第2部 ~時空の魔導士~ エピソード5
『残火の静寂』
夜の静寂が戦いの跡を包んでいた。
ノクティアは空を仰ぎ、かすかに震える声で呟いた。
「……姉さん……」
姉ナディアは、かつて優しく、ノクティアにとって憧れの存在だった。
だが戦争が始まると、心を病み、そして姿を消した。
幼かったノクティアにも、姉が争いを望んでいなかったことはわかっていた。
それでも――ノクティアは、ただ寂しかった。
そして今、彼女の記憶はもう一つの過去へと遡っていく。
かつて、炎の王によって光の国が滅ぼされたとき――
光の王は最期の力を振り絞り、“ドラゴンの印”を用いて、光竜を召喚した。
燃え盛る都の中、王はドラゴンに命じた。
「この子を……ノクティアを、必ず安全な場所へ……!」
ノクティアを抱いたドラゴンは飛翔する。
その背から、彼女は父の最後の姿を見た。
光の王は、忠実な側近に“ドラゴンの印”をナディアに届けるよう託し、自らは業火の中へと歩み出る。
向かう先は――炎の王。
空から見た、父のその後ろ姿が、今も彼女の瞼に焼き付いている。
あれ以来、ノクティアにとって「炎」は恐怖の象徴となった。
だが今日、その炎の王が姉ナディアを愛していたと知った。
「なぜ……なぜ、そこまでにならなければならなかったの?」
ノクティアは拳を握る。
創造者に会って、確かめなければならない。
「私は……姉さんの代わりに、その真相に向き合う。」
イレーナは、炎の王の言葉を思い出していた。
「創造者はあらゆる魔力を操り、不可能を可能とする存在だ。」
亡き両親の姿が脳裏をよぎる。
もし創造者の力があれば、彼らの病も癒せたのだろうか。
魔術にのめり込むようになった自分の原点を、イレーナはあらためて思い返す。
また、炎の王はこうも言っていた。
「歴代の闇の王は、民から魔力を直接徴収せず、密かに魔力を掠め取り、創造者に献上していたのだろう」
まさか、祖父も――。
「裏でそんなことしてたなんて……ほんと、呆れるわね」
イレーナは頬を引きつらせて呟く。
「炎の王の話が本当なら、闇の国に戻ったら……まず祖父を問い詰めないと。
……でもその前に、真相を知らなくちゃ」
エイデンは、一人思いを巡らせていた。
かつて自分が魔導軍を率いていた頃――
反乱軍を前に躊躇する自分の横で、何の迷いもなく鎮圧命令を下した炎の王の姿を思い出す。
エイデンは炎の王のことをどれだけ理解していたのか。
また彼の言葉を、どこまで信じていいのか……
エイデンは迷っていた。
レイは思う。
炎の王が言っていたことの真偽を確かめるために、中心大地に行くしかない。
そして本当だったら、数々の不幸を生んだ"魔力の搾取"は止めさせなければならない。
風の精霊は言う。
「お前は父の域に達している。だがお前や父がそこまでの技量に達しているのに"天位"に達することが出来ないのかは謎だ。」
レイは考える。
風の魔力の衰退。
その背後にも、創造者の影があるのかもしれない。
彼の瞳は、静かに前を見据えていた。
『神の大地』
4つの魔力の粒石を手に入れたレイたちの前に、「中心大地」への門が姿を現し始める。
4人は門を開き、その先にある中心大地の核心部を目指して進む。
やがて、遥か遠くの地平線上に、天の雲をも貫き、高く聳え立つ巨大な塔が見えてくる。
「何だ・・・あの巨大な塔は・・・。」
彼らが近づくにつれ、それが神の塔神殿であることが明らかになる。しかし、その塔神殿は多くの精霊たちによって守られており、容易には近づけない。
エイデンが一歩進み出る。
「ここは私が引き受ける。皆は先へ行け。」
「済まない、エイデン……!」
「ご武運を」
エイデンは無言で頷き、精霊たちの中へと突撃していった。
レイ、ノクティア、イレーナはその隙に神殿内部へと突入する。
神殿内部の地上部では、神龍"ゴッド・ドラゴン"が守護竜たちを従え、真ん中で鎮座し待ち構えていた。
"ゴッド・ドラゴン"を突破しなければ、創造者のもとへは辿り着けない。
ノクティアが一歩前に出る。
「ここは私が引き受けます。二人は創造者のもとへ、急いで」
レイの風の粒石の閃光が増す。まるで危険を警告するようであった。
ノクティアは軽く笑みを浮かべた後、ドラゴンに向かって走り出した。
レイとイレーナは一瞬迷いながらも、頷き、上層部を目指す。
ノクティアとドラゴンの戦いが始まる。だが、戦いの中で彼女はドラゴンの鋭い爪に貫かれ、致命傷を負ってしまう。
とどめを刺される、その瞬間──
一本の魔剣が空を裂き、ゴッド・ドラゴンの爪を切り落とした。
「……遅くなった。大丈夫か!」
エイデンだった。彼は精霊を突破し、ノクティアの元へ駆けつけたのだ。
エイデンは水の粒石を使い、命の水を発動する。癒しの力がノクティアの傷を包む。しかし、命の水はしばらく使用できなくなった。
「……大丈夫です。でも、序盤から切り札を使うことになるなんて。先が思いやられます。」
2人は、再び迫る試練に備える──。
『神との遭遇』
レイとイレーナは、精霊たちを次々と打ち払いながら、塔神殿の上層へと駆け上っていった。
その先に、広く開けた空間が姿を現す。そして、そこにたたずむ一つの影――。
女性のような声が響く。
「……誰だ?」
「お前が、創造者か。これ以上、世界の魔力を奪うな。」
「私が、お前のような者の話に耳を傾けるとでも。邪魔よ。消えなさい。」
敵意を隠そうともしない創造者に、レイとイレーナは戦いを挑む。
レイの手にある風の粒石は、割れんばかりの閃光を放っていた。それだけ、この相手が“異常”なのだ。
「そんなくたびれた粒石で私に立ち向かうとは。哀れね」
創造者の目には、レイたちは取るに足らぬ存在に映っているようだった。
彼女は、あらゆる属性の魔力を操る万能の魔導士だった。魔力の質も桁違いで、二人は押され続ける。
それでも、レイとイレーナは一瞬の隙をつき、挟み撃ちの態勢に持ち込む。
「今だ!」
レイの声とともに、攻撃を放とうとしたその瞬間――
世界が歪んだ。
――時が、巻き戻されたのだ。
二人の身体は、さきほどの「挟み撃ちを仕掛ける前」まで引き戻されていた。
「な……何これ……!?」
イレーナが声を震わせる。
レイの瞳が見開かれる。
「わかった……なぜあいつが“神”と呼ばれるのか。
あいつは“時空を操る”魔導士だ。時間を巻き戻し、過去をやり直すことができる。“時空の魔導士”……。」
「それ、反則でしょ!? 勝てるわけないじゃない! どうすんのよ!」
イレーナは即座に闇のヴェールに身を隠し、ヒット・アンド・アウェイの戦法に切り替える。
だが――
「――え?」
目の前に、すでに創造者が立っていた。移動先を読まれていたのだ。
刹那。創造者の攻撃が放たれる直前、その体がふっと左へ――
「……助かった……?」
「空間魔術で、わずかに奴の“位置”をずらせた」
レイの声が聞こえた。
「時空魔術そのものには干渉できない。でも、空間に対する作用点だけなら、揺らせる……。ほんのわずかだけど、ずらすことができるんだ。
だからその一瞬のところで避けてくれ。」
「了解。でも、こんなのいつまで続けるつもり!?」
「分からない……でも、ノクティアが神龍を倒してくれれば、創造者への魔力供給は断たれるはずだ。それまで、持ちこたえる。」
「……希望薄いんだけど! 冗談きついわよ!」
『神龍に潜むもの』
ノクティアとエイデンは、ゴット・ドラゴンの猛攻を前に防戦一方だった。
戦っているというより、逃げ回ることで精一杯。攻撃の糸口すらつかめない。
ノクティアは走りながら思考を巡らせる。突破口はどこか? このままでは持たない――。
ふと、ゴールドドラゴンを見た瞬間、姉・ナディアの幻想とともに彼女の言葉が脳裏をよぎる。
「今、目に見えているものはすべて“光の幻想”。真実は見えていない。」
周囲を見渡す。守護竜たちはゴット・ドラゴンに従っているように見える。だが――おかしい。
攻撃には加わっていない。じっと様子をうかがっているようだった。
(ならば……)
ノクティアは天位魔導士としての力を解放し、水の属性に呼びかける。
水竜が、その呼びかけに応じて動き始めた。
それに呼応するように、かつて自分を守ってくれた光竜が、ノクティアを静かに見つめる。
ノクティアにかつての光の天位魔導士であった姉ナディアの面影を見たのかもしれない。光竜もまた、ノクティアの側につく。
エイデンの炎の魔力に呼応して、火竜も咆哮を上げて加わる。
さらに、創造者と戦う闇の王女イレーナの意向を汲み、黒竜も加勢に動き出す。
ついに、すべての守護竜たちがノクティアの側に集い、形勢が変わっていく。
四方から放たれる強力な魔力に、ついに神龍の動きが鈍り始める。
その瞬間、ノクティアはその内部に“もう一つの存在”を感じ取った。
(……中に、何かいる。)
「神龍の背後に隠れているものがいる!」
全ての守護竜と心をひとつにし、ノクティアは渾身の魔力を込めて、その隠れた存在に向けて急所の一撃を放つ。
光があふれ、空間が震え、急所を貫く閃光がゴット・ドラゴンを貫いた。
やがて、光が収まる。
その場に立ち尽くしたノクティアの目に映ったものは――
「これは……!」