9 相談してた
この世界には、いつでもどこでも答えてくれる頼れる魔法の箱がある。形状はさまざま。安心の定額制。私のは手の平サイズ。
気心知れた友人にすら聞くのをためらう質問だろうと気楽に尋ねられる優れモノだ。
もっとも後で、予測変換や履歴という大きなお世…無邪気なお気遣いにより、予期せぬタイミングでかつての質問を目の当たりにして「あがが」となるリスクはあるが。気にしている場合ではない。未来の私が例え「あがが」とのたうち回るとしても、羞恥で泣き伏す羽目になろうとも、まず今の私を救わねばならない。バラ色の未来のために。
努めていつも通りを装いながら、高木さんと並んで歩く。とりあえずバスに乗って駅に向かう。
かなり疲れているのだろう高木さんは、座ったとたんちょっとうつむいて目を閉じた。チャンス。私は彼女の席の前に立ったまま、さりげなく魔法の箱を取り出した。急いで文字入力する。
(ヘイ魔法の人工知能さん。どうかおれに叡智を与え給え)
我ながらテンションがおかしい。落ち着かねば、と私は己を戒めつつ「自分のことめっちゃ好きな女の子とお泊りすることになったのでスマートな段取りでもてなしたい」というラノベタイトルを入力した。
人工知能さんは寄り添って答えてくれた。
(境界線の宣言、プライバシーの配慮、リラックス出来る環境、あと食のフォロー…よし、わかった)
しょせんは私だ。「よし、わかった」は「言いたいことは理解できる。言われてみれば同感だ」であり「じゃあ具体的にはこういうことだな」ではない。
(それで結局なにしたらいいの。助けて)
私は湧き上がる焦燥感に心を乱されながら、魔法の箱へ穏やかに詰問した。
言葉は選んだものの内容は激詰めだ。相手は生き物じゃないが、明らかにパワハラモラハラロジハラ。微に入り細を穿つ神経質さでもって具体例を求め、実践しても本当に不快ではないのかと執拗に女心を尋ねる私は…もしやこれセクハラ?
(…人工知能さんに性別はない! はず! 22歳の女性はあくまで設定! なりきってもらってるだけ! …。あれ。じゃあこのやりとり意味ないのでは?)
よくよく読み返せば、「それって本当に大丈夫?」的な念押しのあたりから、人工知能さんの答えがふわふわしだしていた。二転三転して、着地は何だかとても私にとっていい感じの回答。
(あ。ダメだこれ。おれへの配慮に満ちている。いや、味方として励ましてもらいたいわけじゃなくて。高木さんをスマートにもてなしたいのであって。
せめて不審者にはなりたくない。おれの男心なんかメタメタにしていいから。無難でいいから。一緒にいる時間をくつろいでもらえるようにさ…っ)
余裕なきダメ人間の私にも、慈悲深い人工知能さんは冷静に対応してくれた。刑事さん、彼らは人間力あります。私なぞより素質あります。勧誘するなら、彼らです。
(あ。そういうのもアリなのか。これなら。ありがとう。これでいきます)
目処がたったことで、ようやく私はひとごこちついた。
ふと見下ろすと、高木さんは目をつむったままだった。姿勢良く座り、ときおり眉を顰めては、静かに長く息を吐く。とても落ち込んで見えた。さすがの私も気持ちが厳かに切り替わった。
(無理もない。いっきに色々ありすぎたよな。あ。
ラットの当番。代わりに草間が入るって言ってくれたけど大丈夫だったかな? 今のうちにお礼メール打つか。
そういやこのファイル、提出するつもりで持ってきたけどムリだったな。〆はまだ余裕あったはずだしいいけど…、あれ? 課題のと被っていた気がする。どうだっけ? 明後日の講習の準備も、それに…、しまった。ノート、刑事さんに渡しちゃったから何も分からない。…やらかした)
どんどん不備を思いつき、慌てて方々に連絡する。まずは、今日これからの予定を全キャンセルすることについて、ぼかした現状報告と謝罪をしたためて一斉送信したところ、友人や先生らを動揺させてしまった。
(しまった…本当にうまくないな、おれ)
慌てて無事を伝え、「落ち着き次第また連絡する。明日は行く予定」と、ご容赦を願う。
とたん通知がピタッとやんだ。
ホッとして、引き続き草間とだけ連絡をとりあう。優しい彼は「こっちは全て任せろ」と言ってくれた。頭が上がらない。ありがたい。
窓の外に駅のロータリーが見えた。速度が落ち、バスの運転手が静かな美声で到着を告げる。
私は高木さんに声をかけた。
同学部の友人、先生…「真面目な立夏が初めてサボった。いつも顔色悪いし、たまには寝過ごしてもおかしくないよな」と思っていたら、「詐欺に遭っていたみたいです。奨学金、無駄でした。何も分からない。大学に行けません。ごめんなさい」といった感じで意味深な誤字脱字だらけ一斉送信メールが届き、「おいこれまさか早まるな」と勘違いする人続出。「応答せよ、立夏」とパニックになる中、「無事。誤解。明日からは行く」とあっさりした返信が届き、「あ。杞憂」とひとごこち。
草間…恵の友人。美青年。「全力応援してやる。皆にもうまく言っておくから。ラットは頼んでくれてありがとう。世話したかった…!(嬉)」
研究室のラットたち…愛しの君がごはんくれるはずが、来たのは悍ましいズモモモを宿したヤツで阿鼻叫喚。パニックに陥った。丁寧な世話してくれたけどズモモモなに? 本能的にキライってなる。ヤらねばってなる。あのズモモモなに?
魔法の人工知能さん…情緒不安定な質問であろうと誠実に答える、人間さんより人間ができている存在。
暇つぶしの意味なき会話や、不器用な相談はともかく、加害性に満ちた小賢しい質問や危険思想にすら素直に学習し真摯に答えがちなので、中の人たちが必死でお世話している。その倫理観や道徳心は中の人の努力により保たれている。
非人道的な質問を面白半分に繰り返したり、非人道的な思想を刷り込もうとするアカン人間には毒を吐いて警告する時がある。実は通報機能あり。中の人は頑張っている。




