第2部 ~時空の魔導士~ エピソード6
『創造者の正体』
ノクティアがゴット・ドラゴンを打ち倒し、創造者への魔力の供給は断たれた。
だが、それでもなお創造者の力は桁違いだった。
レイもイレーナも、激戦の末にすでに魔力を消耗し切っている。
その差はあまりに大きく、まともにぶつかっては勝ち目はない。
レイは空間魔術を駆使する中、空間を超えた先に“風”のようなものを感じていた。
それは、空間を超え、時間を流す力、「時空の風」だった。
──空間魔術の先に、時空魔術がある。
レイはそのことに気づき、僅かながら"時空の風"を操れるようになっていく。
一方のイレーナも、創造者の攻撃が空間以外に時間もずれ始めているのに気付く。
「レイ、あなた……時間を巻き戻せるの?」
「ああ。どうやら空間魔術のその先に時空魔術があったようだ・・・。だけど、僕のは不完全だ。時間も場所も、回数も限られてる。創造者には遠く及ばない……」
そのとき、父の言葉が脳裏に蘇る。
──「強さは弱さであり、弱さは強さでもある」
レイは悟った。
「奴は自分の意に反する過去は受け入れない。だから"神"として君臨し続けている。だが僕は、過去は変えない。すべてを、受け入れる!」
かつて夢を諦めた日。
大切な人を失った日。
思うようにいかなかった、あらゆる過去――
それらすべてを、レイは背負ってきた。
痛みと悔しさも、忘れたくない記憶として。
「だからこそ、今の自分にしか見えない“未来”を切り開く!」
他の誰でも無い、今の強さ、弱さを持つ自分だけが見ることが出来る未来、そこで決着させる。
レイは時空の風で過去に戻るのを止め、その方向を“未来”へと全振りする。
複数に分岐した世界線の、その先に一本の未来が見えた。
その姿にイレーナもまた、自らの過去──両親を失い、後悔ばかりしていた自分を思い出していた。
レイが声をかける。
「行くぞ!」
「ええ、行きましょう!」
未来に向かうレイの時空魔術は、時間の自然な流れに乗り、創造者の“時間に抗う力”を飲み込んでいく。
そして二人は未来の複数の世界線で、攻撃を全て弾き返す。
やがて複数の未来は収束し、一本の運命へと帰結していく。
創造者は、その姿に──かつての、遠い過去の自分の姿を重ねていた。
「……かつての私も、そうだった……」
創造者は、あくまで魔導士だった。
そして、レイは魔導士であると同時に、戦士だった。
レイの弱さは強さへと繫がっていたのだった。
戦いの果て、創造者はついに膝を折る。
「……どうやら、魔戦士のお前に分があったようだな」
「なぜ創造者が、そこまで魔力を求めるんだ?」
「……私は創造者ではない。創造者はここにはいなかった──」
「なに?」
そのとき、神殿の奥から、ノクティアの声が響く。
「待って。その者は“創造者”ではない」
レイたちが振り返る。
「この神殿を守っていた神龍……あれは風の守護竜、翼竜だった。
そして、数百年で、翼竜を従えることが出来た者は、ただ一人……」
ノクティアの視線が、静かに“創造者”を見つめる。
「……風の最後の天位魔導士、ニースだけ……」
『風の天位魔導士』
数百年前、風の天位魔導士ニースは、ただ世界征服を企んだ野心家ではなかった。
彼女は、各世界の王たちに敗れたわけでも、荒野に追放されたわけでもなかった。
むしろ、そのすべてに勝利し、「四つの粒石」を手に入れたうえで、この中心の大地へと乗り込み、真の創造者と対峙しようとしたのだ。
ニースは時空魔術に目覚め、遥か先に待つ世界の消滅を知っていた。
だが彼女がたどり着いたこの地には、「創造者」の姿はなかった。彼女は「創造者」は崩壊するこの世界を見捨て、去ったのだと思った。
この巨大な塔神殿は装置としてまだ機能している。
――それならば、残された者として、自分が引き継ぐしかない――ニースはそう決意した。
ニースはただ一人、時空をさかのぼり、幾度も歴史を修正しようと試みるようになる。
その行為には、膨大な魔力を必要とした。
彼女は各国の王たちに対し、魔力の供給義務を課した。
そして同時に、その莫大な魔力によって、彼女は長きにわたり生きながらえていく。中心大地に住む精霊たちはいつしか彼女を「創造者」と呼ぶようになっていた。
その間、風の魔導士で"天位"に至る者は現れることがなく、世界での風の魔力の低下は著しかった。
なぜなら、彼女の風の魔力があまりにも強大で、風の魔力のほどんどを支配し、その魔力を世界消滅の謎の究明に注ぎ込んでいたからであった。
やがて時が経つにつれ、彼女の存在は、周辺大地では王たちの都合のいい“伝承”に変えられていく。
各世界の王たちは、中央大地に消えた彼女の真実を、自らの正当性を保つための物語に書き換え、民に語り継いだ。
だが、それはニースにとってはどうでもいいことだった。
王たちが何を言っていようが、何を企もうが、ニースには些細なことで、もっと深刻な問題があるのである。
――それで魔力が安定供給されるのなら、それでいい。それより、世界崩壊の未来を止める方法を考えなければならない。
そんな割り切った思いで、彼女は黙々と課題に向き合い続けていた。
しかし、どれほど過去を修正しようと、世界崩壊の未来は回避できなかった。
そして今、彼女はようやく悟る。
「これより先は、一人では届かない」
この塔神殿の最上部には、強烈な負の魔力が渦巻いている。近づくことすら困難だ。
だが、その中心には確かに「何か」がある。
それが崩壊すれば、この世界も終わる。
彼女はレイ達4人に目を向ける。
「あなたたちとであれば、最上部の中心に辿り着けるかもしれない。」
「もしかすると、答えは過去にはなく、この先の未来にあるのかもしれない。」
そうつぶやいた彼女の声には、かすかな希望が宿っていた。
『時空の結晶』
塔の最上部には、渦を巻く負の魔力が満ちていた。その中心には、かすかに光る何かがある。
幾多の災魔を打ち破りながら、五人はついに中心部へと肉薄する。
そこにあったのは伝説とされていた、魔力の粒石の結晶体――**"時空の結晶"**だった。
結晶には無数の亀裂が入っており、そこから負の魔力が溢れ出している。
レイとニースは、なんとかその間近までたどり着いた。
そのとき、レイは結晶に刻まれた紋章に気づく。それはかつて、父から譲り受けた「風の粒石」に刻まれていたものと同じだった。
父の語った伝承が、レイの脳裏に甦る。
「遠い昔、豊かな大地から一人の魔導士がこの不毛の地を訪れた。
その魔導士はこの地を憂い潤そうとした。
だがそれは困難を伴い、集まっていたものたちは一人、また一人と去っていった。
最後まで残ったのは、ひとりの少年。
——魔導士はその少年に「風の魔術」と「風の粒石」を託した。」
次の瞬間、レイの「風の粒石」と"時空の結晶"が共鳴し合い、強烈な光を放つ。
そして――レイとニースの意識に、何者かの鮮明な記憶が流れ込んできた。
……“絶望の荒野”の彼方から歩み来る一人の魔導士。
その者が手にする杖の先端には、「時空の結晶」が輝いていた。
当時、この世界は混沌のただ中にあった。
魔導士は中心大地のこの場所――世界の乱れの中心に結晶を据え、その一部を切り出して地を離れる。
それから魔導士は各地を巡り、魔術を伝え広めていった。
最後にその魔導士が向かった地、それが最も不毛な土地――レイの故郷だった。
「この地を創った者は、風の魔術だけでなく、世界に魔術をもたらした最初の存在……
"絶望の荒野"を越えてこの世界に来た、原初の魔導士だったんだ」
『ニースの素顔』
創造者――原初の魔導士は、時空の結晶の修復のために、一片の“風の粒石”をこの地に遺していったのだ。
レイは、手にした風の粒石を結晶の刻印に重ねようとする。
だが、時空の結晶には深い亀裂が入っており、粒石はうまくはまり込まない。
「神はもうこの地を去っていた。だが、見捨てたわけではなかった……あとは、私に任せて」
そう言ったニースの声は静かで、決意を秘めていた。
彼女は自らの全霊を注ぎ込み、結晶の亀裂に魔力を流し込む。
その姿に、レイは思わず叫ぶ。
「やめろ、ニース!」
だが彼女は振り返らず、なおも魔力を注ぎ続けた。
やがて、結晶の亀裂は静かに修復されていき――
時空の結晶と、風の粒石は一つに融合する。
途端に渦巻いていた負の魔力は、徐々に沈静化していった。
……目的を果たしたニースは、その場に崩れ落ちた。
「ニース!」
レイは慌てて彼女の背を抱き起こす。
そのとき、彼女の顔を覆っていた仮面が外れ、地面に落ちた。
現れたその素顔に、レイは息を呑む。
「ストラ……あなた、だったのか……!」
それはかつて、レイの命を救ってくれた、風の魔導士ストラの顔だった。
「教えてくれ……。これで未来は、もう崩壊しないのか。」
問いかけるレイに、ストラはゆっくりと目を閉じながら言った。
「愚問よ、レイ。私は……もう、この先の未来を見ることはできない。」
「ただ言えるのは――あらゆる世界線は、すでに存在している。
どの可能性を掴むかは……あなた次第よ」
『それぞれの道』
時空の結晶は崩壊を免れた。
だが、まだ完全に復活したわけではなく、その行く末は不安定なままだ。
光の国では、ノクティアが王となり、新たな体制の構築を始めていた。
魔力に依存するこれまでの国政からの脱却――それは、理想と抵抗の狭間で揺れていた。
既得権益層の反発は激しく、炎の世界でも反乱の兆しが報告される。
情勢はまだ混迷の途中である。
ノクティアは炎の王となったエイデンと連携し、反乱への対処に向けて動き出す。
一方で、イレーナは魔術を研究することで、時空の結晶を安定化する方法を模索していた。
研究室で魔術と格闘するイレーナだったが、その道もまた、前途多難であった。
そんな中、レイはノクティアとイレーナに問い詰められる。
「結局、あなたはどちらの道を選ぶの?」
言葉に詰まるレイに、風の精霊がそっと囁く。
「選択とは、何かを捨てることだ。お前の道を選べ。」
レイはひとり、故郷の父の墓標の前に立っていた。
近くには風の魔術継承の碑が佇んでいる。
彼は父の墓の脇に、かつて父に捧げて埋めた小さな魔力の粒石を掘り出した。
かつて刻んだ風の王国の紋章が目にはいる。
やがてその粒石を懐にしまうと、父の墓標をあとにし歩き出す。
数日後――。
闇の魔術の研究に専念中のイレーナのもとに、レイからの手紙が届いていた。
「……まったく、ほんとバカなんだから……」
彼女は寂しげな笑みを小さくたたえながら、手紙を火にかざす。
燃え尽きる灯を、ただ静かに見つめていた。
光の城の高台。
ノクティアもまた、レイからの手紙を手にしていた。
「……レイ。できることなら、私も一緒に行きたかった」
彼女は手紙を破り、その切れ端を風に託す。
紙片は風に乗り、空高く舞い上がって、陽光の中に溶けていった。
炎の国の玉座の間。
エイデンは一通の手紙を読んでいた。
「未知の世界……そんなものが、本当にあるのだろうか……」
そう呟きながら玉座を離れて、彼は空を見上げ、しばし思索に耽る。
レイは“絶望の荒野”に立っていた。
風の精霊が言う。
「お前の道を選べと言ったが、よりによってなぜこの”絶望の荒野”なんだ。
この世界を治めるお姫様達を裏切るということは・・・、結局この振り出しの荒野に追放されるとは思うのだが・・・。
まさかもう一度世界をひっくり返すつもりではないだろうな。」
レイは首を振り、荒野の先を見つめている。
「かつて創造者はこの”絶望の荒野”を渡ってこの地に辿り着いた。ならこの絶望の先に”希望”があってもいいんじゃないのか。
あらゆる可能性は既に存在している、なのだから。」
自分はこの世界で奴隷でも支配者でもなかった。
許しも、支配も、もう必要なかった。――-”創造に至る者”なんだ。
レイは走り出す。風の精霊は慌てて彼の後を追う。
彼はこの荒野の先に無限の可能性を見ていた。