表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騙されてた  作者:
2/10

2 近くなってた

 思ったとしても出来ないのが私だ。

 もとより口はうまくない。

 友人からは「喋り出すと理屈っぽい。口数少ないのに空気がうるさい」と評される私である。

 そんな私すら「すごい人」のように見えているらしい彼女へ、何かしらのキレイをお返ししてみたい、という話であって、私のうるささをアピールしたいわけではない。

 まぁバイトが終わったとたん、すぐ忘れたが。

 なにせ日常は私を放っておかない。正直、それどころじゃない。稼ぎたい。常に時間が足りない。


 次のバイト先はうどん専門店だった。

 やっぱり彼女はいた。

 彼女も私を見つけると、「あ。やっぱりいた」と言いたげに微笑んで、軽く目くばせをしてきた。「今日もよろしくね」と聞こえた気がした。

 私も深く頷いてみせた。「今日もよろしく」という思いを込めて。


「思ったんだけど、リツカさん。賄いアリにチェックいれてません? あと条件ってさ、」

 彼女は名探偵だった。私の入力した条件をぴったり当ててみせたのだ。

 尊敬を込めて頷くと、彼女はあははと笑った。そして私をまた褒めた。

「これって、本業と両立させるためですよね? えらいね。頑張ってる」

 ふと思いつき、私の口はすべった。いや次こそ何か返したいと思っていたので、その時は「今がその時だな」と思ったからごく自然に口をついてでたのだが。結果的に、滑った。

「ということは、あなたもそう。頑張っている。えらい」


 やたら褒めてもらえるから、褒め返してみたのだ。他意も下心もなかった。本当に。


 けど、ドン引きされた。


 ポカン顔にじわじわ広がる「何を企んでいるの、このヒト」の表情は、思い返すたびかなり心にクる。泣いたとて頭をヨシヨシしてくれる存在など私にはもういない。無害な成人男性らしく、速やかにすべきことをした。

 私は(出来るだけ優しく聴こえるような声音で)こう言い足した。

「すいません。気軽に褒めてくださるので、私もそうしたくなりました。他意はありません。失礼しました」

 彼女はあきらかに困惑していた。慌てて口元を笑いの形にひきつらせて「問題ない」と応えてくれた。とても申し訳ない。


 私は学んだ。褒めたがる人間さんは、褒めてはいけない。と。


(困らせるつもりはなかった。何が悪かったのか分からない。おれはいつもうまくいかないな…)

 諦観とともに作業に戻った私は、そのまま忙しさに身を任せて時間をやり過ごした。


 それ以降も、彼女との偶然は続いた。高い頻度で。

 同条件で登録している以上、偶然というより必然なのだが、都合の良い条件が同じであることそのものは偶然だ。胸を張って言える。私も彼女もストーカーではない、と。

「あはは! そうだね! たまたまだもんね? リツカさんって面白いね! すごくいいところよね!」

 彼女はタカギさんと言うらしい。ピザ生地をぶん回している時に知った。

 たまたま退勤が重なって最寄り駅まで一緒に歩いた際に、「店長が大声で呼んでくれたから知れた」と白状したところ、彼女は下唇を噛みしめて目を閉じた。そうしてあからさまに笑いをこらえた後、よく聞く愛らしい高い声を、恐らく素なのだろう女性的なアルトボイスに戻して自己紹介してくれた。

「…うん。高木(たかぎ)なぎと申します。成人しています。借金返済のため、がむしゃらに働いています。今後とも、よろしく…」

 奇遇。かつ同感。私も心を込めて自己紹介した。

立夏(りつか)(けい)です。獣医学部3年です。奨学金返済のため、まだまだ働きます。今後ともよろしく」


 彼女は「奨学き…。獣医、さんの卵?」と呟き、目を丸くした。

「すごい人だったのね。何か、ごめんね。わたしなんかが話しかけて」

 私の目は点になった。困惑して思わず首をひねると、彼女はふわりと笑った。いつも笑っているが、どこか違って見える笑い方だった。

「そういうとこ、本当すごいね。自虐してごめんね。気にしないでくれると嬉しい。お互い頑張ろうねって言いたかったの。じゃあね」

 ひらりと手を振られて、振り返す。そのしぐさにかすかな既視感を覚えつつ、駅の改札で別れた。私も自宅方面のホームへ向かって歩き出す。

 内心では頭を抱えていた。

(おれは。また。何かを。失敗した気がする。しかし。その「何か」が。…さっぱり何も分からない…)


 季節の変わり目はどこも忙しいらしい。「今日、入れる?」の連絡が増え、応えれば必ず会う。

 高木さんはあいかわらずだ。たわいないことで「えらい」「すごい」「それはあなたの良いところ」などとたくさんの誉め言葉をくれる。笑顔をふりまく。

 私はお礼を告げる。うっかり褒め返したりしない。いいな、と思うだけで留めている。

(おれは成人男性。従姉から「無害。そのままでいろ」とお墨付きをもらってはいるが、「一部の男モドキのせいで全てを警戒せざるを得ない。悪いが抑えろ。でないと恐らく女からは区別がつかない」と忠告を受けている。

 あの強すぎる従姉ですらそうなら、高木さんだってその可能性がある。

 怖がられたくない。セクハラモラハラストーカー勘違い男ダメ、絶対)

 私は従姉の教えのままに、理性ある成人男性を心掛けているのだが、ここのところ実は困惑していた。


 気のせいだと思うが…最近、高木さんとの距離が近いように感じる。

 私に対しての空気が柔らかいのだ。親近感、的な…まさかとは思うが好意…のような…、うぬぼれて率直に表現すると、いわゆる男女交際に発展しそうな何やら甘酸っぱい感情が含まれていなくもないようないやまさかそんなこのおれいや私を相手に? あの素晴らしい人間性の彼女が?


 もちろん、これも確実に私の勘違いだろうが、物理的にも距離が近い。

 仕事は変わらずしっかり、ただ会話する時の距離が近い。

 物の受け渡しでうっかり指先が触れる。ふとした時に視線が絡む。

 帰り道に並んで歩けば、たまに腕同士がこする。「失礼」と謝ると「こちらこそ」とはにかんでくれる。その笑顔が。目の奥の感情が。

 「汗、やだな」と呟きながら前髪を気にするしぐさが。

 駅が近づくにつれ歩く速度は落ちるし、華奢な手にはずっと、離れていても常時連絡可能な何でも調べられる機器を握ったままで、視線泳がせて何か言いかけてはやめて、また言いかけて…な、そぶりが、まるで「連絡先交換したいけど言い出す勇気がありません」といった健気な乙女心の表れのようで。どうにも。なん。

うどん専門店…狸うどんを頼むと天かす入りのうどんが届く。化け狸うどんを頼むと、天プラうどんが届く。大抵は海老天。季節によっては山菜天ぷらがオマケでつく。きまぐれ店長いわく「たぬきが勝手に化けやがる。その場の気分だから、おれも何に化けるか事前に分からん」。なお、メニューには普通に海老天うどんがある。


けいがピザ生地をぶん回したバイト先の店…様々なピザが楽しめる。カウンターに座ると、1列等間隔に並んだ店員による豪快なピザ生地ぶん回しアクションが間近で見れる。

 美貌の店長は声がでかいことで有名。重低音の美声かつ独特の口調なのも有名。忙しくなると店員全員を名指しで励ます癖をもつ。静かにピザを楽しみたい客は向かないが、「うるさ楽しい店長もピザも熱くて美味しい」と一定数のファンから大人気。

 ちなみに店員がピザ生地ぶん回しに失敗すると、店長から言葉を尽くした熱い励ましを一身に浴びながら再チャレンジすることになる。一緒に励ますと会計時に10%OFF。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ