第四章:戦略と欺瞞
4.1 米露の代理戦争:アフガニスタンの教訓
「イスラムは混乱の世界である。政教一致の国であるが、それは残念ながら崇高な理想を実現できる国ではなかった。金と権力に腐敗した支配者達はその甘い汁を吸い続けることだけに全勢力を傾注した。彼らは実際外国勢力と結託することでその地位を維持してきた。」
「アメリカがもっとも恐れているのは、ソ連の出方だ。ソ連がこれを機会にイラン国内の共産主義勢力とひそかに通じ合い、イラン進攻という形をとって堂々とペルシア湾への通路を確保してしまうことだ。ロシアはアメリカによる包囲網を突破してインド洋で自由に行動できる能力を手にすることになる。このようなアメリカのロシアに対する懐疑的観察眼は過去の第三世界での紛争でもたびたびアメリカがとってきた普遍的な対ロシアに対する分析傾向だ。かつてロシアはアフガニスタンに進攻した。そのとき旧ソ連の公式見解はこうだった。アフガニスタンの共産党政権の支援のためだと。アメリカは当然のごとくそれを頭から信用しなかった。ソ連の行動には常に裏の目的があると判断された。ロシアには単に同盟国への支援以上の動機があるとみなされた。その動機とはアフガニスタン進攻は、イランを北と東から攻撃するための準備行動だと見なされたのだ。」
「アフガニスタンでは米軍は共産党政権に対してゲリラ運動を行っていた組織を組織化し、武器を支援した。ソ連が支援するアフガンの共産党勢力が増大するのを防ぐためだ。つまりはロシアの裏もくろみを阻止するためだと言っても過言ではない。アメリカはそう言った国防上の国益のためには手段を選ばない。それは共産圏が行う非合法活動とそのレベルは異なるにしても、法を犯すと言う点では同じだった。そのうちCIAの暗殺や国内におけるスパイ活動といった非合法的行動が次々にマスコミにより暴露され始めた。アメリカ国家が掲げてきたの自由と正義の理念が音を立てて瓦解し始める。」
「アメリカのアフガンでの非合法活動にもかかわらず、アメリカ政府は、アフガニスタンの各部族の中に情報源をもたず、CIAの工作員も少なかったためその活動の効果は限定的だった。アフガニスタンはアメリカがさまざまな人種のるつぼといわれるようにさまざまな民族のるつぼだった。そもそもアフガニスタン民族というものは存在しない。アフガニスタンはさまざまな部族の集合体でありそれらをひとつにまとめているのは、イスラム原理主義だ。アメリカをひとつにまとめているのが自由と民主主義というのと同じだ。そしてまさにそのイデオロギーが、対ソ抵抗運動の原動力となっているナショナリズムの根幹をなす力だったというわけだ。」
「テロリスト集団は民族の枠を超えて、ある宗教的原理主義を柱に、大国を相手に互角に戦えるだけのテロ行為を実現できる組織まで成長することができる。アメリカはアフガンをある意味ロシアに血を流させる絶好のチャンスだととらえた。アメリカのおひざもとであるカリブ海でのロシアをバックにした共産勢力の圧力に対して、まさにこれに対するロシアへの報復のまたとない機会だ。しかも戦略的観点からも確実にその地政学的効果が期待できる。」
「冷戦時代もその後も世界を戦争の混乱から足を洗わせなかったのは実アメリカは対ロシア政策によるものだ。アメリカはロシアを弱体化させ世界世論から孤立させるため、あらゆる機会をとらえてロシアに流血の紛争に足をつっこむように仕向けてきた。それも自国の国民に直接被害のおよばないアメリカ本土から遠く離れた辺境地でかつロシア領土周辺でだ。これはアメリカのとってきた対ロシア戦略の基本の一つだ。アメリカの狡猾さの片鱗が見て取れる。」
「当事国でゲリラ兵を集めて組織化し、アメリカから物資を補給するという形でともに共産党政権に対する抵抗運動を行っている在来勢力にてこ入れをする。これはロシアに迎合するロシア周辺各国の共産勢力をつぶすため、アメリカが何度となく繰り返してきた手法だ。」
4.2 オイルマネーとCIAの失策
「アラブのやつらの潤沢なオイルマネーを利用するんだ。使っても使っても使いきれないほどの資金があの国にはうなっている。都合にいいことに古めかしい独裁君主制のためその金の使い道にはいかなる法的制約も存在していない。政権の中枢を握っているわずかばかりの堕落した王族を籠絡させさえすれば、後は我々の都合のいいようにできる。」
「アフガンでの経験にたけたCIA工作員はほとんどいないのが現状です。それがこの地域でのアメリカの国策による対外活動がうまくいかない理由の一つです。情報の収集と操作が機能的に動かない。ベトナムでの経験が生かされないのです。むしろ、DEA(麻薬取り締まり局)のほうが経験者が多いくらいです。」
「パキスタンとの関係を維持することです。パキスタンは親米派の国です。地理的にもアフガニスタンと親ソ的なインドに挟み撃ちされることを恐れている。パキスタン国境にアフガンゲリラのための訓練キャンプや兵站施設、作戦基地を建設する。対共産勢力を妥当するためアフガンゲリラを利用する。ソ連兵はまたもや自国の正規軍を恐ろしい対ゲリラ戦へと送り込まざるを得なくするのだ。」
「現CIA長官はヒューミントを軽視している。目の玉の飛び出るくらい高価な無人偵察機や人工衛星などに多額の投資をさせた。自身情報畑での経験に乏しかったためだ。偵察衛星や通信傍受などの電子的、機械的手段の強化には成功したが、情報の入手ルートの半分は人から人へだ。その基本原則を彼は失念していた。その結果がアフガン戦争での失態だ。」
「彼は情報員の大幅な人員整理を行った。経験豊かな古参情報員が次々と辞めさせられていった。スパイの巣ともいうべきCIA工作本部では、生首がゴロゴロ転がるようになった。当然血なまぐさい話があらゆるところで飛び交った。敵側の情報組織にとっては好都合だっただろう。逆スパイを手に入れる格好の機会だったからだ。情報機関はその性格上、定期的な血の入れ替えを必要とする。それがこれを断行した彼の理由の一つだった。」
4.3 天才と狂気のCIA長官
「あの男は不可解な人物だ。今までのCIA長官とはあきらかに違う。経歴も異色だ。彼はウォール街で活躍した弁護士の経歴を持つが、当時から彼が敵と判断した相手は徹底的に叩き潰すという辣腕を振るった。結果重視で方法は問わなかった。法廷外の闘争のほうがむしろうまいくらいだった。この頃の彼の性格は基本的に変わっていない。CIA長官の職についてからはありとあらゆる手法でロシアを追い詰める戦略に出た。合法、非合法取り混ぜてだ。やつがこのままCIA長官であり続けたら、いつか大スキャンダルを暴露され、CIAは組織として崩壊する。すでに彼の言動は不可解であり、首尾一貫性がない。ただ言葉巧みに人身を掴む術についてはその切れ味を増しているほどだ。冷静なホワイトハウス職員でさえもウォール街で活躍した弁護士資格を持つ老練なCIA長官に翻弄され続けている状態だ。すでに彼によってアメリカの国益は大きく阻害されているといってもいい。排除しなければならない。」
「だが彼は天才肌で、因習にとらわれない。突発的事態に対して天性ともいうべき迅速で適切な対応をする。なによりも先を読む力がある。」
「層は言うが彼の発言はときにまったく支離滅裂だ。ここが大切なところだ。10の成功を収めても1つの大きな誤りを犯す可能性のある人物に安全保障の仕事は任せられない。多くの人が彼の独演会に付き合わされた後、彼が何を言っているのか一言も理解できなかったぐちともつかないぼやきを発する。彼の発言の断片をつなぎ合わせても理路整然としたまとまりのある全体像が見えてこないケースが最近しばしば見かけられる。天才と狂気は紙一重というが、彼の場合にあてはまる言葉のようだ。」
4.4 アメリカの戦略的成功と代償
「アメリカの戦略はみごとに成功した。旧ソ連はアフガンで米国の仕掛けたゲリラ戦で、長い血みどろの戦いを強いられた。そして旧ソ連軍は戦力を消耗し、地上最強という評価も失った。あのソ連軍地上部隊をいくらアメリカの援助があったとはいえ、いちゲリラ組織が打ち破ったのだ。もちろん山岳地帯という地の利はあったが。」
「アメリカは世界中でところかまわず戦争をっぱじめる」「相手はしかも直接アメリカを侵略することなど到底できない弱小国ばかりだ」「中には国ではない、一つのせいぜい数千人規模のテロリスト組織に過ぎない場合もある」「このような無分別な、アメリカのいかほどばかりかの国益を守るという御旗のもとで行われた戦争の結果何が残ったか。それはその戦争で死んだ敵側のその何倍にもなる人々の怒りと復讐心だ。アフガン戦争がいい例だ。死をも全くいとわない強固な意志を持ったアフガン戦士が何千人も誕生することとなったのだ。アメリカにとってテロリスト集団を作り出しているのはアメリカ自身の行動なのだ。」
「アメリカはいつも自国の正義でもって他国を侵略してきた。政府中枢は無知なアメリカ国民を崇高な自国の道徳的正義感を悪用することにより、開戦へと自国民の世論を意図的に誘導している。アメリカは正義のために戦うと公言しているようだが、実際はリアルな地政学的な損得勘定で戦争を行っているにすぎない。正義などというものはほんの付け足しなのだ。」
「宗教的バックボーンを持っている集団はときにおそるべき力を発揮することがある。彼らの多くは独特な宗教的信念を持っている。その信念は彼らを絶望的な戦いにでも走らせる。敬虔な信者が勇気と信仰心を持って臨めば、死後の報酬も空前絶後のものとなる。いわゆる殉教による救済というものがそれにあたる。多くのカルト的宗教集団がおそるべき自爆テロを行うことができるのはこのような背景があるのだ。」
「アメリカは支援する集団を擁護しているのでは決してない。敵対する勢力にぶつけることのできる相手を探し出し、相手との代理戦争を戦わせるために支援しているだけなのだ。アフガン戦争でそれが典型的だ。敵対する勢力であるソ連をたたくためイスラム戦士を利用した。しかも利用するだけ利用した後は手のひらを返したように手を引いた。後に残った集団が反アメリカ勢力となり、今度はアメリカに牙をむき始めたのだ。」
「アメリカ外交における同盟関係とはまさにそのような利害関係が露骨に裏にある。まさにそれがゆえアメリカ外交の先が読めないという奇々怪々な側面の原因となっているのだ。利害がまさに外交原則に優越するというこのロジックはアメリカ外交のアメリカ外交たる所以であり、お家芸だった。」
「アメリカは過去の対戦の中でそれを示す特徴的行動に出ている。その一つが第二次世界大戦中、大量虐殺を犯した独裁者ヒトラーを倒すため、驚くべきことに同様の政治的大量虐殺を犯した独裁者スターリンとまさに手を組んだのである。あまりにもその非道徳的行為のスケールが大きいため、通常人の視野に収まりきらず、その恐るべき犯罪性に気づくものが少ないという結果となる。」
「アメリカはソ連軍を使って東部戦線においてドイツ国防軍を消耗させるだけ消耗させた上で、おもむろにノルマンディーに自国の陸軍を上陸させたのだ。」
「ときにアメリカは相争う両者に支援の手を差し伸べるという不可思議な行動をとることがある。例えば過去の例でいえば、アメリカはイラクに武器を供給する一方で、イランにも同様に武器を提供した。イラクに提供した戦闘機をイランに提供したホーク地対空ミサイルが打ち落とし、イラクに提供した戦車とイランのTOW対戦車ミサイルが撃破するという悲喜劇が繰り広げられた。アメリカにとってはイランにもイラクにも勝ってもらいたくなかったのだ。どちらか一方がどちらかを一方を占領し屈服せしめるという状態はアメリカのその地域における国益にはそぐわなかったのである。さらに付け加えていうなら、アメリカの国防産業市場の活性化にも一役買ったという話になる。」
「このようなアメリカの国益優先の秘密外交は時には、自国の大使さえも情報の埒外におくこととなるケースが発生する。大使は国務省からその国に対する重要政策が極秘に変更されていることを知らされていなかったという珍事が発生する。世界の報道陣が見ているその目の前でアメリカを代表する大使はその件については事実とは違うと断言するという失態を露呈することとなる。」
「アメリカは自由と民主主義の国だと標榜する割には大国としてはめずらしい秘密外交を積極的に展開してきた。大国であるがゆえに、一部の限られた人間が外交政策を取り仕切っているわけではない。そのため外交を担当する組織の中にその微妙さを理解しそこねるという、秘密外交の欠点が表面化するケースがときに発生する。共産圏や独裁国家でなら問題とならないこのような破綻のリスクがアメリカにはある。」
「アメリカは外交は自国の介入により自国の国益に沿った方向に制御可能であると妄信している。だがすべてがすべてアメリカによってコントロールできるわけではない。事態が制御不能になったと気づかされたとき、この大国はおそろしいほどのすばやさで手を引く。後に残されたのは混乱と無秩序だった。」
「アフガンでムジャヒディーンにCIAや自国の特殊部隊を使って現地で戦闘訓練を施し、次ぎから次ぎへと彼らを戦場に投入したのはまぎれもない自由と民主主義の国アメリカだった。」
「もともと宗教には隠れた過激な側面を持っているものだ。イスラム教の場合、まさに宗教の精神的、内面的戦闘性が外部化しかつそれが本来の敬虔な信仰心とはなれ分裂してしまったことが問題となった。神に深く祈りをささげる人々の中に戦いを専門とする集団がつくられてしまったわけだ。その手助けをしたのがアメリカだった。」
「イスラム世界では、反米感情は風土病のようなものだ。いたるところに蔓延し、完全にそれを駆逐する手立てはおよそ考えつかない。」
「イスラム社会の国々は周辺各国に戦争という形で歴史的に多くの大規模な加害行為を繰り広げてきたにもかかわらず、被害者意識はイスラム教徒の骨髄まで達している。」
「もうひとつ、イスラム世界は独特の諦念感とでもいうべきものを民族の精神の奥底に持っている。攻撃衝動は時に一時的にその状況を改善するが長期的にはなにも変わらないという無力感である。イスラム世界が火にかけられた大鍋とする。ありとあらゆる階層的不満が渦巻いている。であるにもかかわらず、その蓋が吹き飛ばないでいるのは彼らが温厚であるからでは当然ない。それはイスラムの敵の圧倒的な強さに対する無力感なのだ。」
「イスラム世界という引火点直前にまで熱せられたるつぼに着火させるためのマッチは、現存するイスラム圏の政権は実はもっていない。しょせん現存のイスラム政権は張りぼてのようなものでしかないと誰もが知っていた。アメリカの傀儡なのだ。時には陽、時には陰となるがその根本軸は同じだ。アメリカが裏で糸を引いている。」
「このイスラム世界の平和と安定の鍵となるのは、実はイスラム世界の中にあるのではなく、これらの諸政権の力の源泉にして強大な保護者であるアメリカ合衆国の何を国益とするかのその判断の中にあるのだ。」