第5話「旋律の刃、王都の決断」
王都の空は朝から灰色に覆われていた。
戦の気配はまだ届かない。それでも城内は、緊張に満ちていた。白井美音は、今日も音織りの徒弟として、王都の記憶と向き合う――いや、向き合わされることになるのだと覚悟していた。
「美音、準備はできているか?」
ルーカスの声はいつもより低く、鋭い。昨日の夜、黒衣の重臣から“民間人だけでなく戦士たちの記憶操作”の指示が出たことを彼は伝えてきた。
「はい……でも、これは救済じゃなくなる気がします」
指先に光の糸を触れながら、私は呟く。戦士たちの心に触れる瞬間、音は救いにも武器にもなる。だがその刃の先にあるのは、人の心そのものだ。
「音で秩序を保つというのは、痛みを消すだけじゃない。痛みの意味まで消すことになる。だが、それでも王都は安定しなければならない」
ルーカスの言葉が重く胸に落ちる。
作業場に入り、対象となる戦士たちの記憶の糸に触れる。戦場の音、砲声、仲間の叫び。低く震える旋律が胸に響く。指先で微細に音を操ると、彼らの恐怖は少しずつ和らぐ。しかし、怒りや後悔までは消えない。完全に消すことはできないのだ。
「音は救済でもあり、刃でもある」
胸の奥で繰り返すその言葉に、私は震える手で最後の糸を整える。光が波打ち、戦士たちの胸の奥に微かに安らぎが広がる。
作業を終えたとき、ルーカスが近づいてきた。
「美音、君の音は、人を癒すだけじゃない。真実に触れさせることも、隠すこともできる。使い方を誤れば、王都全体を揺るがす」
その言葉を聞き、胸が締め付けられる。私の技術は、もう単なる救済ではなく、政治の刃になりうるのだ。
夕刻、王都の広間で黒衣の重臣と向き合う。
「美音の技術で秩序を守る。だが、君の音には限界がある。だからこそ……選択を任せる」
彼の目は冷たく光る。秩序と真実の間で、私に決断を迫っているのだ。
私は指先の糸を握り、深呼吸する。
音で救うか、真実を守るか――その選択は、もう誰にも委ねられない。
胸の奥で、旋律が鳴り始める。痛みも後悔も、嘘も真実も、すべてを抱きしめる音。
「……私は、私の音で決める」
その瞬間、光の糸が一斉に波打ち、王都の記憶の一角を震わせた。
新しい旋律が生まれる。救済か、真実か。答えはまだ見えない。だが、私は確かに一歩を踏み出したのだ。
王都の夜は深い。しかし、その中で、私の音は確かに生きていた。
旋律の刃として、そして救済の光として。
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