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三、

 一千は郷試に合格した。姉にその旨の便りを出したが返事はなかった。手前で握りつぶされているのかもしれない。

 挙人になったことで県に勤めることもできるのだが、なれるのはせいぜいが下っ端役人だ。それでは目的を果たせない。

 そう言って一千は猛勉強に励んだ。会試の次は殿試がある。険しい道のりだが合格さえできれば、ひとかどの人物と証明できるのだ。


 ところがわずか三か月後、姉が後宮に入ったと、風の噂が流れてきた。

 皇帝は全土から美女を出仕させるように触れを出していたらしい。

 県令は最初からそのつもりでいたのだ。芳香が皇帝に寵愛されれば、後ろ盾として権力をほしいままにできると考えたに違いない。


 一千は思考した。後宮から芳香を取り戻す方法を。

 だが相手が皇帝となると、科挙に登第しても意味はない。

 もう二度と顔を見ることはできないと嘆き、その夜、一千は珍しく酒を飲んだ。

 諦めたほうが良いとわかっていても、自分ではどうすることもできないのだと吠えた。

 朝まで酒につきあってやったと言いたいが、三娘は途中から記憶がない。一緒に吠えたかったのに残念なことだった。


 一千はたびたび都城に赴き、漏れ聞こえてくる後宮の噂話を拾い集めてきた。


「毒を盛られたらしい」


 久しぶりに邑に戻ってきた一千が沈痛な顔で三娘に語った。


「子を身ごもったらしいが毒で流れてしまったそうだ。それどころか、四肢も思うように動かない体になったという。もっともこれは市井の噂話で、後宮のことは面白おかしく脚色されて語られるものだから一概には信用できない。だがもし真実なら……僕はどうしたらよいのだ」


 翌朝、一千は忽然と姿を消した。世話になっていた学舎にも帰らなかったそうだ。


 姉の不幸な噂に耐えきれなくなったのかもしれない。あのとき駆け落ちしておけば、いっそ死んでいたらと後悔して、河に身を投じたのかもしれない。

 あるいはすべてを忘れて知らない土地に移っていったのかもしれない。そして新しい家族を持っていてくれれば。

 そうあってくれればと願う。だが、しょせんは自分が楽な想像に逃げているだけなのだ。


 三娘に幸せを見つけるよう言い残した芳香は、自分のいく末を見越していたのだとようやく悟った。一千と別れた姉が幸せになれるわけがなかったのだから。


 死んで詫びねばならないのは自分だ。三娘は拳を木人に叩きこんだ。みしりと木人が泣く。いや、死んだだけでは詫びにはならないほどのことを私はしでかした。

 一千がどこかで生きていてくれたらと願った。一千と姉に償えるものならすべてを賭しても償いたい。武術を極め、武侠として全土に名を売ることで、一千に見つけてもらうことはできないかと考えた。彼がもし私の死を望むなら喜んで捧げる。

 武術の鍛錬に集中するときだけ雑念は消えた。道場ではもはや三娘に敵う者はいない。

 剣も槍も三節棍も、暗器の扱いも得意中の得意だ。


 ある日、都城に一風変わった武術家が道場を開いていると武侠仲間に教えてもらった。

 空を飛んだり、火の上を歩いたり、虎を一撃で倒したりできるらしい。

 胡散臭い。だが姉のいる都城に行く理由にはなる。本当に空を飛べるなら、後宮に忍び込めるかもしれない。姉に会えるかもしれない。

 儚い夢かもしれないが、三娘が息を吸うには必要な夢だった。


「都城に行く。稼ぎはすべて仕送りするから心配しないで」


 男と見まごうほど勇ましくなった娘に、両親はため息をついた。

 なぜか持ち込まれた慎との結婚話は三娘から断った。そのせいで邑には居づらくなったというのもある。

 どこででも暮らしていく自信はあった。都城の妓楼で用心棒でもすればそれなりの稼ぎになるだろう。


 師父は気まぐれな人だった。

 気が乗らずに稽古が休みになるのは珍しくない。そんな日は、三娘は必ず偵察に出向いた。

 後宮に忍び込むにはどうしたらいいのか、暇なときはそればかりを考えた。

 もっとも簡便なのは、女官か宦官を拉致して牌を奪い、すり替わること。同じような背格好の人物がいないか、門の出入りに目を凝らす。顔つきは化粧でなんとでもなる。

 ある日、芝居の一座が出てきた。話に耳を傾けていると近く開かれる皇太子の生誕の宴で一座が芸を披露することになったらしい。背に偽の大刀を背負った男は剣舞でも舞うのだろうか。

 あの男が怪我でも負えば、代役で雇われるかもしれない。

 どう事故に見せかけるかを思案しながら、宮城の後背にある山に目をやった。あの山の中腹から師父の考案した「気球」を闇夜に飛ばしてもよい。

 いくつかの案が三娘の心を満たした。正しい手順を脳裏に描いていくと焦りは消える。あとは決行の日を決めるだけだ。


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