第2部 ~時空の魔導士~ エピソード3
『光の世界』
かつて「光の国」と呼ばれた土地に、レイは足を踏み入れた。
今では炎の国の支配下にあり、街は荒廃し、人々は希望を失っていた。
そんな中、レイは光の世界の反抗義勇軍と、炎の国の鎮圧軍が激しく交戦する場面に遭遇する。
義勇軍は炎の魔力に押されて劣勢。レイは直ちに、風の魔術を用いて炎の魔力を吹き払い、義勇軍を援護した。
炎の魔術を吹き払う暴風の魔術に義勇軍たちは「風の魔導士、ストラが帰ってきた。」と沸き立つ。
以前の炎の王による大粛清で追い込まれた義勇軍の危機を救ったのは、旅先から駆け付けて来てくれたストラだった。
義勇軍のリーダーである光の女魔導士――ナディアは、急いでその現場に駆け付けてきた。
彼女はストラのかつての親友であり、その消息を確かめるために来たのだった。
だがそれは一人の少年で、風の魔術以外にも炎の魔術、魔剣も使い始めて戦い始めていたのであった。
その場はレイの介入もあり、義勇軍は鎮圧軍を退却させることに成功した。
だが義勇軍の面々は困惑していた。かつての英雄ストラと同じ風の魔導士のようだが、炎の魔術まで操れることに疑念を抱いた。
レイとナディアは対面する。
レイは自分の父とストラが雷の魔導士と戦い命を落としたことを含め、これまでの経緯を語った。
ストラとレイの父の死を悼むナディア。
同時に、レイの戦いぶりを見て考えを巡らせていた。
「複数の系統の魔術を操るレイは、戦局を変え得る存在かもしれない」
そう考えたナディアは、疑念を抱く仲間たちとは裏腹に、レイを義勇軍に迎え入れる。そして、レイを義勇軍の中核戦力とする為、光の魔術の手ほどきを始めた。
義勇軍のリーダーである光の女魔導士――ナディア。彼女には噂があった。
10年前の炎の国と光の国との戦いで潰えたはずの光の王家の、生き残りではないかというものだ。
だが本人はその話題を避け、語ろうとしない。
ナディアの話によると、炎の王は世界征服とは別に何かを企んでいると思っている。
厳しい魔力徴収の裏には何か知らない理由があるようだと。
「今、見えているものすべては光の幻想。真実は見えていない。」
それが、ナディアの口癖だった。
義勇軍の活動は日ごとに活発化し、炎の国の鎮圧軍も対応に手を焼いていた。
しかも、義勇軍の中に手練れの炎の魔術の使い手--レイが加わっていることが、炎の国の有力者の中で裏切り者が出たのではないかと炎の魔導軍の中で混乱が広がっている。
そして義勇軍の中ではこの機を逃さず、炎の国が占領しているかつての王都奪還の機運が、高まり始めていた。
王都の守備は手薄になりつつあり、今こそが好機だと多くが主張する。
だが、ナディアは慎重だった。彼女は炎の国の魔導軍との戦力差を危惧し、今はその時ではないと考えていた。
しかし、仲間たちはなおも王都奪還を強く望み、レイもまた賛成の意を示す。
光の魔術の修得に手応えを感じはじめていたこと、そして何より――エイデンを救いたいという想いが彼を突き動かしていた。
こうして義勇軍は、奪われた王都を取り戻すべく、動き始める――。
『ナディアの過去』
王都奪還作戦を明日に控え、ナディアは過去を思い返していた。
光の国と炎の国は、古くから因縁の関係にあった。
かつて歴代の光の王が炎の国の刺客に暗殺されたという歴史もあり、両国の間には長年の不信と憎しみが根を張っていた。
彼女の正体はかつての光の王の娘で王女であり、光の天位魔導士でもあった。
ナディアは、両国の和解を望んでいた。公務や儀礼の場でたびたび炎の王と顔を合わせるようになる。
やがてその交流は私的なものに変わり、心を通わせるようになった。
炎の王もまた、光の国に対して複雑な思いを抱いていた。
過去の歴史に対する後ろめたさと、古来から炎の王の伝統とされている、自国の強硬な姿勢を貫かなければならないことへの葛藤。
その中で、ナディアの誠実な思いに触れ、彼は次第に心を開いていった。そしてふたりは、国を超えて将来を誓い合う仲となった。
しかし、それは許される関係ではなかった。
光の王は過去の因縁を重く見ており、ふたりの関係を断固として認めなかった。
折しも、両国の国境付近で「魔力の粒石」の鉱床が発見される。
強大な魔力を秘めたその鉱石の所有を巡り、両国の会談は開かれたが、炎の王、光の王、それを取り巻く首脳たちは、なぜか一歩も譲歩しようとしない。
異様なほど感情を高ぶらせ、激しく口論。話し合いは決裂してしまう。
ナディアはその場に立ち会いながら、なぜ皆がそこまで取り乱すのか理解できず、言葉を失った。
やがて争いは戦争へと発展する。ナディアにも光の天位魔導士として出陣を求められたが、その場に立つ気にはなれなかった。
誰かを守るためではなく、力で屈服させるための戦いに身を投じることはできなかった。
炎の王もまた、当初は光の国を滅ぼすつもりではなかった。ただ、粒石の問題とナディアとのことを整理するために、力で優位に立とうとしただけだった。
だが、光の王たちも必死で抵抗し、戦いは泥沼へと化す。
その結果、光の王をはじめとする王族や首脳たちは次々に命を落とし、光の国は事実上、炎の国に征服された。
彼女には幼い妹がいた。その妹もまた、逃げ遅れて炎の魔導士たちの業火の中で焼かれ、命を落としたという。
その光景が夢に思い浮かばれては、毎晩うなされて、涙とともに目を覚ます。
あのとき、自分が戦場に立っていれば、何か変えられたのではないか――そう思うたびに、慚愧の念が胸を締めつける。
すべてを失い、居場所をなくしたナディアは、ひっそりと姿を消した。そして、身分を隠し、義勇軍の一員として戦場に身を置くことにした。罪を償うために。
それでも彼女の中で、両国の和解を願う気持ちは消えていない。
遠く離れた炎の王もまた、ふたりの道を力でしか切り開けなかったことに、苦い諦念を抱いていた。
そして、――ナディアには、もう会えないのだろうか。
彼の胸にもまた、叶わなかった願いが、ひっそりと灯っていた。
『王都奪還作戦』
ついに、義勇軍による王都奪還作戦が始まった。
かつて光の王都だったその地を、今は炎の国が占拠している。
各地から集まった義勇軍の戦力は複数の方面から投入され、大規模な総攻撃が展開された。
だが、それは炎の国が仕掛けた光の世界の義勇軍を殲滅するための罠だった。
炎の王は、密かにこうも思っていた――「ナディアに、再び会えるのではないか」と。
手薄に見えた王都の守備は偽装にすぎず、実際には巧妙に張り巡らされた防衛網が存在した。
戦況を察したナディアは撤退を呼びかけたが、義勇軍の士気は高まりすぎていた。
悲願の奪還を目前に、彼らは熱に浮かされたように突撃を止めなかった。
激しい戦いの末、多くの犠牲を払いつつ、義勇軍はついに王都の門を突破する。
だが、その先に待ち構えていたのは――炎の王、本人だった。
圧倒的な力をもって、炎の王は義勇軍を次々と打ち倒していく。
その姿はまるで、容赦なき灼熱の神であった。
レイもまた、彼に立ち向かった。
傷付きながらも、レイはついに「蒼き炎」の魔術を単独で発動することに成功する。
その炎を見た瞬間、炎の王の表情がわずかに揺らぐ。
「その炎……まさか……!」
蒼き炎は、一瞬、炎の王を怯ませた。
だが決定打にはならなかった。まだレイには蒼き炎を制御出来ていなかった。
炎の王はかつて光の国から奪った"水の粒石"を懐から取り出し、その力で蒼き炎の温度を下げて打ち消すと、自らを癒す“命の水”の力で回復させる。
レイは致命的な一撃を受け、倒れかけた――その時、ナディアが彼のもとに駆け寄り、光の魔力で命を繋ぎとめる。
「ナディア!」
再会に揺れる炎の王とナディア。
だが彼女は感情を抑え、レイの救出を優先した。
ナディアの魔力に包まれながら、義勇軍は撤退を開始する。
だが、炎の王はなおも追撃を止めなかった。
彼は気づいたのだ――レイこそが「創造と終焉に至る者」、炎の世界の秩序を根底から揺るがす存在であることに。
義勇軍は各地で鎮圧され、レイとナディアも追い詰められていった。
逃げ込んだ先は、《絶命の荒野》。
追手の炎の王が迫る中、二人にはもはや逃げ場はなかった。
「ナディア……済まない。僕が軽率だったばかりに……」
「いいえ。仲間たちの声に抗えなかった、私の力不足です……」
諦めの色が濃くなる中、ナディアは重大な事実を口にする。
「レイ。あなたは知らないかもしれないけど、この世界には――“闇の世界”が存在しているの。」
数百年前、炎の国の征服的な態度に脅威を感じた当時の闇の王は、国土全体を結界で包み、闇の中へと沈めた。
場所も存在も曖昧となり、今では誰も辿り着けないとされている。
だが――
「その入り口が、この荒野の先にあると、私は信じてる。」
ナディアは自らの過去をレイに語り、そして――
《光竜・ゴールドドラゴン》を呼び覚ました。
光竜の眩い光が荒野を照らし、一筋の道が浮かび上がる。
だがそこへ、炎の王が現れる。
彼も《火竜・ファイア・ドラゴン》を呼び覚まし、ナディアの前に立ちはだかった。
「ナディア。どけ。その者は炎の世界に災いをもたらす。」
「いいえ。私はどきません。あなたは間違っている。」
「……私にこの道を進ませているのは、お前自身なのだ。」
「……どういうこと!?」
「――すべては言えぬ。」
その言葉とともに、炎の王は一瞬の隙を突いてレイへと迫る。
ナディアはそれを止めようとするが、炎の刃は不運にも彼女の急所を貫いてしまった――
血に濡れながら、ナディアは手にしていた《光の粒石》をレイに託す。
「……あなたの力で、あなたのように――炎と光の世界を、融合させて……」
茫然と立ち尽くす炎の王。その間にナディアは最後の力でレイを道の先へ押し出し――
光の扉を閉ざす。それを終えると静かに息を引き取った。
レイはただ一人、絶望の荒野に開かれた《光の道》の底へと落ちていった――。