必要な優しさだけ
夜中に目が覚めないように、寝る前に御手洗へ行く。
大した理由じゃない。
ただ、起きてしまうと、そのまま眠れなくなるのを知っているから。
布団に戻る前、机の上のペットボトルを手に取る。
全部は飲まない。
少しだけ残す。
朝の自分が、喉の乾きに慌てなくてすむように。
未来の自分に向けた、最低限の配慮。
部屋を見渡す。
散らかったままの床、読みかけの本、充電中のスマホ。
全部、今すぐどうにかしなくてもいいものばかりだ。
今日はもう、頑張らない日。
眠るために、立ち上がって明かりを消しに行く。
スイッチに伸ばした指が、一瞬だけ迷う。
暗くなったら、考え事が始まるのを分かっているから。
それでも消す。
夜を受け入れるしかない。
布団に潜り込みながら思う。
誰かを救えるような優しさは持っていない。
世界を変えるほどの言葉も、慰める才能もない。
あるのは、夜中に起きなくてすむようにする工夫と、
朝の自分が少し楽になるための水だけだ。
でも、たぶん、それでいい。
少なくとも、自分を壊さないための優しさではある。
何もできなかった日でも、
何も成し遂げられなかった夜でも、
こうして自分を次の時間帯へ送り出すことはできる。
これくらいの優しさしか持ち合わせていない。
けれど、これくらいの優しさがなければ、
今日を終えることすらできなかった気がする。
明かりの消えた部屋で、
残された水と、静かな呼吸だけが未来に残る。
それでいい。
今日はそれで、十分だ。




