離れることにした。関わり合いたくない。まぁ、我慢できなくて自分からつい関わってしまったのだけど。


 待たせてある伯爵家の馬車のところまで行くために王城で用意されている移動用の馬車に乗り込んだ。


「待って」ユウリが突然乗り込んできた。


「リーゼ様を放って来ていいの?」


 わたしが呆れた顔をしたらなぜかユウリは傷ついた顔をした。


「リーゼ様には他に数人そばに仕えている人がいる。俺一人抜けても困らない……エリナ、ごめん。ずっと連絡できなくて……」


「気にしないで。わたしはもう以前のエリナじゃない……今はエリナ・レイヤー………伯爵家の娘なの」


「……どういうことなんだ?」


「わたしのお母さんがレイヤー伯爵の娘だったの、ただ……それだけよ」

 ーーおばあちゃんが亡くなって村に居づらくなって……伯爵家の娘になった……そうそれだけのこと。


「君は伯爵令嬢であるエリナに気軽に声をかけられる身分じゃないだろう?それにリーゼ嬢のそばにいるのが仕事なら戻りなよ」


「エリナ……」

 情けない顔をしてわたしを見るユウリ。わたしはユウリに視線を向けた。


「わたし達が……昔した約束は……子供のたわいもないものだっただけ……あなたは……ただの……幼馴染よ?顔見知りなだけなの……着いたわ……さよなら、ユウリ」


 セドリックの手を借りて馬車を降りた。


 すぐに伯爵家の馬車が目の前に停まる。わたし達はその馬車に乗り込んだ。


 見送るユウリの姿は……ただ立ち尽くしていた。わたしはもう振り返ることはない。


「よかったの?エリナ?」


「ええ」


 わたしは帰りの馬車の中、一言も声を出さなかった。一言でも声を出したら……泣いてしまいそうだった。


 大好きだったユウリ、信じていたユウリ。だけど彼の姿はわたしが知っているユウリではなくなっていた。


 綺麗な服を着てきちんと髪を整えられていた。まるでリーゼ様の人形のように。意思などない着飾っただけの。


 ただ彼女を引き立てるために綺麗な顔の男性達を数人そばに置いていた。


 ーー男娼のように……


 それを選んだのはユウリ。

 そんなユウリを好きになったのはわたしだった。だからユウリを恨むことはできない。


 でももう好きでいることも出来ない。




 セドリックは話しにくいことだけど……


 と言ってこの夜会のひと月後に教えてくれた。


 リーゼ様は顔の良い騎士達をそばに置き、本当に男娼として扱っているらしい。

 そして……セドリックは婚約者になって欲しいと狙われていたらしくしっかり拒絶したと教えてくれた。


 ユウリはもう……彼女と………


 


 ユウリとわたしはもう会うことはない幼馴染になってしまった。



        






 ーーーーー



 なんで……こんなことになったんだろう。


 ずっと大好きでいつか俺の嫁にと約束したエリナ。


 綺麗で優しく、よく笑うエリナ。彼女を愛していたんだ。


 騎士として生計を立てられるようになったら迎えに行くつもりだった。


 リーゼ様を助けたことで気に入られて、男爵家の護衛騎士として働くことになった。


 だけど気がつけば、リーゼ様と何度となく体を合わせることになってしまった。


 初めは誘われても断っていた。


 でも夜の警護の時に、寝室へと誘われる。


 可愛らしいリーゼ様に誘われれば最終的には断ることなど出来なかった。


 初めての経験はとても甘美で夢中になるのは簡単だった。


 エリナに手紙を書くことも会いに故郷に帰ることも無くなった。

 親から何度となく帰ってくるように手紙が来たが、リーゼ様と付き合っていると誤魔化していた。


 両親は貴族令嬢との結婚だと喜んでくれた。そんな話なんて出てもいないのに。


 その陰でエリナが村で酷い目に遭っているなんて知らなかった。知ったのはエリナが夜会に参加した後だった。


 村に顔を出すと、エリナが伯爵令嬢になっていたと噂になっていた。村のみんなはエリナに対して酷いことをしてしまったと青ざめていた。


 エリナは俺のことも村の人たちのことももう捨てたのだ。

 あの時の冷めた表情を思い出すと胸が抉られるように苦しくなる。


 夜会の日……リーゼ様よりも美しく存在感のあるエリナにみんな見惚れていた。俺も……謝りたい、できるならもう一度……元に戻りたい。


 なんて馬鹿なことを考えてしまった。


 先に捨ててしまったのは、裏切ってしまったのは俺なのに。村の人たちから酷い態度を取られてしまったのも俺のせいだった。


 俺は……リーゼ様の護衛騎士をやめて村に戻った。


 貧しい村だけど、少しでも村を元気にしたい、いつかエリナが懐かしみ、この村に遊びに来ることがあったなら、その時は……いい思い出だけを味わって欲しい。


 エリナが住んでいた家をそのまま維持しながら俺は村で暮らしていく。




ーーーーー


「セリナ、お母様と絵本を読みましょう」


「うん」


「おっ、じゃあ、お父様はセリナの隣に座って話を聞くとしよう」


「さんにん、なかよし、だね?」


「ええそうね。ふふっ、セドリック、愛しているわ」


「僕もエリナとセリナを愛してるよ」




         




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