第一話 ダンジョンで見たもの
ダンジョンに潜る理由なんて、だいたい決まっている。
金か、名声か、それとも命知らずの暇つぶし。
少なくとも、俺はそのどれでもない。
「……またハズレか」
倒れた魔物が霧のように崩れて消える。
残ったのは、手のひらほどの魔石だけだった。
それを拾い上げ、軽く息を吐く。
今日の稼ぎとしては最低だ。
ここは下層手前のダンジョン。安全圏と言われてはいるが、油断すれば普通に死ぬ。
それでも、こういう場所で小銭を拾っていくのが、今の俺の現実だった。
「帰るか……」
そう思った瞬間だった。
足元の石畳が、淡く光る。
「は?」
反射的に後ろへ跳ぶ。
だが遅い。
光は一気に広がり、視界を白で塗りつぶした。
気が付いたとき、俺は見知らぬ空間に立っていた。
石造りの巨大な広間。
天井は高く、どこか神殿のようでもある。
だが、人の気配はない。
いや、それ以前に“生きている空気”がしない。
「……転移トラップか?」
ダンジョンでは稀にある。
だがこれは、そういう軽い違和感じゃなかった。
空気そのものが古い。
時間ごと腐っているような感覚だ。
奥に、石碑が立っていた。
近づく。
そこには、見慣れないはずなのに読める文字が刻まれていた。
――アルヴェイン王国、滅亡記録。
「……滅亡?」
聞いたことのない国名だった。
少なくとも、現代の地図にも歴史にも存在しない。
その下に、短く一文。
汝、攻略者であるならば。
その滅びを覆せ。
「何だよ、それ……」
ふざけた話だ。
滅んだ国を救え?
誰が、どうやって?
石碑に触れようとした瞬間だった。
それは音もなく崩れた。
砂のように砕け、地面へ溶けていく。
同時に、背後で重い音がした。
扉が、開く。
まるで「先へ進め」と言われているようだった。
中はダンジョンだった。
通路、松明、石畳。
見慣れた構造。
ただ一つだけ違うのは、そこに“気配”があることだった。
「……人間?」
そう思った。
だが違う。
鎧を着た兵士の姿をしている。
しかし肌は灰色で、目だけが赤く光っていた。
生きているというより、“残っている”存在。
兵士は迷いなく剣を抜いた。
会話の余地はない。
最初から殺すつもりの動きだ。
「面倒だな……」
剣が振り下ろされる。
紙一重でかわす。
そのまま短剣を突き立てた。
手応えは軽い。
次の瞬間、兵士は黒い粒になって崩れた。
あとには何も残らない。
ただ一つだけ。
胸元から青白い光が浮かび上がった。
「……なんだ、それ」
光は逃げない。
むしろ、俺に向かって近づいてくる。
そして、触れた。
《剣術技能を取得しました》
「……は?」
声が、頭の中に直接響いた。
理解する前に、何かが流れ込んでくる。
剣の握り方。
足の運び。
身体の動かし方。
誰かの“経験”をそのまま引き抜いたような感覚。
「今の……俺が奪ったのか?」
そんなはずはない。
ただ倒しただけだ。
だが、確かに“何か”が俺の中に入ってきた。
気持ちが悪いほど自然に、剣の扱いが分かる。
「……意味が分からない」
だが立ち止まっても仕方がない。
この空間の正体も、出口も分からない。
奥へ進むしかなかった。
どれくらい歩いたのか分からない。
ただ、空気だけが確実に変わっていく。
重い。
濃い。
まるで“歴史”そのものの中を歩いているようだった。
そして、最奥に辿り着いた。
円形の広間。
中央に、水晶がひとつだけ置かれている。
触れた瞬間だった。
世界が崩れた。
耳鳴り。
叫び声。
焦げる匂い。
視界が一気に切り替わる。
「王都が落ちるぞ!!」
「西門が突破された!!」
「避難しろ!!」
燃えていた。
街が。
建物が。
人が。
さっきまでとは違う“現実”が目の前に広がっている。
「……は?」
足が動かない。
理解が追いつかない。
ここはダンジョンじゃない。
街だ。
戦場になっている街。
誰かが俺の肩を掴んだ。
「おい! あんた、何してる!早く逃げろ!」
振り向くと、鎧を着た男がいた。
だがさっきの“灰色の存在”ではない。
生きている目だ。
「ここは危険だ。早く下がれ!」
「……ここは、どこだ」
自分でも間抜けな声だった。
男は一瞬怪訝な顔をして、それから言った。
「アルヴェイン王国に決まってるだろ!」
その名前を聞いた瞬間、背中に冷たいものが落ちた。
石碑に刻まれていた文字。
――アルヴェイン王国、滅亡記録。
目の前で燃えているこの国が。
“滅びるはずの国”だとしたら。
俺は今、歴史の中に立っていることになる。




