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二、

「さっき県令の使いがやってきたんだ。芳香を一目見るなり、県令の養女に決まったと……」


「が県令の養女に……?」


 いつも柿を売りに行く市場のずっとずっと先に、大きな県城があると聞いている。見たことはないが市場の千倍は広くて立派だという。そこの支配者が県令だ。県令は皇帝という偉い人から任命されて県城を任されている、やはり偉い人だ。


「いいことなの、悪いことなの? 悪いことなら断ればいいんじゃない?」


 県令の養女になれば贅沢な暮らしができるだろう。だが泣いている姉を見ると、とてつもなく不幸なことなのかもしれないと思った。


「断ることなどできない。この金はこれまでの養育料として置いていったものだ。つまり、これできっぱりと縁を切れということだ。今夜一晩、別れを惜しんでよいと言って、使いの者は帰っていった。明日あらためて迎えに来るそうだ」


「まるで人買いじゃない」


 そう言ってから、三娘は気づいた。市場で会った男こそが県令の使いだったのだと。

 芳香は消え入りそうな声で両親を見つめた。


「これまで育てていただきありがとうございました」


「姉さんが嫌なら断ればいい。養育料だって返せばいい。ほら、私だってお金を稼いできたのよ」


「そういうわけにもいかないの。私が承諾すればこの邑全体が三年ものあいだ税を免除してくださるんですって。三年あれば蓄えもできるし、一千の勉学の足しになるでしょう」


「一千……一千との祝言は……」


 喉がからからになった。答えを聞くのが恐ろしかった。


「私が辛いのは一千との縁がなくなったこと。それだけよ」


 そのとき、外から姉を呼ぶ一千の声がした。

 姉は立ち上がり家を出て行った。


「姉さん!」


「しばらく二人きりにさせてあげなさい。これが最後なんだから」


 両親にとめられてあとを追うことはできなかった。


「駆け落ち……するかも」


「したいならすればいい。だが芳香は莫迦な子ではない。一千もわきまえている。そんなことにはなるまい」


 父の読みどおり、しばらくすると姉は帰宅した。もう涙を流してはいなかった。落ち着いたようすにほっとした。


「もう大丈夫。心配しないでちょうだい」


 翌朝、姉は追い立てられるように輿に乗せられた。


「県城に行ったら姉に会うことはできますか?」


「なにを言っているのかわからん。このかたはもうお前たちとは関係がない。卑しい者が県令のご息女に近づくことは許さん」


 県令の使いは三娘を害虫のように手で払った。


「姉さんが泣いてないか、確認に行きたいだけだよ」


「大丈夫よ、三娘。私は幸せになる。心配はいらない。だからおまえも幸せを見つけなさい」


 姉は笑顔を見せた。ずいぶんと落ち着いていた。

 輿が見えなくなったころ、慎がやってきて三娘の背中に語りかけた。


「ああやって美女は権力者に取られちゃうんだよな。わかっちゃいたけど」


「姉さんは養女になったんだよ。妾じゃないよ」


「名目だろ。鄙びた田舎には似つかわしくなかったもん。これが正しいのかも。それに感謝してるよ、あんたの姉さんには。おかげで三年は楽ができる」


「姉さんを悪く言ったら許さないから」


「なんだよ、むきになって。三娘だってせいせいしたろ。一千と結婚できる道が見えたじゃないか」


 思わず慎を突き飛ばした。勢いよくごろんごろんと二回転したのを目の端にとらえて、駆けだした。向かうのは一千の家だ。


「なんで駆け落ちしなかったの」


 飛び込んできた三娘を見ても、一千はとくに驚かなかった。むしろ妙に冷静に映った。


「慎が、芳香姉さんが妾にされるって……一千さんは、もしそうだったら……このまま見過ごすの」


「昨夜は二人で話し合ったよ。もちろん駆け落ちも考えたし、いっそ心中してしまおうかとも」


「え……」


 心臓が止まりそうになった。


「でも僕が頑張ればなんとかなるかもしれない、と思いなおしたんだ」


「一千さんが、頑張る……?」


「もうすぐ郷試がある。合格したら結婚しようと約束していたんだけれど、こうなったからには最後の殿試まで受けることにする。登第したら僕は県令と並ぶ地位も手に入れられるだろう。そうしたら堂々と結婚を申し込む。早くても数年はかかってしまうけどね。それまで、芳香にはどんなにつらくても僕を待っていてほしいと伝えたんだ。必ず迎えに行くからって」


「一千さん……」


 二人のあいだには強い絆がある。なぜ駆け落ちしないのかと(なじ)ったことを後悔した。


「芳香が誰か別の男のものになっていても僕は諦めないよ。彼女の心は僕のものだ。たとえこの世で叶わなかったとしても来世で夫婦になる。その運命は変わらない」


「うん……」


「芳香が心配していたよ、三娘のこと。しっかりと鍛えてあげてくれって。三娘は武術で身を立てることができるからって。僕もそう思うよ。もう少し大きくなったら町の道場に入門できるように図らってあげるからね」


「うんうん……」


 言い出せなかった。二人を引き離したのは三娘の迂闊さなのだとは。

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