レベル1 神様、仕事適当すぎ問題
目が覚めたら、真っ白な空間に立っていた。
いや、正確には目を開けた瞬間、トラックが目の前に迫ってたから、その次って考えると──ここ、つまり、死後の世界ってやつか?
「よう、起きたか?」
俺の目の前に、半袖Tシャツにジャージ姿の、どう見てもそこらのニートみたいなオッサンが立っていた。
「……誰っすか」
「神様だよ」
即答かよ。そして雑すぎだろ。
「で、お前死んだからさ、次どうする?」
「え、いやいやいや、もうちょっと丁寧な説明とか、ほら、あるじゃん?」
「ないねー。日頃の行いでポイント貯まってたから、二度目の人生やらせてやるってだけ」
「ポイントって何……」
「善行とか悪行の累計スコア? まあ、ぶっちゃけお前クズ寄りだけど」
神様はやれやれって顔をして指をパチンと鳴らした。
空中に、俺の"行動履歴"みたいなウィンドウが浮かぶ。
──【遅刻 58日連続】
──【妹のパンを奪う(未完食)】
──【困ってる老婆スルー】
──【信号無視 死亡】
「……いや、こう見ると俺、終わってんな」
「だろ? でもまあ、気まぐれで転生は許可するわ。なりたい職業とか決めとけ。その間にステータス割り振っとく」
そう言って、神様は何やらスマホっぽい端末を操作し始めた。
俺は俺で、考える。大賢者? いや、魔法戦士? でも戦士系も良いよな……。
「おい、クソッ、操作性悪すぎ……このシステム誰作ったんだよ……割り振り反映されねぇ……めんどくせ……もうこれでいいか」
聞こえる範囲で適当すぎるセリフが飛んでくる。不安しかない。
そして神様はニヤニヤしながら俺にステータス画面を突きつけた。
【名前】ナシ(転生後に決定)
【年齢】18
【職業】転生者
【レベル】∞(固定)
【体力】250,000
【魔力】25
【力】300
【防御】400
【運】−∞
「……運がマイナス無限って何だよ!!!」
「まぁ、気にすんな。ほら、送るぞ」
「ちょっ、いやいや待て!これどう見ても詰んでるだろ!?なんで運だけマイナス無限なんだよ!!」
「たまたまボタン押し間違えた、てへぺろ」
「お前、神様失格だろ!!!」
ツッコむ暇もなく、視界がぐにゃりと歪む。
次の瞬間、眩しさに目を瞑った。
──だが。
「……熱っ、いや、これ痛ぇ!!」
慌てて目を開けると、そこは──溶岩の海の真ん中。
人ひとりがやっと立てる程度の小さな岩の上に、俺は立っていた。
「ふざけんなああああああ!!!」
「……いってぇ……熱いってレベルじゃねぇ……」
俺は今、直径一メートルほどの岩の上に立っていた。
その周囲は、どこまでも広がる真っ赤な溶岩の海。
しかもだ──
【状態異常】
・《火傷(極大)》
・《痛覚鈍化(Lv.1)》
・《熱耐性(Lv.1)》
・《痛み耐性(Lv.1)》
・《精神汚染(軽度)》
「いや耐性って言うほど耐えてねぇからなコレ!!!」
全身がジュウジュウ焦げる音がする。肌は焼け、喉は乾き、目は涙で滲む。
だけど、レベル∞のおかげで死なない──いや、生き地獄じゃねぇか。
「神様、ふざけんなよマジで……」
その時だった。俺の後ろで、ボコボコと不穏な音がする。
振り向けば、溶岩の中から巨大な気泡が膨らんで──
「え、うそ、やめ──」
ドッカァァァァァン!!!
溶岩が噴き上がり、俺ごと岩が吹き飛ばされた。
「うわああああああああ!!!!」
灼熱の空中を、無様に飛ぶ俺。
でも、ここからが《運−∞》の本領発揮だった。
俺の飛んだ先に──
偶然通りかかった、巨大な火竜(見た目はクソ強そう)がいた。
その火竜の真上に、俺と岩が降ってきた。
「いや、マジかよおおおおお!!?」
だが、まるで計算されたように、岩が火竜の後頭部にクリーンヒット。
火竜はバランスを崩し、真下の溶岩に顔面から突っ込んだ。
ズボォオッ!!
溶岩に顔を埋めた火竜が、もがく。その動きで周囲の溶岩が大きく波打ち──
遠くにいた巨大な溶岩ゴーレムの足元が崩れ、ゴーレムはバランスを崩す。
倒れたゴーレムが、崖の上にあった奇妙な魔石を直撃。
魔石が砕け、眩しい光が弾け飛ぶ。
その光が空中の魔法陣に干渉し、偶然発動した転移魔法が俺を包み──
「ちょ、え、なんだこれ──」
バシュゥウウ!!!
次の瞬間、俺は再び空間を飛び越えて、地面に転がり落ちた。
「いてぇ……」
転がった先は、広大な草原。
そこには、魔物に追われている、一人の銀髪の美少女がいた。
服は破れ、今にも危ない状況。
「おいおい……いや、これ……」
偶然の極み、だが絶望的な状況。
そしてその美少女の胸元に、俺はダイブする形で倒れ込んだ。
「きゃっ……」
ふわっと柔らかい感触。
「ラッキースケベとか……マジか」
だが次の瞬間、背後から雷が落ちて俺だけが黒焦げになった。
「運−∞、やっぱふざけんなあああああ!!!」
「う、うぅ……」
俺は全身から焦げ臭い煙を上げながら、銀髪の美少女の胸元に突っ伏していた。
ついさっきまで、地獄の溶岩地帯にいたはずなのに、今は草原。
視界いっぱいの、まるで夢みたいな柔らかさ。
「ちょ、ちょっと!どこに顔埋めてるんですかあなた!!」
美少女は顔を真っ赤にしながら、俺を突き飛ばす。
「いてっ……いや、違うんだ、これは事故だ、不可抗力だ」
「言い訳は聞きません!!」
銀髪の美少女が、怒り顔で杖を構えたその瞬間。
バサッ――。
後ろの茂みが不穏に揺れた。
見ると、そこから這い出してきたのは、デカい、牙むき出しの狼――いや、正確にはモンスターだ。
「……やっべ」
俺がそう呟くと同時に、美少女が鋭い声を上げた。
「危ない、下がってて!《フレイム・ランス》!」
魔法詠唱が終わる前に、狼は突進してくる。
「うおおおおおおっ!?」
咄嗟に身を捻って避けようとする――が、ここで運−∞が発動した。
俺の足元の石がタイミングよく(悪く)転がり、体勢を崩す。
そのまま、転倒。
でも――
「わぷっ!?」
崩れた俺の体が偶然にも美少女を押し倒す形に。
さらに、俺の頭が、魔法詠唱中の彼女の唇に誤爆した。
「んっ!?///」
フレイム・ランスの詠唱は中断。
魔法は空中で暴発し、思いきり後ろに飛んだ。
そこには偶然――大岩があり、反射した炎が狼に直撃。
「ガウッ!?」
狼は顔面を焼かれ、もんどり打って倒れ込む。
さらに、その狼が転がった拍子に、近くにあった巨大な蜂の巣を破壊。
怒り狂った蜂の群れが周囲に放たれ、パニック状態。
結果――
「ちょ、マジか……」
蜂の群れが狼たちを襲い、敵同士が潰し合う地獄絵図が完成。
誰一人として、俺が狙ったわけではない。
「これが運−∞……」
ツッコむ暇もなく、押し倒したままの美少女が真っ赤な顔で俺を見る。
「な、な、なにするんですか、あなたっ!///」
「いや、違うんだこれは、事故っていうか、俺の運のせいで……」
「う、運……? 何言って――あ、痛たたた……」
美少女は急に肩を押さえて顔をしかめた。
よく見ると、腕に浅い傷と火傷の跡。
「あー……さっきの魔法の暴発、かも」
「……原因、あなたですよね」
「ぐうの音も出ねぇ……」
とりあえず、この場は落ち着いたようだ。
少女は痛みを我慢しつつ、杖を突き立てて立ち上がる。
「……あなた、名前は?」
「ああ、俺は――」
そう言いかけた瞬間。
ズシャァアアアア!!!
空から、さっき転送されたときに俺が巻き込んだ、あの巨大な火竜の死体が落ちてきた。
「いやいやいや、マジで!?またかよおおおおおお!!!」
運−∞、発動継続中。
果たして、俺の異世界生活、生き延びられるのか――?
「……ふぅ、死ぬかと思った」
目の前に落ちてきた火竜の死体をなんとか避け、俺は草原にへたり込んだ。
美少女も呆れ顔で隣に腰を下ろす。
「あなた、さっきから何者なんですか……」
「んー……自己紹介がまだだったな。俺はカズト。カミヤ・カズト。まぁ、訳あって異世界転生組だ」
「いせかいてんせい……ああ、異界から来た人。希少種ですね」
美少女は、ふむ、と頷く。
「私はリリス・エルフェリア。この近くの王都から来ました。見ての通り、魔法使いです」
銀髪に赤い瞳、整った顔立ち、スタイルも良い。
まるでテンプレみたいなヒロイン属性。
「よろしくな、リリス」
「……よろしく……って、簡単に言えない状況でしょ」
リリスが視線を向ける。火竜の死体が蒸気を上げている横で、蜂たちがまだ騒いでいるし、狼の群れも奥にいる。
「このままじゃ危険だわ。……あなた、さっきの偶然の連鎖、全部意図的にやったわけじゃないのよね?」
「俺にそんな器用なことできるかよ」
「じゃあ、まさか――」
俺はため息混じりにステータス画面を見せた。
【名前】カミヤ・カズト
【職業】転生者
【レベル】∞(固定)
【体力】250,000
【魔力】25
【力】300
【防御】400
【運】−∞
リリスの顔が固まる。
「う、運が……マイナス無限って、何……?」
「神様の割り振りミスらしい」
「……それ、存在してるだけで周囲に影響出るレベルの呪いよ」
「マジかよ……」
そんな俺を見て、リリスはしばらく考えたあと、ポンと俺の肩を叩いた。
「いいわ、あなたと行動する。運が悪いのは大問題だけど、そのせいで敵が倒れるなら逆に利用できる」
「おお、前向きだな。普通はドン引きされる流れだと思った」
「だって……さっき、火竜を倒したの、結果的にはあなたのおかげよ。しかもレベル∞なら、しぶとさも保証済み」
「いや、しぶとさだけで生き延びる自信はねぇけどな……」
リリスが立ち上がり、杖をくるくると回す。
「王都に戻る途中だったの。あそこならあなたの情報も調べられるし、安全な場所もあるはず」
「お、ちょうどいい。俺もこの世界のこと全然わからんし、頼りにしてるぞ」
「ただし……私の命令は絶対ね」
「え、なんかブラック企業感……」
「文句あるなら、また火竜の死体落とすわよ?」
「すんません、全力でついて行きます!!」
こうして、俺とリリスの、地獄の旅路が始まった。
だがこの時、まだ知らなかった。
俺の運−∞が、これからどれだけのカオスとラッキースケベと災厄を呼び込むのかを――。