10 見つめ合ってた
立夏さんと一緒に警察署を出て、バスに乗った。座ったとたん疲れ?がドッときた。人前。まだ気を抜いたらダメ。目を閉じてゆっくり呼吸する。頭の中で色々考えがよぎりかけたけど、まだダメ。わたしは大げさだから。どうしても言動に出て迷惑だから。マイナスのことは考えない。せめて今はダメ。姿勢を正す。何も考えない。
バスの静かな振動にだけ集中して、脳内に浮かぶ何もかもをデリートしていると、「高木さん、駅。つく」と、立夏さんが教えてくれた。
現金どころか電子マネーや通帳、なにもかも入ったカバンを石垣さんの家に置いてきたわたしのために、立夏さんはバスの料金を立て替えてくれた。
あまりに申し訳なくて謝罪とお礼の言葉を連呼するしかないわたしに、立夏さんは優しかった。
「あおちゃんの家に向かう前に、お店に寄っていいかな。私も泊めてもらうから、準備したいんだ。高木さんも、一緒に。ついでに。あの…ついでなので。気に病むことなく…おれも他意はなくて。
ほら、あおちゃんも疲れているだろうから、帰ってきたらすぐ休ませたいし。どうでしょう?」
(そうだった)
わたしはハッと我に返って動揺した。
(あおい先輩が泊めてくれるんだった。誰かのおうちにお泊りなんて初めてだ。どうしたら。これ以上、迷惑かけずにすむには)
なにも思いつかず、それでも休んでもらいたいのは同感だったので、わたしはすぐさま頷いた。
立夏さんは3番出口の案内板を指さした。大きな指の先にある文字は、有名な大型ショッピングセンターだった。
「とりあえず、買おう。必要なもの。全部。あと、ここ、温浴施設が併設されている…らしい。私たちのお風呂とか夕飯とか、早いけど、ここで終わらせてしまいたいのだけど、…どうでしょう?」
(あ、確かに。けど、お金が…)
納得して思わず頷いたものの、すぐ気付く。
ためらうわたしを立夏さんはじっと見つめていて、目が合うと優しく頷いてくれた。
「フューセルさん、何でもあるから。頼ろう。明日の着替え…とかも。
私、今すごく手持ちあるから大丈夫」
立夏さんは言葉を切った。視線をそっと彷徨わせ、ぼそりと呟いた。
「これ言うとアレかな。いや…でも、…どうなんだ…?」
重低音。声に、聞き覚えがある。わたしがハッと思い至ったとき、立夏さんが普段の声音に戻って言った。
「私の手持ち、伯父に渡すつもりで下ろしたお金なんだ。のに、あんなことになったから。気分的に、ちょっと。持っていたくないな、って。…使いきりたい気分、で。
貯金のこと考えたら、生活費にあてるべきだろうけど…なんとなく嫌なんだ。財布に入れるの。通帳に戻すのも。だから、これに関しては下心じゃなくて、もちろん恩を着せたいわけでもなくて…あー…。どうしよう。どう言えば。君のために使いきりたいというのは…本音なんだけど。…良い響きじゃないよな…?」
最後のほうは途方に暮れたような声音だった。大きな手が、しきりに握ったり指を擦ったり忙しなく動いている。
(そうだった。立夏さんだって同じだった。動揺してるし、きっと傷ついてる。信じていた親族に、だもの。
わたし、自分のことばっかりだ。目の前すら見えてなかった)
ほんの少しの沈黙が落ちて、わたしはそれがいたたまれなくて、慌てて口を開いた。夢中だった。喋りながら気持ちの整理をしていた。もたもた昔みたいな喋り方。もう直せたと思っていたのに。でも。
「…持て余してる、感じかな? もしそうなら、わたしも同じ。そうなら、気持ち、分かる。かも。
わたし、頑張れば、お金があればあるだけ、あおい先輩が楽になるって、信じてたから。だけど違ったから。
…じゃあコレどうしたらいいの、って。手放すつもりで稼いだのに、って。今さら自分のために使うのは違うな…って思う。
ただのお金だって分かるけど。モヤッとする。もう無駄で意味がなくなっちゃったけど、…そのために頑張ってきた結果だから。手もとにあると、努力が宙ぶらりんになったのを、目の当たりにしなくちゃいけなくなるのが。なんだか…落ち着かない。
わたしも、あのお金…もどってくるみたいだけど。…正直、困る。かも。扱い。
だから、もし。わたしもあのお金が、今、手もとにあったとしたら…」
目が合い続けてる。立夏さんの目は優しい。ダウナーな雰囲気が、だんだん…どことなくふわんって柔らかくなってきた。ホッとする。温かい感じ。そばにいていいよ、って言われているみたい。
(なんて居心地のいい人なんだろう。…好き。立夏さん、だいすき)
勇気を出して微笑んでみた。あおい先輩みたいに。わたしも、一緒にいて居心地いいって感じてもらえる人になってみたい。
「…わたしのお金も。戻ってきたら。使い切りたいです。立夏さん、良ければ、その時は。どうか、一緒に付き合ってくれませんか?」
立夏さんの視線が一瞬さまよい、だけどすぐに、しっかり目を合わせてくれた。
「うん。喜んで。…よろしく」
凄く可愛い笑顔だった。
安心するのに、ドキドキもした。
フューセル…大陸最大級の流通、総合小売サービス企業グループ。本社は他国にあるが、この国にも進出している。
何でも揃う地元密着型ショッピングセンターを全国展開し、「フューセルさん」という愛称で親しまれている。名称は大国が誇る偉人の名前から。現在に至るまで彼の子孫が代々経営している。理念は「夢を叶えるお手伝い」。ロゴデザインのモチーフは巾着袋。
チャージ式の電子マネー(カードタイプ)の印刷は企業マスコットキャラクター。紫陽花を持った妖精女王と、ネコ耳をつけた狸型巾着袋風謎生物が、それぞれ単独、もしくは手を繋いでいるパターン、子犬のようにじゃれあっているパターンの4種類。




