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騙されてた  作者:
1/10

1 知られてた

立夏恵りつか けい(21)…理性的な成人男性として、それらしくあるべく、外向けの一人称は「私」を使用。素は「おれ」。動物園では動物からファンサもらいがち。動物との意思疎通の方が上手くいきすぎて、己が人間という自覚が薄い。


高木たかぎなぎ(22)…バイト先がよく重なる女性。隙あらば誰でも褒める。

 これがいわゆる「縁がある」というやつだろうか。

 バイト先が、またも被った。たまたま派遣された先がよく被るというか。まったくの偶然なのだが、こうも「たまたま」が重なると、さすがの私も心がザワつく。


 とはいえ、早々に杞憂と判明した。

 互いに困惑の笑顔で挨拶し、雑談に見せかけて互いが探り合ったからだ。「「あ、これ本当に偶然だ」」とすぐ察した。

 安心したとたん、ほんの少しの親しみが湧く。ともに胸をなでおろし、笑顔を交わす。

 もっとも私は用心深い男なので、愛想笑うものの、かすかな疑いは消えない。

 世間は色々と物騒だ。男だって警戒せざるを得ない。かといって思い込みの判断はあまりに失礼。したくない。されたくない。

 ストーカーも冤罪も怖いが、誰しも堂々と生きていける世界がいいなと思った私は、素直にこの「他意なき偶然」を信じることにした。


 普段の生活で出会うことはない。あくまでバイト先がかち合うだけだ。

 他の「はじめまして」の人間さんたちを交えて共に作業をこなし、それなりに雑談し、終わって「おつかれさまでした」で解散すれば、それきり。

 当然、連絡先など知らない。仮に交換したとしても、直接に連絡を取り合うことはないだろうと思う。

 その場限りの仲らしく、また偶然に顔をあわせれば、私はシレっと笑顔(ニコリ)を向けるし、相手からも笑顔(ニコニコッ)がかえってくる。


 偶然が重なり続けるうちに、だんだんと挨拶は省略され、いつからか軽い会釈のみになった。もちろん、必要に応じて話すし、協力しあう。互いに目的は仕事。問題ない。

 私はとにかく稼ぎたい。切実に。相手も同じ考えのようで、トラブルは一切ない。やりやすい。ありがたい。


 ただ不思議に思うことがある。相手はやたらと人を褒める女性だった。些細なことでも、ごく自然にしたことでも、誰彼かまわずその場ですぐにポジティブな反応をする。私もよく褒められる。

 私からすると違和感だ。おおげさに思える。よくあるごく自然な言動にすぎないから困惑してしまう。

 周囲は誰も気にしないようだった。個性なのだそうだ。美点と言う人間さんもいた。いわく「人というのは、誰でも褒められたら嬉しくなるもの」らしい。


 そういえば私も人だった。けど、わからない。わざわざ褒められる意味も、残念なことに、その価値(よろこび)も。

(言われてみれば、なるほどと思う。他人の良さを聞けば確かに、と感じる。ただ、いちいち称賛しなくても…と、思う。

 もしや。おれが腹黒いせいで価値(良さ)を理解できない? 人間さんより動物を愛している弊害?

 仮に人間さんの習性だったとしたら…なるほど。おれに分からないのは仕方ない。意思疎通ままならない唯一の生き物だから…おれには人間さんの社会は難しすぎる)


 自宅につくと、玄関前に人だかりがあった。

 一人称「舎弟」の涙目人間さんたちが、脱走猫(イツメン)たちを説得していた。

 私が慌てて近寄ると、顔見知りの猫たちは一斉にたちあがり、脚に絡んでスリスリ歓迎してくれた。足元で6匹がグルングルンゴロゴロゴロゴロウニャンウニャンと喜んでくれるので、私は申し訳なくなった。

「そうか、今日が集会か。無理して迎えに来てくれたのに、参加できなくてごめんな。忙しくて。もう終わった? そうか。良ければ家まで送るよ」

猫たちは私の身体に飛び乗った。顔を上げて、つい後ずさる。

 涙目の人間さんたちの嫉妬うずまく視線が怖い。謝りつつ帰宅を促し、ぞろぞろ移動する。

 集会のつど毎回こうなるので、だんだんと人間の皆さんの目が危うい。「ご主人サマ泥棒め」の視線が痛い。違います。誤解です。

 私は知り合いの猫カフェを紹介した。

「にゃんゴロ交流会というのをやってます。私もお手伝いに行っています。

 皆さん元ノラ猫で、しかもニンキョウヤマネコですし。やっぱりたまには顔が見たいそうです。定期的に仲間と会えれば脱走の必要がなくなるかと」

さすがは舎弟と認められた人間さんたち。ご主人様の要望を知った人間の皆さんは理解が早かった。すぐさま話がまとまり、私の疑いは晴れた。


 彼女は今日も他人を褒める。私もよく褒められる。直近では「動きが丁寧」だと褒められた。

 その時、私たちはおにぎり専門店の調理場にいた。

 業務用の寸胴では汁物が温められ、季節の伝統食として特別に入る団子をせっせと丸めている時だった。

 私はとりあえず己の手元を見下ろした。マジマジ見るまでもなく、作った団子は歪だった。ひょうたん…ほどではない。さすがに。ただ豪快にへしゃげている。

 つい首をひねる私に、彼女は慌てて言い足した。

「大きさ。揃っているの。形は…だって、最後はお汁に入れるでしょ。これからいっぱい茹でることを考えたら、サイズが揃うことのほうが重要よね。同じ量を毎回ちぎれるの凄いなって。そう思って」

 周囲は笑いながら同調した。

「そうね。茹でるの楽になる。助かるわぁ」

「形なんか適当でいいのよ。どうせ他の具に紛れるし」

「そうそう。あー…面倒になってきた。

 ねぇ、あなた確か頭良い学校なんでしょ、これ何とかならない? 賢いトコ見せてよ」

 わりと最初のほうから手が動いていないひとりが暴投してきた。

 隣で彼女がハッとうろたえるけはいがする。

 私は少し悩んだが、思いきって最初から思っていたことを言ってみた。

「棒状に成形し、包丁で等間隔に切る。軽いまな板を乗せて軽く転がす。最後に少しだけ押す。どうでしょう?」

 場がザワついた。

 無言のまま団子を大量作成していた達人のひとりがすばやく試し、現れた成果にどよめきが起きた。

「ウソでしょ!? あたしたちの今までの時間!! ちょっとあなた! こんな裏技あるなら早く言って! 何故今まで黙ってたの!」

 何とかならないかと問うた相手から声を荒げられ、大多数から凝視され、私は己の失敗を悟った。

 彼女がオロオロしだすけはいがする。多分、助け舟を出したくて出せず困っている。申し訳ない。


 ここには、裏技を試した達人の他にも達人はいる。その人間さんは伝統派だったようだ。鋭い眼で成果をジロジロ眺め、苦言を呈した。

「でもコレ、このままじゃ中心まで火が通りにくいわ。これだからライフハック系は好きじゃないのよ、個人的に。時短も。絶対なにかしら別の問題がでるんだから。そっちのほうが面倒。茹で具合にバラつきがでるほうが困る。悪いわね、君。せっかくだけど…、

 なに。言いたいことは言いなさいな。怒んないから」


 私は声を出さなかった。恐らく表情も。うっかり口をわずかに開けただけだ。それもすぐに素早く閉じた。透明なフェイスシールドの下は業務用マスク、口は見えていないはず。

 しかし、気付かれた。

 場の全員に凝視で促され、私は少し考えた。

 (伝統派の達人は、恐らく手間暇をかけることに価値を見出している…口ぶりだった。と、いうことは)

 私は覚悟を決め、黙ったまま人差し指を立てた。そのままキーボードの一本押しをパントマイムしてみせると、全員が「ああ!」とひらめいた。

「それだ! え、待って。あんたのでかすぎる指ならちょうどいいかもだけど、あたしらの華奢な指じゃ」

「ねぇ、これ使えるんじゃない!?」

「これどうよ!?」

 棚から麺棒を出した者がいた。製菓用の伸ばし棒も出してきた。すりこぎ棒も出てきた。何故か乳棒も。ここは調理場だ。

(どういうことだ?)

 好奇心にかられ、私も色んな棚を漁ってみた。


 こんなにいる?という枚数の皿と小鉢を発見した。

 大量のスプーンに紛れて、古びた駒込ピペットを見つけた。ゴム球は劣化により終わっていた。

 グラスに紛れてシレっとビーカーがある。

 隣の棚には大量の一輪挿しの花瓶…だが、いくつか集気びんが花瓶顔して混ざっていた。しかも数本のホールピペットが、花のように生けられている。


(本当にどういうことだ?)

 棚の前にしゃがみ、私はひたすら棚の扉を開けまくった。

乳鉢(あいかた)はどこだ。なきゃおかしい。乳棒だけで何が出来る…!)

 団子が出来た。ただその時の私は、それに思い至れなかった。

 生き別れとなった乳鉢を、何とか乳棒の元へ帰さねばと、その思いしかなかった。

 やっきになって探しているうちに、他の皆はとっくに次へ進んでいた。ハッと気づいた時には大量の団子が発生しており、揃ってムニュムニュ潰されていた。


 私も戦力としてここにいるはずだが、誰も私を呼ばなかった。

(まさか、戦力外とみなされ…ぇえ?)

 慌てて手を洗って持ち場に戻ると、彼女はニコッと笑って「おかえり」を言ってくれた。

 向かいでは伝統派の達人がずっとぼやいている。嫌そうにムニュムニュしていたが、だんだんと表情が明るくなっていった。とうとうボソッと呟いた。

「…ちょっと楽しいわね。これ」

 伝統派のお許しが出たことで、場の空気がいっきに緩んだ。女性の園は華やかさを増す。

 私語に溢れた場を〆たのは、裏技を試した達人だった。

「手は動かして。もうちょいしたら休憩にするから皆がんばろう。

 わたしね、今日は御高めの臨時報酬もってきたから」


 達人(店長だった)から配布された御高めの臨時報酬はお菓子だった。カッコいい響きの…なんか…その…すごく有名なメーカーらしい。チョコレートがたっぷりかかったラスクは確かに美味しかったが、口の中の水分を全て持っていかれた。

 飲めないのでコーヒーを断り、持参した麦茶をがぶ飲みしていると、隣で彼女も水筒に口をつけていた。

 目が合う。

 彼女は「ジャスミンティー」と唱えた。

 私もかっこよく唱えたかったが、あいにく麦茶だった。「麦茶」としか答えられなかった。

 彼女は「いいね。落ち着く味」と麦茶を褒めた。

 麦茶すら褒めるのか、と私はちょっとびっくりした。少し和んだ。


 大量の団子がちょうどいい塩梅に茹であがる頃、米が炊きあがった。

 おにぎり専門店で勤めるつわものたちは、全員がガチ勢だった。団子に対しては面倒そうにいじるだけだった人すら急に顔つきが変わった。まさに精鋭部隊といったプロの動きでテキパキ連携をとり始めたのだ。


 私と彼女はぽつんと取り残された。

 とりあえず団子と汁物の世話を任されたと判断し、私たちは作業を再開した。

 ひたすら汚れた道具を洗っている時、隣のシンクに彼女が並んだ。大量の氷が入ったボウルに水を足しながら、ふいに声をかけてきた。

「お団子のこと、ありがとう。おかげで休憩できた。皆もきっと助かったと思う。すごいね、リツカさん」

 私が何か答える前に、大きなボウルいっぱいに氷水を作った彼女は去っていった。

 はじめて名を呼ばれた。

 知っていたのか、と思った瞬間、密かに動揺した。

(相手も同じ考え? 違う。違った。おれは気遣ってもらっていたんだ…!)

 褒められるつど「そうなんだ。ありがとう」などと適当にあしらっていた自分が、いかに酷薄で鈍感な生物なのかを痛感した。そういえば、私も人間だ。人間なのにダメダメだ。己がダメ人間であることを思い出したとたん、(でもこれがおれ。変われないだろ…多分)と、諦めが心をよぎる。


 本当にすごいのは彼女のほうだ。

 善良で、気遣いに溢れ、こんなダメ人間にも包容力を見せる。すごい人間さんだ。とても人間力が優れている。


(彼女の視界はすごくキレイなんだろうな。おれも今はその景色の中にいるのか。だとしたら、こちらからも、…何かしら…こう…なんだ…なにかキレイな感じを返したほうが良いのでは…?)

 顔を知るだけ、たまに話すだけ、名すら未だ知らない彼女に、(何か返したい)と、私はこの時はじめて思った。

おにぎり専門店…元は旅館。朝食に提供されるおにぎりがあまりにも美味と評判だった。

 美味すぎるおにぎりは、時代の荒波に打ち勝った。それ一本で経営が成り立ち今に至る。惜しいのは、おにぎり以外は味が普通ということ。常連客がそれとなく匂わせているが、おにぎりとおにぎりの具にしか興味ない店長には伝わらない。ひとり息子は「3度のおにぎりより菓子ぽてちが好き」とスナック製造会社に就職した。新たな美味なる粉の配合を模索する日々。


伝統派の達人…表情が不動の夫と添い、同じく表情動かぬ息子を3人育てあげた一介の母親。鮭おにぎり担当。身のほぐしテクで右に出る者はいない。


とても有名な御高めラスク…美味。シュガーラスクも最高。ホワイトチョコは至高。ひとかじりで達人たちを全回復させる。難点は取り寄せでしか手に入らないこと。


ニンキョウヤマネコ…成猫でも子猫サイズ。愛らしい見た目から人気は高いが、ネコネコ仁義を重んじる脳筋。集会する習性があり、そのためなら金属製玄関ドアをもぶち破る。

 獲物以外の生物カタギには手を出さないが、物は容赦なく破壊する。人間ごときでは止められないためノラ猫化しやすい。

 しかし舎弟と思われたら一生甘く優しくしてくれる。脱走はする。

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