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第3話「音が描く嘘、王都の陰影」

王都の朝は静かだが、空気は重かった。

私、白井美音は、今日も音織りの徒弟として師匠ユリウスの元へ向かう。しかし、昨夜ルーカスが渡した書類の内容が頭から離れない――民間人の記憶を“修正”する依頼だった。


「美音、準備はできたか?」

師匠の声に頷きながら、机に広げた音の糸に手を置く。光の波が指先に触れるたび、記憶の形が浮かび上がる。昨日の少年の記憶とは違い、今回の対象は複雑だ。戦火だけでなく、嘘や噂、恐怖が絡み合っている。


「彼らの記憶を変えれば、王都の秩序は保たれる。しかし……それは本当に正しいことなのか」

私は呟き、糸を撫でるように弾いた。すると、光の波がうねり、街中で起こった出来事の断片が浮かぶ。子どもたちの泣き声、商人の絶望、争った者たちの後悔。すべてが混ざり合い、微かな旋律に変わる。


そのとき、ルーカスが静かに近づいた。

「見えるか、美音。王都の記憶の層が……」

彼の指が、光の糸の一部に触れる。触れられた瞬間、私の視界に、民間人たちがどれほど脆く、王都の秩序の上に立っているかが映し出される。


「音で秩序を保つ……でも、嘘で塗り固めるのは救済じゃない」

私は心の奥で反発した。

「それでも、誰も傷つかないために必要なんだ」とルーカスの声が囁く。

彼は冷静で、沈着で、でもどこか感情を抑えた目をしていた。職務として割り切っているのか、それとも私に試されているのか。


私は糸を手に取り、微細な音を紡ぐ。

低いハーモニクスで恐怖を沈め、柔らかな旋律で後悔を繋ぎ、嘘を塗り固めないよう注意しながら……それでも音は、人の心に痕跡を残す。完全に消すことはできない。


作業を終えると、対象者の表情がわずかに和らいだ。

「……でも、これは本当に救済なのか」

胸の中で問い続ける。音は人を楽にする。しかし、それと同時に真実に触れられない痛みも生む。


夕刻、王宮の中庭でルーカスが私を待っていた。

「美音、君の音には力がある。だが、それは使い方次第で人を傷つける武器にもなる」

私は頷くしかなかった。音織りの力は魔法ではない。旋律の美しさに隠れて、誰かの心を操作する刃にもなる。


王都の影が長く伸びる。

街の人々の記憶、王族の秘密、戦争の傷跡……すべてが音で繋がり、私の手の中で微かに揺れる。


「私は……何のために音を紡ぐのか」

自問しながら、私は次の糸に手を伸ばす。

明日も、王都の記憶を奏でるために。

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