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異世界うどん維新 ― 高松市長と脱サラ店長の異世界サバイバル

作者: テラもとさん

プロローグ:讃岐の国、異界に渡ること


太古の昔、異界とこの世の境には、

八十八の門があったと伝えられる。

その門は、白き衣を纏う旅人たちの歩みにより封じられ、

やがて人々の記憶から遠のいた――

だが、門は閉じられただけで、消えはしなかった。


時は流れ、海と山に恵まれた四国の地、

その北に小さき国があった。

名を讃岐という。

人々は平和を愛し、争いを好まず、

ただ一つ、食の道を究めることに心を燃やした。


彼らは朝に釜玉を食し、昼にぶっかけを啜り、

夕にはしっぽくに舌鼓を打った。

かくして彼らの願いはただ一つ――

「うどんを絶やさぬこと」。

その執念は、やがて大地を満たし、

古の門を震わせた。

八十八ヶ所を巡る者たちの足音が重なり、

封印は再び囁いた。


「飢えと渇きの時、白き糸を紡ぐ地を、異界に呼ばん」

その時、空が裂け、光が降り、

讃岐の国と人々は、

瀬戸の海もろとも、中つ国へと渡った。


湖は港を呑み、

峰は山を穿ち、

空に浮かぶ光輪は、

かつて人が“太陽”と呼んだものとは異なる輝きを放つ。


こうして、香川県は異界に現れた。

されど人々は嘆かず――

なぜなら、彼らの手には尚、

釜と小麦と、うどんを愛する心があったからである。


そして、時の高松の長、神原玲司は宣言した。


「うどんをもって、この世界を治める。

讃岐の誉れを、異界に轟かせるのだ!」

これは、その物語である。

うどんの国の人々が、異世界を席巻する物語である――。

第一章 釜玉に賭けた朝


午前6時前。東の空がわずかに白み始める頃、

矢野悠斗の店「うどん魂 矢野」には、もう車の列ができていた。


「今日も来とるな……。」


暖簾を掲げる瞬間、胸の奥に熱いものがこみ上げる。

サラリーマンを辞め、借金を抱え、

ただひたすら――釜玉を極めるために生きてきた。

その答えが、この光景にある。


駐車場には、地元の常連に混じって県外ナンバーの車、

レンタカー、観光客らしき若者たち。

「うどんのために朝6時から並ぶ」――

それは矢野にとって、この上ない誇りだった。


暖簾をくぐった瞬間、

「待っとったでぇ!」という野太い声が響く。

声の主は坂東のおっちゃん、自称“釜玉ソムリエ”だ。

毎朝欠かさず通い、「釜玉は呼吸や!」が口癖。


「おう矢野! 今日の水加減、どないや?」

「完璧や。昨日より0.1%柔らかめやけどな。」

「おお~、ほな今日は“やさしいうどん”やな! わしの歯ぐきも喜ぶわ!」

(……なんやねん、その表現。)


そこへ、杖をついたミヨ婆さんが突撃。

「ゲソ天2本、かき揚げ3つ、あとおにぎりもろてな!」

「婆さん、それ全部食うんか?」

「うどんは別腹やで。ところで骨付き鳥ないん?」

「うどん屋や! 焼き鳥ちゃうわ!」


カウンターにはカメラを持った青年が現れる。

「すいません、釜玉、卵2個でお願いします! インスタ映えするんで!」

「……映えてどうすんねん、冷めるやろ!」

「大丈夫です! 撮ったら秒で食べますから!」

(いや、ダブル卵は初やな……。)


その後ろでは大阪からの観光客が大声を張る。

「兄ちゃん、やっぱコシがちゃうな! 大阪のんは“ふにゃ”やけど、ここは“ゴチン”や!」

「ゴチンてなんやねん。」

「そやけどな、東京で“ぶっかけ”頼んだら熱かったで! なんでや!」

「……東京は何でもアレンジするからな。」


その間も矢野は黙々と作業を続ける。

釜から上がった麺を、大鉢にふわりと盛り、卵を割り落とし、

琥珀色の醤油をひと垂らし――

その瞬間、店内のざわめきが静止した。


湯気の奥で、白い麺と黄金の卵が溶け合う。

箸でひと混ぜすれば、

つやめく光が、目にも鮮やかに広がった。


「釜玉は、うどんの中のうどんや。」

一杯のうどんに人生を懸ける価値がある。

矢野はそう信じていた。

(この瞬間のために、俺は――)


だが、その“瞬間”は、思いもよらぬ形で終わりを告げる。


窓の外に、白い閃光が走った。

空を裂く光の柱。

街路樹が揺れ、

轟音が地を震わせ、

視界が一面の白に塗りつぶされる。


「……なんや、雷か?」

「いや……なんかおかしいで!」


次の瞬間――

景色が変わっていた。


港は消え、

瀬戸の海は、見渡す限りの草原に姿を変えた。

遠くに見えるのは、白銀の峰々。

電線も、ビルの影も、どこにもない。

代わりに、黒い森が、静かに風にざわめいていた。


「……は?」

呆然と立ち尽くす矢野の耳に、

スピーカーからの放送が飛び込む。


『こちら高松市役所から緊急連絡です――

県民の皆さん、落ち着いてください。

我々は現在、異世界に転移した模様です。

繰り返します――香川県は異世界にあります。』

「……はあああああああああああ!?」


◆ 市役所前、臨時集会

香川県民の顔には、恐怖と困惑が浮かんでいた。

物流はゼロ、ガスと電気はいつ止まるかわからない。

「農協どうなるんや!」

「水道止まったら、うどんどうすんねん!」

「そもそも……帰れるんか?」


ざわめきを切り裂いたのは、マイクを握る男の声だった。

高松市長・神原玲司。

スーツの上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり、

演壇に立つその姿には、不思議な迫力があった。


「皆さん、よく聞いてください!

今、香川県はかつてない危機にあります!

物流は途絶え、ガスも電気も保証はない!

けどな――これは終わりやない、始まりや!!」

人々のざわめきが止まる。

神原は一気に言葉を畳みかけた。


「見ろ、この土地。この空! ここは未開の大地や!

つまり――チャンスや!!

我々には何がある? 高速道路? 新幹線? ない。

でもな――うどんがある!!

うどんは文化や! その文化を武器に、この異世界を治める!

今日から香川は“麺の王国”や!!」

会場は一瞬、沈黙した――

次いで、大歓声と拍手が巻き起こる。

「うどんやああああ!」

「やったれ市長!!」

「麺の王国やあああ!!」


その喧噪の中で、矢野は心の奥でつぶやいた。

(いや……ちょっと待て。その“武器”を作るの、俺やんけ!?)



第二章「うどん戦略会議」 市長演説

高松市役所、災害対策本部。

机の上には未確認の異世界地図、壁のモニターには通信不能の表示。

会議室を満たすのは、職員たちの焦りと疲弊だった。


「ガソリン、あと48時間分です!」

「冷蔵庫も終わりや! 食料がもたん!」

「SNSは全部死んでます!」

「それはどうでもええやろ!」

「どうでもよくないです! 県民はTwitter命です!」


怒号とため息が飛び交う中、

スーツの上着を脱ぎ、シャツの袖をまくった男が壇上に立った。

高松市長――神原玲司。

一歩前に出た瞬間、空気が一変した。


「お前ら、静まれ。」


その一言で、喧噪がピタリと止まった。

神原は、地図をバサリと広げ、指で叩いた。

そこには「エルフの森」「ドワーフの鉱山」「竜の谷」――

誰も見たことのない異世界の地名が並んでいる。


「聞け。今の状況を冷静に見ろ。

物流はゼロや。ガソリンは二日で尽きる。

塩も砂糖もなくなる。

帰れる保証も、ゼロや!

ええか? これは“災害”やない。

文明のリセットや!!」


会議室に緊張が走る。

だが神原の声は、さらに熱を帯びていく。


「……ほな、どうする? 泣きながら死ぬか?ちゃうやろ。この状況をチャンスに変えるんや!

見ろ、この世界。未開や!つまり――奪うんやなく、築ける土地や!!」


誰かが小さくつぶやいた。

「……岡山やったら、こんな時でも新幹線で東京まで――」


バンッ!

神原が机を叩いた。


「岡山やったら何や!!確かに、岡山には新幹線がある! 水も豊富や!

“フルーツ王国”やの、“大都会”やの言うてな!

せやけど――異世界に桃鉄は走らん!!

異世界にパフェは通用せん!!

異世界で勝つんは――うどんや!!!」


会議室がざわめいた。

神原はさらに畳みかける。


「ええか、お前ら!

ガソリンも電気も、もう終わりや。

でも――小麦はある! 水はある!

そして――讃岐の魂がある!!!

わしらが異世界で生き残る武器は何や!?

刀でも鉄でもない。

麺や!! 麺で覇を取るんや!!!」


職員の一人が恐る恐る手を挙げる。

「……市長、その、どうやって……?」


神原は指をビシッと突き出した。

その先にいたのは――矢野悠斗。


「矢野!!」

「……は、はいっ!?」

「お前や! お前が“うどん親善大使”や!!」

「はああああああああああ!?!?」


「異世界との外交は、お前の釜玉でやるんや!

エルフ? ドワーフ? 全員、釜玉で落とせ!!」

「いやいやいや! 俺、英語もできんのに、

エルフ語とか絶対無理やから!!」

「大丈夫や! 言葉の壁を越えるんは――味や!!!」


(……やっぱこの県、終わっとるやん。)


「香川県は、今日から“麺の王国”や!!

麺で築く、麺で治める、麺で勝つ!!

異世界讃岐うどん維新や!!!!」

会議室に大歓声と拍手が巻き起こる。

県民の本能が叫んでいた。

「――結局、うどんや!!」


こうして、

うどんを通貨とし、外交の武器とする前代未聞の計画――

“異世界うどん戦略”が始まった。



第三章 丸亀炎上


◆ 丸亀港、午前9時。

「矢野さん、もう一杯いきます?」

「……あかん。朝から三杯食うたら、午後の釜玉が死ぬ。」


丸亀までの県道を走る軽トラの荷台で、矢野は揺られていた。

荷台には製麺機、釜、ガスボンベ――

まるで出張うどん屋である。

市長に呼び出され、“丸亀コンビナートで炊き出し”を命じられたのだ。


「食料の備蓄が切れる前に、うどんで士気を上げるんや!」

市長の決めゼリフが頭をよぎる。

(いや、炊き出しどころやないやろ、今……。)


車が港に差し掛かった瞬間、

異様な音が耳を打った。

「……ドボォォォォォン……」

海鳴りのような低い音。

続いて、鉄骨を軋ませる不気味な悲鳴。


「なんや……?」

矢野が目を凝らした瞬間、

港の奥――コンビナートのタンク群が、

巨大な青黒い触手に絡み取られていた。


「おいおいおいおい……嘘やろ……。」

直径1メートルを超える触手。

ぬめりと鱗に覆われた異形が、

タンクを締め上げ、

圧搾音とともに石油の奔流が噴き出す。

黒い液体が炎を上げた瞬間、

世界は火と水と絶叫に包まれた。


「……クラーケン……!? いや、そんな洒落たもんちゃう!!」


背後で職員が無線を握り、悲鳴を上げる。

『こちら丸亀!! 魔物! 魔物です!! コンビナート壊滅!!』

「退避せえええええええええ!!!」


炎の熱風に煽られ、矢野は軽トラから飛び降りた。

鉄の巨塔が、火柱を上げながら崩れ落ちる。

視界を裂くのは、触手に貫かれたガスタンク。

轟音、爆炎、そして――

香川県の近代文明の心臓が、音を立てて死んでいく。


◆ 非常事態会議、同日午後。

会議室は、地獄の報告で満たされていた。

「丸亀、壊滅です! 石油タンク全焼!

在庫燃料、残りは……高松の備蓄分、約48時間分のみ!」

「非常電源も、そのあと止まります!」

「物流も終了です! トラックも、漁船も動きません!」

「冷蔵庫? 冷凍庫? そんなもん、もう――」

「終わりや……。」


沈黙が走った。

誰もが理解した。

ガソリン文明は、完全に死んだ。


その時、壇上に立った男がいた。

スーツの袖をまくり、灰を浴びた顔で、

それでも笑みを浮かべる――神原市長。


「……ええか。

今日は一つ、葬式をしようや。」


ざわめき。

神原は、静かに言葉を紡いだ。


「丸亀の炎は、わしらの時代の終わりを告げとる。

ガソリンの時代は死んだ。電気の時代も死ぬ。

瀬戸大橋はない。コンビニもない。

わしらは今、文明の棺桶の前に立っとるんや。

せやけどな――死んだもんを悼んでも、腹は膨れん!

わしらは、生きなあかん!!

どうやって? 答えは――ここや!」

神原は机の上に一本のうどん玉を置いた。

白く、艶やかで、力強い一本。


「電気は尽きる。石油も尽きる。

せやけど――小麦は尽きん! 水は尽きん!

そして――うどんは裏切らん!!!

今日からわしらは、

うどんで暖を取り、うどんで働き、うどんで戦う!

うどんは食料や。うどんは通貨や。

異世界のすべてを、麺で買え!!!!」

会議室がどよめき、

次の瞬間――歓声が爆発した。


「麺やああああ!!!」

「うどん維新や!!!」

「魔物? 上等や! 釜玉ぶち込んだれ!!」


矢野は天を仰いだ。

(……終わった。完全に終わった。

でも――やるしかないんか……

俺の釜玉が、異世界外交の鍵やなんて……。)



第四章 エルフ、釜玉に敗れる


◆ エルフの森・東端

「……マジで来るんか、俺。」


深い森に踏み込んだ矢野は、

荷車に積んだ製麺機を見やりながらため息をついた。

木漏れ日が絹糸のように差し込む美しい小道――

けれど、矢野の頭の中は釜玉のことでいっぱいだった。


(火、どうする? 釜、湯、塩……いや、塩がねぇんだよな!)

異世界に塩は高級品。

香川の倉庫から持ち出せたのは、たった一袋。

「これ……一袋で、異世界の未来が決まるんか……。」


隣で護衛を務める市職員がぼそりと呟く。

「矢野さん、あの……エルフって、うどん食べるんですかね?」

「知らんわ! 麺は世界を超える言語や!!」

(……誰や、こんな無茶振り考えたん。)


◆ エルフの都、グリーンホール

森を抜けた瞬間、矢野は息を呑んだ。

白銀の塔、虹のように架かる木橋、

宝石を埋め込んだ広場――

異世界RPGのパッケージみたいな光景やん……。


待っていたのは、緑の外套を纏った一団。

黄金の髪を肩に流し、冷ややかな目でこちらを見る美女が進み出る。


「――あなた方が、“人の国”から来たという客人?」

「は、はい。高松市代表……いや、“うどん親善大使”の矢野です!」

「……うどん? それは剣の名? それとも……魔法?」

「ちゃいます、麺です。」


(エルフ、マジで警戒心エグいな……。)


◆ エルフ評議会との会談

巨大な木の館に通されると、

並べられたのはエルフの食卓――

ハーブ香るサラダ、果実酒、焼きたての黒パン。

見た目は美しいが、矢野は一口で察した。


(……味、薄っ!! 塩分どこ行った!?)


エルフの長老が静かに問う。

「あなた方は、何を望むのです?」

「交易です。鉄と木を、我々に。代わりに――うどんを差し上げます。」

会場がざわついた。

「……“うどん”とは?」

矢野は笑った。


「言葉より、見てもらった方が早いですね。」


◆ 森の中の釜玉ショー

矢野は荷車から製麺機を降ろし、

白い小麦粉を木の鉢に入れ、水を垂らす。

足で踏み、寝かせ、切り揃え――

その一つ一つに、エルフたちの視線が集まった。

「……糸を、練っているのか?」

「いいえ、これは――芸術です。」


釜が湯気を上げる。

切り立ての麺を茹でる音が、森に響く。

箸で引き上げた白い麺は、

光を反射して宝石のように輝いていた。


矢野は器に麺を盛り、

卵を割り落とし、醤油をひと垂らし――

黄金と白が溶け合い、湯気と香りが立ち上る。


「――これが、釜玉うどんです。」


◆ 釜玉、エルフを落とす

長老が恐る恐る箸を取る。

(いや、箸持ち方うまっ!?)

麺をすくい、口に運ぶ――

その瞬間、長老の瞳が見開かれた。


「……な、なんという……!

温かく、しなやかで、香り高く……

そして、この……この魂を揺さぶる滋味は……!!」


周囲のエルフも次々に口に運び、

やがて広間は歓声で満ちた。

「これが……うどん……!」

「我らの果実酒より、深い……!」

「精霊が……踊っている……!」


矢野は心の奥でガッツポーズを決めた。

(よっしゃああああああああ!!)


◆ 初の異世界同盟、成立

長老が立ち上がる。

「讃岐の民よ。あなた方と、森の加護を結ぼう。

木材を、あなた方に。そして……

この“うどん”を、我らに。」


市職員が小声で矢野に言った。

「矢野さん……やりましたね!」

「……せやけどな。」

矢野は釜の底を見て、冷や汗をかいた。

(塩、一袋の半分、もう消えたやん……。)



第五章 ドワーフと鉄と麺


◆ アイアンホール――炎の大洞窟

「……うわ。マジで、ファンタジーRPGの鉱山やな。」


矢野は熱風を浴びながら、汗を拭った。

頭上には溶鉱炉の赤い光、

岩壁を打つハンマーの轟音――

ここはドワーフの国、アイアンホール。

頑丈な門を抜けると、

筋骨隆々のドワーフたちが、

鉄槌を振り下ろし、剣と鎧を打ち鍛えていた。


「香川代表さんやな?」

現れたのは、髭を編み込んだ巨漢、ブルノア親方。

肩幅はドラム缶二つ分。

背中から漂うのは鉄と酒の匂いだ。


「で? 何しに来た?」

「取引です。鉄と武具を、香川県に。

代わりに――うどんを差し上げます。」

「……はぁ?」

ブルノアの目が死んだ。

「鉄と……“うどん”を交換? 馬鹿にしとんのか?」


(あ、これ……詰んだやつや。)


◆ 交渉の火花

「わしらは鉄を誇りに生きとる!

剣は命や! 鎧は魂や!

そんなもんと……“麺”を並べる気か!」


ドワーフたちの怒号。

職員が耳打ちする。

「矢野さん……空気、最悪です……!」

(知っとるわ!)


だが、その時、矢野の目に飛び込んできたのは――

壁際に転がる、製麺機の残骸。

(……やっぱり来たか、これや!)


「親方! あんたら、鉄の誇りを言うたな!

なら、聞かせてもらう。

この製麺機――修理できるか?」


「……製麺機? なんじゃそれは。」

矢野は、荷車から香川製の小型製麺機を取り出した。

ドワーフたちが興味深そうに覗き込む。

「ほう……鉄の歯車で小麦を延ばす道具か……。」

「これがあれば、麺を均一に仕上げられる。

けど――電気もモーターも、もうない。

せやけどな、親方……

あんたらの腕と魔法ギアがあれば、これを“魔導製麺機”に変えられるんちゃうか!?」


ドワーフたちの瞳が光った。

「……面白えこと言うやんけ、人間!」

「職人同士の勝負か……やったるわ!」


◆ 鍛冶炉 VS 製麺魂

溶鉱炉が唸り、

鉄が赤く焼ける。

矢野とブルノア親方が、

製麺機を分解し、魔導ギアを組み込む。


「もっと薄く延ばせ! 歯車が焼けるぞ!」

「こっちは麺のコシが命や! 強度上げろ!!」

火花が飛び、湯気が立つ――

讃岐の製麺技術とドワーフの鍛冶技術の融合。


数時間後――

「できた……!」

そこに立っていたのは、

金属の輝きと魔法陣の光を放つ新たなマシン――

“魔導製麺機”。

ドワーフたちがどよめく。

「こいつぁすげえ……! 魔力で駆動する製麺機やと……!?」


矢野は静かに麺を打ち、

釜に放り込み、湯気の中で釜玉を仕上げた。

黄金の一杯が、ブルノア親方の前に置かれる。


◆ 釜玉、鉄を制す

親方が一口啜った瞬間、

その豪放な顔に、涙がにじんだ。

「……やばい。

これは、鉄を打った後の一杯のエールより……沁みる。」

「せやろ? 麺は、魂に響くんや。」


ブルノアは立ち上がった。

「取引成立や! 鉄も鎧も、ぜんぶ持ってけ!

その代わり――この魔導製麺機、もう一台作らせろ!」


握手が交わされ、

矢野は心の中でガッツポーズを決めた。

(よっしゃ……!

これで香川、武器と製麺の二刀流や!!)


◆ 香川県、軍備強化へ

ドワーフ製の槍と盾が、トラック(もう燃料なし)に積まれる。

香川県は、異世界で初めて“戦う準備”を手に入れた。

だが、その時、市庁舎に届いた報告――

「――ゴルグラド軍、南下開始。」


矢野の胃が、きゅっと縮む。

(え、もう戦争……?

……いや、その前に俺、まだ塩ねぇから……!)



第六章 ガルディアとの麺戦争


◆ 王国の城門

「……デカっ!」


矢野は思わず口にした。

ガルディア王国の都、セント・リオネス。

青い旗が風をはためかせ、白亜の城壁が陽光を反射する。

馬車の列、鎧を纏った兵士たち、

そのすべてが、文明の格差を突きつけてくる。


(くっそ、香川の市役所とは別次元やな……。)


市職員が緊張した声で呟いた。

「矢野さん……今回の目的、覚えてますよね?」

「わかっとる。

小麦と塩、あとバターや!

この国、畜産強いから、絶対バター持っとる。」

(釜玉にバター……想像しただけで神やん……!)


だが、矢野は知らなかった。

この交渉は、ただの取引じゃない――

文化戦争の幕開けになることを。


◆ 王国評議会との対面

「讃岐……? 聞いたこともない国だな。」


玉座に座るのは、

金髪の若き王、レオニール三世。

その隣には、王国一の料理人、グラン=ヴァルシェフが控えていた。

絹のテーブルクロス、金の食器、

並べられたのは――

ローストベア、バターたっぷりのパイ、ワインの海。


王が言う。

「うどん、というものを聞いた。

小麦の糸? 馬鹿げている。

我らのパンと肉こそ、文明の証だ。」


矢野は唇を噛んだ。

(……なるほどな。

この国、プライドの塊や。)


◆ 挑戦状:晩餐バトル

「取引の条件は一つ。」

王の言葉が広間に響く。

「讃岐の料理と、我が王国の料理、

どちらが優れているか――

晩餐会で決する!!」


会場がざわついた。

市職員が青ざめる。

「矢野さん……これ、負けたら終わりですよ!?」

「終わるのは、うどんやなく、この国の未来や……!」


◆ 晩餐会、開戦

煌びやかなホールに並ぶ二つの調理台。

王国側の料理長グランは、

肉を炎で炙り、バターを絡め、

香ばしい香りを広げていく。

「見ろ、このマーブル模様の肉!

お前らの“白い糸”など、犬の餌だ!」


矢野は歯を食いしばる。

釜を据え、魔導製麺機を構える。

「――やったるわ。」


湯が沸き立ち、麺が躍る。

立ち昇る蒸気に、

卵の黄金と醤油の琥珀色が溶け合う――

讃岐の魂、釜玉の誕生だ。


◆ 王の一口

審査の刻。

まずは王国料理――

ローストベアにナイフが入り、肉汁が滴る。

「……うむ。悪くない。」


次は――矢野の釜玉。

王が箸を取る。

「……箸を使うのか?」

「食うたらわかる。」


麺が口に運ばれた瞬間、

王の眉がわずかに跳ねた。

一口、二口――

そして、止まらない。


「……な、なんだこれは……!?

柔らかく、だが芯がある……!

卵と醤油が、まるで黄金の絹のように絡み……!」


広間がざわつく。

「これは……料理ではない……芸術だ……!」


◆ 讃岐、勝利

「勝者、讃岐!」

宣告と同時に、

王は玉座から立ち上がり、

矢野の手を取った。

「讃岐の矢野よ。

お前に、我が王国の小麦と塩、

そして――バターを与える!!」


矢野の目が光った。

(バター釜玉……!

これで、新境地や……!!)


だが、その祝宴の最中、

駆け込んできた兵士が叫んだ。

「報告! ゴルグラド軍、南境を突破!」


矢野は皿の上の麺を見下ろし、

呟いた。

(……バターの前に、戦かよ……。)



第七章 前編:戦争前夜 ~“麺は武器”讃岐戦略会議~


◆ 香川県庁・緊急評議会

「――報告! 北境の砦、陥落!」


凍りつく空気。

巨大モニターに映し出されたのは、黒煙を上げる砦の映像――

その後方で、異形の軍勢が進軍していた。

オーク、闇騎兵、影に包まれた魔導師たち。

ゴルグラド軍、ついに来た。


「やつら、何食ってんだ……?」

映像の端に映った大釜。

煮えたぎる黒い液体から、黒光りする麺が引き上げられる。

「……闇そばや。」

ドワーフの親方ブルノアが唸った。

「魔界麦と血で練った“戦場の糧”や。

あれ食った兵士、牙が生えて暴れ出すで。」


「バフ麺かよ……。」

矢野は額を押さえた。

(まさか麺で戦争すんの、ほんまに現実になるとは……。)


◆ 市長の檄

壇上に立った男――高松市長・神原玲司。

スーツの袖をまくり、いつものキメ顔で宣言した。


「聞け! ゴルグラドは“闇そば”で軍を強化しとる!

ほな、わしらは何で戦う?

剣か? 銃か? ちゃう!

麺や!! うどんや!!!」


会議室がどよめく。

エルフの使者が手を挙げた。

「……食事で、どうやって戦うのです?」

神原が一喝する。

「エルフの兄ちゃん、戦場で何が一番大事や?」

「……武器と兵力。」

「ちゃう! 腹や!! 腹が減った兵士は動かん!

それだけやない! 麺は心を繋ぐ!

炊き出しは士気や! 麺は武器や!!!!」


「おおおおおおおおお!!」

会議室に拍手と歓声が巻き起こる。

ガルディア将軍が目をむいた。

「兵士に……戦場で麺を食わせると?」

矢野が割り込む。

「できる。釜玉は三分で茹で上がる!

しかも、エルフの森の水と精霊の塩があれば――

味は、世界を超える。」


◆ 讃岐戦術、始動

「決定や!」

市長が地図を叩く。

「北の平原で迎え撃つ!

矢野、お前は炊き出し隊を率いて最前線や!」

「……はあああああああ!?

俺、料理人やぞ!?」

「料理人やからええんや!

お前の麺が、国を守るんや!!」


ドワーフ親方が拳を叩いた。

「魔導製麺機は三台用意した! 馬車に積め!」

エルフ指揮官が腕を組む。

「弓兵に炊き出し部隊……前代未聞だ。」

「常識で戦に勝てるか! 非常識で勝つんや!!」

市長の叫びに、誰もが立ち上がった。


◆ 香川、総動員

高松港。

巨大な釜と薪がトラックから降ろされる。

魔導製麺機がドワーフ兵の肩に担がれ、

塩袋が兵士たちの手で運ばれる。


「水確保! 井戸を全部押さえろ!」

「小麦粉は倉庫から全部持ってこい!」

「卵はどうする!?」

「鶏、全部徴発や! 県民、総養鶏時代突入や!!」


商店街の主婦たちが戦闘服に割烹着を重ね、

「炊き出しは任せな!」と釜を磨く。

高校生バイトが歓声を上げる。

「バイト代、金貨やで!」

「マジか! 俺、異世界通貨で貯金するわ!」


矢野は釜を見つめ、深呼吸した。

(逃げ場は、もうない。

やるしかないんや。

……麺で、讃岐を守る。)


◆ 決戦前夜

夜。野営地に火が灯る。

矢野は一人、星空を見上げた。

遠くに赤黒い光――ゴルグラド軍の野営だ。

風に乗って漂う、血と獣の匂い。

(あっちは……闇そばを打っとるんやろな。)


拳を握りしめる。

(麺で勝つ。うどんで、この世界に証明したる。

麺は――暴力の象徴やない。

人を繋ぐ、希望の糸や!)


その時、背後から市長の声。

「矢野。」

「……何すか、市長。」

「明日、勝ったら……うどん県から“うどん王国”に昇格や。」

「……いらんわ、そんな称号!!」


闇に笑い声が響き、夜は更けていった。



第七章 後編:決戦!闇そばVS釜玉 ~麺バフ合戦~


◆ 戦場の夜明け

平原に朝日が昇る。

その光を遮るように、黒い影が蠢いていた――

ゴルグラド軍。

オークの咆哮、鉄鎧の音、そして……

大釜で煮えたぎる漆黒の麺。


魔導師が呪文を唱え、血の壺をひっくり返す。

「闇の糸よ、力を編め!」

大釜の中で麺が震え、赤い光を帯びた。

オーク兵が掴み、丸呑みにする。

次の瞬間――筋肉が膨張し、眼が血に染まる。

「グルァァァァ!!」

闇そばの力で、魔物の軍勢が咆哮した。


矢野はその光景を見て、背筋に冷たいものが走った。

(……あれ食ったら、戦闘力倍増やと……?

うどんで対抗できるんか、俺……!?)


◆ 麺は武器や! 讃岐、炊き出し開始

「全釜、火入れろぉぉぉぉ!!」

市長の怒号が戦場に響いた。

魔導製麺機の歯車が回り、

白い生地が輝くリボンとなって吐き出される。

「水、足りるか!?」

「井戸三本確保! 塩、残り半袋や!」

「卵割れ! 割り続けろぉ!!」


炎と湯気の中、釜玉の香りが風に乗る。

「う……うどんの匂いや……!」

兵士の顔に笑みが戻る。

矢野は額の汗を拭い、叫んだ。

「一杯一杯に魂込めろ!

この麺が、国を守るんや!!」


◆ 麺バフ発動

第一陣、ガルディア騎士団が釜玉を啜る。

その瞬間――

「……力が……漲るッ!!」

鎧が軋み、剣が唸る。

「うどんや……うどんが俺を強くする!」

矢野は思わず叫んだ。

「せや! 麺は筋肉に直行や!!」

(※医学的根拠ゼロ)


一方、オーク兵も闇そばをむさぼり、

闇のオーラを纏って突進してくる。

「白い麺……潰す!」

「潰されるかボケェェ!!」

槍と斧が激突、血と小麦粉の匂いが混ざる戦場――

麺と麺の覇権戦争、開幕。


◆ 戦場で炊く伝説の一杯

だが、戦局は拮抗。

矢野は歯を食いしばる。

(……このままやと、押し切られる!

せやけど――諦められるか!!)


彼は最後の塩袋を開き、

最上の小麦を魔導製麺機に投入した。

「精霊よ……力貸せや!」

呟いた瞬間、麺が淡く光を帯びる。

釜に落ちた瞬間、湯気が白銀の霧と化し――

卵が割られ、黄金の輝きが麺に絡む。

釜玉、極まる。


矢野は両腕で器を掲げ、叫んだ。

「食えぇぇぇ!! これが――

讃岐の魂や!!!!」


兵士たちが一斉に啜る。

麺の光が全身を駆け巡り、武具に精霊の紋が浮かぶ。

「おおおおおおおお!!」

白きオーラを纏った連合軍が突撃――

闇そばを食ったオークを蹴散らす。


◆ 勝利と不穏な影

「撤退だァァァ!!」

ゴルグラド軍が黒煙を残して退く。

兵士たちの歓声が響く中、

矢野は釜の縁に腰を下ろし、

両腕をだらりと垂らした。

(終わった……いや、始まったんや……。)


その時、黒き竜に跨がった影が空に現れた。

紅の外套、漆黒の鎧――魔王ヴォル=バラグス。

彼は薄く笑い、声を轟かせた。


「讃岐よ、見事だ。

だが、戦の決着は戦場でつけぬ――

食卓でつける。

香川の矢野よ、我が晩餐会に来い。

次は、皿の上で戦え。」


黒風が巻き起こり、魔王は消えた。

矢野は空を見上げ、乾いた笑いを漏らした。

「……食卓決戦て……どんな世界やねん。」




第八章 本編:八十八ヶ所ダンジョン攻略(精霊完全覚醒)


◆ 古文書の啓示

「……これや。」


高松市役所の地下倉庫。

埃まみれの木箱から、市長・神原が一冊の古文書を取り出した。

表紙には、こう刻まれていた――

『讃岐八十八札所 食霊縁起』


「八十八ヶ所……?」

矢野が眉をひそめる。

市長はページを開き、指でなぞった。

「ここに書いてある。“白き糸を極めし時、精霊は再び目覚め、麺に宿る”」


ドワーフ親方ブルノアが笑った。

「そりゃまた詩的な……で、要は何だ?」

「要は――精霊を解放せな、魔王の闇麺には勝てんっちゅうこっちゃ。」


矢野は頭を抱えた。

(うどんで戦争した次は……ダンジョン巡礼ってか?

俺、ほんま何ゲーやってんねん……。)


◆ 旅のパーティ結成

こうして結成された異色のチーム:


矢野悠斗(うどん職人/炊き出しの勇者)

神原市長(カリスマ&トンデモ政策担当)

ブルノア親方(魔導製麺機クラフター)

エルフ姫リアーナ(外交担当+ツッコミ役)

リアーナが呆れ顔で言う。

「……精霊を解放する方法、それも“麺で”って……おかしいと思わないの?」

矢野は即答した。

「おかしいけど、讃岐では普通や。」

(嘘やけどな!)


◆ 一番札所:粉の翁の試練

ダンジョンは、古の石段を登った先の霊堂。

壁一面に小麦粉が積もり、白い霧が漂っていた。

奥から響く声――

「……汝、麺を打つ者よ。我を驚かせる麺を示せ。」


矢野は粉を掴み、湯を打ち、足で踏み、寝かせる。

「――ふんっ!」

バシィッ!

手打ちの音が石堂に響き、麺が舞った瞬間――

霊堂に白き翁の幻影が現れた。

「見事……その手に宿るは、麺の誠心。」

光が矢野の掌に吸い込まれる。

『粉の精霊・加護獲得』


市長がニヤリと笑った。

「ええぞ、矢野! 残り八十七や!」

「残り八十七……?」

矢野の目が死んだ。


◆ 中盤の地獄巡礼

十番札所「湯気の洞窟」――

→ 釜が仕掛け罠で爆発、パーティ全員びしょ濡れ。

「お湯……しょっぱ……誰や塩ぶち込みすぎたん!」

「わしや!」(ブルノア即答)


三十番札所「醤油の谷」――

→ 醤油の香りで敵が暴走、「だしハラスメント発生!」

エルフ姫「鼻が……! 香りが濃すぎる!!」

矢野「これが日本の本気や!」


六十番札所「黄金卵の乙女」――

→ 巨大ニワトリがボス。倒す条件は「完璧な温泉卵を献上」

矢野「卵の黄身が命や……ブレたら即死や……!」


試練の度に矢野は麺を打ち続けた。

(肩、外れそうや……。

でも――ここで諦めたら、うどん職人の名折れや!)


◆ 八十八番札所:精霊覚醒

最後の札所は、天空に浮かぶ「釜玉神殿」。

霊堂の中央に鎮座する巨大な釜から、声が響いた。

『汝、最後の問いに答えよ――

麺とは、何ぞや?』


矢野は静かに目を閉じた。

そして――

「麺は……命や。

空腹を癒し、心を繋ぎ、世界を和える……

麺は――愛や!」


ズオォォォォン!!

光柱が天を突き、八十八の霊が矢野に集う。

手の中の麺が白銀に輝き、卵が黄金の光を放つ。

醤油が宙に舞い、虹色のオーラに変わる――

“神釜玉”完成。


ブルノアが叫ぶ。

「こ、これが……神の麺やと!?」

エルフ姫が呟く。

「……美しい。まるで星の糸……。」


矢野は器を掲げ、誓った。

「この麺で、魔王を倒す!」


◆ 魔王からの招待状

その瞬間、空が裂け、闇の声が響いた。

『矢野よ……麺の精霊を従えし者よ。

食卓に来い。我が晩餐会で――

覇を決せん。』


黒き封蝋の招待状が、矢野の手に落ちた。

『魔王城・晩餐会 五日後 料理決闘』


市長が笑い、肩を叩く。

「矢野。次は――世界一の麺バトルや!」

矢野は深く息を吐き、つぶやいた。

「……もう俺、うどん職人ちゃうやろ……。」



第九章 本編:魔王の晩餐会 ~究極の食文化決戦~


◆ 漆黒の城、饗宴の間

魔王城・大饗宴の間――

黒曜石の柱が林立し、千の燭台が闇を照らしていた。

長さ百メートルの食卓。その中央に、紅の外套を翻した魔王ヴォル=バラグスが立つ。

瞳は深淵の闇、唇に薄い笑み。

その声が雷鳴のごとく響いた。


『讃岐の矢野よ――

食卓へようこそ。我らは剣で覇を競わぬ。

皿の上で世界を決する。』


重厚な拍手が響き渡る。

観衆はゴルグラドの闇騎士、魔導師、

そして讃岐連合――エルフ姫リアーナ、ドワーフ親方ブルノア、

ガルディア王レオニール。

その視線が、たった二人に注がれていた。


◆ 対峙する料理人たち

一方に、魔王の料理長・ゾルガン。

巨体に黒エプロン、背中に漆黒の鉄鍋。

その手には禍々しい包丁。

「……人間ごときが、俺様の“血塩闇そば”に勝てると思うなよ。」


もう一方に、うどん職人・矢野悠斗。

額に汗、手に白い小麦粉、

腰には**“神釜玉”の卵と醤油”**が揺れていた。

彼の後ろには、市長が立ち、にやりと笑う。

「矢野、世界史に名を刻めや。」

「……そんな大層なもんちゃう。ただ、麺を信じるだけや。」


◆ 決闘の開幕

魔王が高らかに告げる。

『――始めよ。我が晩餐会に、究極の一皿を!』


鐘が鳴り、調理台に火が走る。

ゾルガンが咆哮。

「血を注げ! 魔界麦を練れ!」

漆黒の粉が宙に舞い、赤き血潮が混ざる。

闇の呪文が唱えられ、

黒き麺が生まれる――“漆黒パスタ”。

闇のオーラを帯び、触れただけで炎が走る。

ゾルガンが舌なめずりする。

「味? そんなもん後や。

求めるは力や! 食は兵器や!!」


矢野は静かに小麦を広げ、手で打った。

「……ちゃうな。」

粉を踏み、指で押し、麺を撫でる。

トントン、トントン。

その音が饗宴の間に響いた。

「食は、力やない。

食は――人を笑顔にするもんや。」


魔王の瞳が光る。

『偽善だ。飢えを満たすのは力。

調和など、弱者の夢だ。』


矢野は笑った。

「ほな、その夢で世界変えたるわ。」


◆ 二つの料理、完成

ゾルガンの漆黒パスタが、皿に盛られる。

濃厚な血のソースが糸を濡らし、香りは獣と鉄。

見ただけで、体が震える。

「これが……暴力の味……。」

観衆がざわめき、魔王が嗤う。

『さあ、貴様の“白き糸”を示せ。』


矢野は釜から麺を引き上げた。

光を放つ白銀の麺。

卵が落ち、黄金の雫が麺を包む。

醤油が一滴――

ジュワッ。

音とともに香りが広がり、饗宴の間を支配した。

「……なんだ、この温もり……?」

エルフも、ドワーフも、魔族さえも息を呑んだ。


矢野は皿を掲げ、静かに告げた。

「――神釜玉、完成や。」


◆ 審判の一口

王、エルフ、ドワーフ、魔族の長老たちが試食する。

まずは漆黒パスタ。

「……力が漲る。だが……舌が痛む……!」

「苦い……重い……うまいけど……怖い……!」


次に――神釜玉。

麺をすくい、口に運ぶ。

その瞬間、世界が変わった。

「――――――。」

言葉にならない旨味、

卵と醤油と小麦の調和、

それが心を抱きしめる。

「……これは……懐かしい……涙が出る味や……。」


会場の空気が、光に包まれた。

精霊が舞い、白銀の糸が天へ伸びる。

魔王の瞳に、初めて影が揺れた。


◆ 魔王の言葉と結末

『……負けたのか、我が“力の味”が……。

貴様の麺に……力はない。だが……

なぜ、これほど……強い?』


矢野は笑った。

「強いんやない。

人を想う味に、勝ちも負けもあらへん。

せやけど――

この世界、うどんで平和にしたるわ!」


魔王は嗤い、剣を捨てた。

『面白い……

ならば、我も皿を捨てぬ。

次は……デザートで勝負だ。』

「もうええわ!!」

矢野の絶叫とともに、饗宴は笑いに包まれた。


世界を救ったのは――一本の麺だった。



第十章 本編:異世界うどん維新


◆ ゴルグラド崩壊と平和の宴

魔王ヴォル=バラグスが敗れ、

ゴルグラドの暗黒領は光に包まれた。

闇の軍勢は武を捨て、

やがて――釜玉を啜って泣いていた。

「……うまい……なんだこの優しさは……。」

オーク将軍グロンダークが、すすり泣きながら呟く。

「もう二度と闇そばなんて食わねぇ……!」

城の最上階、矢野は釜を見下ろしながら呆れた。

(……戦争終わるの、麺かよ。)

饗宴の間は、各国の料理人と兵士で賑わっていた。

エルフは釜玉に森のハーブを添え、

ドワーフは魔鉄製の釜で茹で、

ガルディア王は黄金のフォークで麺を巻いている。

世界は、麺で一つになった。


◆ 市長、暴走する

「――ええか、お前ら!」

長テーブルに立ち、市長が叫んだ。

「これで戦は終わった! けど、ここからが本番や!!

この世界の食文化を、香川がリードするんや!!

名付けて――異世界うどん維新や!!!!」

場内がどよめく。

ブルノア親方「維新……?」

リアーナ姫「革命……食文化の?」

市長「せや!

統一通貨は、金貨やない!

麺や!! 麺通貨や!!!!」


◆ 麺通貨「サヌキ・ノードル」誕生

香川県庁を改装した「讃岐国立麺管理庁」で、

小麦を練った硬質うどんが積まれていた。

そこには金の刻印――

“SANUKI NOODLE”

職員「一ノードル=釜玉一杯分の価値です!」

市長「世界はうどんで回るんや!」

矢野「(いや、湿気たらどうすんねん……)」

ガルディア王国で税は麺で納められ、

エルフの森では麺バンクが開設され、

ドワーフは鋼鉄の“麺金庫”を作った。

香川県は、食文化と経済の覇権を握った。


◆ 次は――宇宙?

香川国立会議堂(旧高松市役所)。

壇上の市長が、再び高らかに叫ぶ。

「わしらは異世界を統べた!

次は――宇宙や!!!!

宇宙に、讃岐うどんを啜らせるんや!!」

雷鳴のような歓声。

矢野は椅子から崩れ落ちた。

「……もうやめてくれ……

俺、宇宙で釜玉なんて打ちとうない……。」

会議場に笑いが広がり、

精霊の光が天井を照らす。


“異世界の歴史は、一本の白い糸から始まった。”


エピローグ 帰還か、異世界に残るか


◆ 白き門

香川県庁跡地――

そこに、白銀の光の門が立っていた。

八十八ヶ所の精霊たちが、その糸で編んだ帰還の道。

門の向こうには――日本。元の世界。

海と島々、見慣れた讃岐平野の風景。


矢野は立ち尽くしていた。

片手には、最後に打った一本のうどん。

(帰れるんか……本当に……。)


背後から、市長の声。

「どうする、矢野。

門は一度きりや。

帰るなら、今や。」


矢野は振り返った。

そこには、戦友たちがいた。

ブルノア親方、腕を組み、笑う。

「お前が残るなら、魔導製麺機をもう十台作ってやるぜ。」

エルフ姫リアーナ、微笑む。

「この世界には……まだ、あなたの麺が必要です。」


◆ 香川の未来

門の外では――讃岐うどん連合の旗がはためいていた。

ガルディア王国の騎士たちが、香川県民と肩を組み、

エルフが釜を囲み、ドワーフがビールで乾杯する。

かつて剣を交えた者たちが、今は麺を啜って笑っている。


市長が空を見上げ、ぼそりと呟く。

「……世界、変わったな。」

矢野は苦笑した。

「うどんで世界変えるなんて、誰が信じるんやろな。」

「わしらや。

信じた奴らが、ここにおるやないか。」


◆ 矢野の答え

矢野は門に手をかけ――止まった。

(日本に帰ったら……普通の生活や。

朝から釜玉、昼はバイト、夜は仕込み……

けど、ここには……俺を待っとる仲間がおる。)


ふと、腰の袋に触れた。

そこには、八十八霊場で授かった小瓶――

精霊のだしが光っていた。

矢野は笑った。

「……答え、出たわ。」


彼は振り返り、仲間に向かって言った。

「市長、あんたの無茶に付き合ったの、ここまでや思ってたけどな……

もうちょい、この世界でうどん打たせてもらうわ。」


リアーナの目が潤み、ブルノアが爆笑する。

市長は、いつもの悪い笑みを浮かべた。

「そうか。

ほな、世界征麺計画――本格始動やな!」

「やめろや、そのネーミング!!」


◆ ラストの食卓

夜、讃岐の丘に焚き火が灯り、

矢野は釜を据え、麺を打っていた。

火花のように散る湯気、

黄金の卵、醤油の香り――

器に盛られた釜玉を囲み、

エルフも、ドワーフも、人間も、

皆が笑いながら啜っていた。


矢野は空を見上げた。

満天の星に、精霊の光が瞬く。

(……ここで、もう少し打ってみるか。

この世界で、一番うまい麺を。)


釜の湯が沸く音が、静かに響いた。


“うどんは、今日も世界をつなぐ。”

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