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交差の魔導士  作者: オズ
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第2部 ~時空の魔導士~ エピソード2

『苦難の旅立ち』

レイは命こそ繋いだものの、その争いの余波を察知した炎の国の軍勢が現れ、家は業火に包まれ、土地は蹂躙された。

立ち尽くすレイの目の前で、かつて暮らした家が音を立てて燃え落ちていく。


レイは物陰で膝をつき、声を殺して泣き崩れた。


やがて、風の魔術伝承の碑のそばに、ひっそりと父の墓を築いた。

生前に自らが贈った若き魔力の粒石を、墓の傍にそっと埋め、静かに別れを告げる。


行く先もわからず、ただ彷徨うしかなかった。


深い喪失と疲労のなかで、レイは道端に倒れ、ついには意識を失う。

レイの魔力が尽きたことで、風の精霊も魔力を失い、道の片隅で石像化してしまう。


気がつくと、レイは牢の中にいた。風の粒石は衛兵に奪われてしまった。魔力も武器も失った彼にできることは何もなかった。

そして奴隷としての刻印を焼き付けられ、壁の外の奴隷居住区へと移される。


壁の外には、果てしなく続く”絶望の荒野”が広がっている。そこへ追放された者が生きて帰ってきた例はなく、後に屍として発見されるだけだった。

奴隷たちは、壁内の労働に日々駆り出され、その見返りとしてわずかな食糧を受け取る。飢えと重労働の中で、誰もが日々を耐え凌いでいた。

また、奴隷が駆り出されてそのまま帰って来なくなるケースもあり、不気味ではあったが、従わないことは死を意味するので選択の自由はなかった。

レイもまた、衰えた身体で過酷な作業に従事する。魔力も回復できないまま、作業に慣れることもできず、鞭で打たれながら苦しむ日々を送っていた。


そんなある日、彼は偶然、かつての騎士養成所の同期たちと出会う。

今や騎士として徴用された彼らは、変わり果てたレイの姿を見て、嘲笑を隠そうともしなかった。


「おい見ろよ……誰かと思えば、風の落ち武者じゃないか」


「まだ生きてたのか……どこまで落ちるんだか」


その視線は、かつての仲間ではなく、ただの“惨めな奴隷”に向けられたものだった。


——そして、その中にクラリスの姿があった。


レイがかつて心を寄せた少女。

彼女も一瞬だけレイに目を向けたが、その視線はすぐ隣に立つ騎士の男へと移った。

恋人らしきその男と楽しげに言葉を交わし、レイに再び目を向けることはなかった。


レイはただ俯いた。

目の奥が熱かったが、涙は流れなかった。

泣く力すら、もう残っていなかった。




『奴隷の魔導士』

炎の国の王による苛烈な魔力搾取によって、世界に弊害が目立っていた。

魔力には代償が伴う。過剰に吸い上げられた魔力の為、負の力となって現れはじめる。それが姿をとったもの──「負の災魔」──が各地で災厄をもたらしていた。


当時の世の常識では、騎士なら剣を、魔導士なら術を極めるのが美徳とされていた。

誰もが「天位騎士」か「天位魔導士」を目指し、ひとつの道を究めることにこそ価値があると信じて疑わなかった。


だが、負の災魔はそのような価値観とは無縁だった。

魔剣で斬り、魔術で呪い、どんな手段も厭わずに破壊をまき散らす。伝統や流儀など通用せず、世界はその存在の対処に手を焼いていた。


やがてその「汚れ仕事」は、奴隷に押し付けられるようになる。

レイもまた、魔剣を手渡され、災魔退治の先陣に駆り出されることになった。


レイは騎士養成所で炎の魔剣を訓練していたので、ある程度で扱うことができたが、まだ対魔盾を持つことが出来ない。

雷の魔導士の呪いが切れたとは言え、不自由なく動かすにはまだ時間が必要であった。

戦いの最中、レイは災魔との接近戦で追い詰められ危機に陥る。

だがその時、後ろから強力な炎の魔術が彼を救う。

その魔導士がレイに「私の名前はエイデン。君の名前は」

「僕の名前はレイ。」

「よし、レイ。私が援護するから接近戦に弱い災魔を頼む。私は接近戦に強そうな災魔を魔術で倒す。」

近接に強い災魔には、エイデンが距離を取って魔術で戦い、近接に弱い災魔はレイが魔剣で仕留める。

二人は協力して災魔たちを退治していく。



『気付き』

エイデンは将来を嘱望された若き炎の魔導士だった。

しかし心の奥底では、炎の王が掲げる征服と支配の思想に素直に従えず、深い葛藤を抱いていた。

「力ある者が、力なき者を支配する。それが、この世界の摂理なのか?」

そう自問し続けていたのだ。


炎の国は十年前、光の国を征服した。

だが炎の王は、各地からの魔力徴収をやめることなく、その苛烈な搾取の影響で、魔力の負の力による災いが絶えなかった。


ある日、光の世界で魔力徴収に反発する大規模な反乱が起こる。炎の王は、若きエイデンにその鎮圧を命じた。

若さと実力を買われての抜擢だったが、エイデンの心は揺れた。「本当にこれは正しいのか?」と。


軍勢を率いて光の世界へ向かうエイデン。

そして非情な鎮圧をためらった結果、暴動は拡大。

ついには炎の王が自ら乗り出し、徹底的な弾圧を断行した。目の前で繰り広げられる苛烈な炎の暴力。

エイデンは言葉を失った。自分の迷い、判断の結果が、更に多くの不幸を巻き込む結果となってしまったのだ。

非情になれないエイデンの心根を確信した炎の王は、エイデンに冷徹に言い放つ。


「見損なったぞ、エイデン……」


エイデンは鎮圧の躊躇、反乱を拡大させた罪を問われ、奴隷の身分に落とされていたのであった。


エイデンは、レイと共に災魔討伐の労役に従事するようになった。

近接戦はレイが受け持ち、間接戦でエイデンがレイを支援し戦うパターンが確立されていく。

災魔討伐は難易度の高い労役だったが、そのぶん報酬もよく、食料にも困らなかった。

レイは徐々に体調を回復させ、心にも少しずつ活力を取り戻していく。


労役の中で、レイはふと考える。

――自分はまだ対魔盾を持てる腕力がない為、魔力障壁を張れない。だったら、せめて戦闘魔術を身に付けて補えないだろうか?

特に、エイデンの操る炎の魔術は強力で実戦的だった。風の精霊や粒石が無い今の自分の風術よりも、災魔に対抗する力になり得る。

そう思ったレイは、エイデンに魔術の手ほどきを願い出る。

エイデンは、それを快く引き受けた。



『魔戦士』

レイはいつしか、「魔戦士」と呼ばれる道を歩み始めていた。


魔戦士――それは、剣術と魔術の双方を扱う戦士。

しかし当時の世界では、「どちらつかずの中途半端」として軽んじられ、志す者などいなかった。

「剣も術も中途半端では、何ひとつ極められぬ」と。


実際、魔剣と魔術を同時に扱うのは難しく、両立させようとする者は稀だった。

だがレイは、それこそが自分の道だと信じていた。今、対魔盾を持てない自分が生き残るには、剣と術を融合させるしかない。

その思いの強さが、やがて彼に困難を越えさせ、両者を同時に操る術を身につけさせることになる。


レイはエイデンから炎の魔術を教わる中で、一つの伝承を聞いた。


――炎に伝わる、幻の魔術「蒼き炎」。

それを操る者は「創造と終焉に至る者」と呼ばれる。

その者が現れるとき、炎の世界の秩序は大きく揺らぐという。


エイデンは、もしかするとその予兆がすでに始まっているのではないかと感じていた。

だが同時に、心から願っていた。この世界が「終焉」ではなく、新たな「創造」へ向かうことを。


一方レイは、魔戦士として少しずつ腕を上げていった。

かつては恐怖としか感じられなかった災魔討伐の労役も、いつしか新たな技を磨く鍛錬の場となっていた。


近接に優れた災魔には距離を取り、魔術で応戦。魔術に長けた敵には、術をいなし、間合いを詰めて剣で仕留める。

剣と術――互いが互いを補い合う、柔軟で実践的な戦い方を体得していく。

重厚な対魔盾を持たないレイは、素早さが際立っていた。


戦いを重ねる中で、レイは気づき始めていた。

自分は、ずっと「狭い形」に囚われていたのだと。

だが、やり方は一つではない。見方を変えれば、道はいくつでも開ける。


「他人の尺度で自分を測るのではなく、自分の尺度で世界を測って良い。」

その思いが、彼の中に根付き始めていた。


「……中途半端でもいい。僕は、僕のやり方で戦う」


レイは徐々に動かせなかった腕が治りはじめ、対魔盾を持てるようになってきていたが、対魔盾をもう持つことはなかった。


レイの変化に、エイデンもまた影響を受けていた。

炎の魔術しか知らなかった彼は、レイに魔剣の扱いを学び始める。

やがて彼もまた、魔術と剣を併せ持つ者――魔戦士としての新たな一歩を踏み出していく。




「災魔の巣窟」

災魔は複数の結界によって封じられていた。だが最近になって、封じきれず漏れ出す量が増えている。


そしてある日、ひとつの結界の内部に、かつてないほど巨大な災魔が出現した。

放っておけば結界ごと区画が崩壊し、災魔があふれ出す。事態は目前の危機に迫っていた。


応急処置としてとられたのは、奴隷の大量投入だった。

まるで湯水のごとく、次々に奴隷が送り込まれていく。徴収された者は誰一人、戻ってこない。

まるで蒸発する水のように、ただ数だけが減っていった。


炎の国の軍も、魔導軍の派遣を検討はしていた。

だが、その“巨大災魔”のあまりの強さに、大きな損耗が出ることを恐れていた。

“まず奴隷を使い切ってから”という暗黙の方針が、国の冷酷な姿勢を物語っていた。


奴隷たちに課された労役は、こうだ。

──日没までに災魔の巣窟を突破し、その先の結界まで到達できれば、自由を与える。


だがそれは、“絶望の免罪符”でしかなかった。

巣窟は災魔が蠢く地獄であり、生きて抜けられる可能性など、ほとんど皆無に等しい。


そして、ついにレイとエイデンにもその番が巡ってきた。


結界の扉が閉じられ、彼らは巣窟の入り口に投げ込まれる。

他の奴隷たちとともに進むが、災魔の群れがすぐに襲いかかる。

逃げ場もなく、仲間は次々と死んでいく。

まるでこの場所そのものが、生け贄のために用意された“災魔の食卓”だった。




『巨大な災魔』

レイとエイデンは、互いに背中を預けながら戦い続けた。いつしか、生き残っていたのは二人だけとなっていた。

災魔の巣窟を進んだ彼らは、やがて中心部──この区画の最深部に到達する。そこには、他とは比べものにならない巨大な災魔が結界の中に鎮座していた。

戦いが始まる。炎の魔術だけでは歯が立たず、レイとエイデンは焦りを見せ始める。二人は魔剣と魔術を重ね、渾身の一撃を放つ。しかし災魔は倒れなかった。

それどころか、その魔力を押し返し、彼らを吹き飛ばす。

「このままじゃ、押し切られる……!」


レイは苦し紛れに、長らく使っていなかった風の魔術を試す。レイの風とエイデンの炎と交じり合い、強烈な業火の暴風となり、災魔の動きを食い止め始める。

その時、遠くの道の片隅で石像化していた風の精霊が、レイの風の魔力を感じ取り石像の眠りから目覚め、空へと舞い上がる。

風の精霊は衛兵に奪われていた魔力の粒石を奪い返し、彼のもとに戻ってきた。

「どこにいたんだ……!」

「すまない。お前の気配を、ずっと探していたんだ。」


その刹那、風の粒石がレイの魔剣の柄に嵌まり蒼い光を放つ。するとレイの魔剣は一気に魔力を放出。それはレイとエイデンの炎に混ざり温度が急速に上がっていく。

温度の上昇は留まるところを知らず、赤い炎はみるみるその色を徐々に変え、そして、伝承の魔術──「蒼き炎」が姿をあらわした。

蒼き炎が災魔を包み込み、ついにその巨体が倒れる。

だが蒼き炎の制御はまだレイには困難だった。災魔が一瞬の隙をつき、最期の一撃がエイデンを襲い、彼は膝をつく。

災魔は倒したが、エイデンは傷を負ってしまった。



巣窟を抜け、森にたどり着いたとき、空はすでに赤く染まりかけていた。

日が沈むまでに結界の門へと辿り着けば、奴隷から解放される──だが、エイデンは深く傷を負っていた。

「私の足では……間に合わない。レイ、君だけでも”自由”を掴んでくれ」

「なにを言ってるんだ。諦めてはだめだ!」


エイデンは微笑み、首を振った。

「・・・いいんだ。私は偽りの自由を捨てて、今ここにいる。私の罪は深く、まだ償い切れてはいないのだと思う。」

夕陽が沈みかけていた。


「君だけなら、間に合う。走れ。自由を手に入れろ」


レイは拳を握りしめた後、静かに言った。


「……必ず迎えに来る。それまで待っていてくれ」


エイデンはうなずき、息を整えた。


「……ああ、待っている。レイ。──”創造と終焉に至る者”よ」




『自由の選択』

日が沈む寸前、レイは結界の門にたどり着いた。

門を守る衛兵たちは、ただ一人、生きて戻ったレイを見て驚いた表情を浮かべる。そして、そのうちの一人が厳めしい声で言った。

「まさか生きてここまで辿り着く者がいるとはな。……お前には免罪符を与えよう。これで、お前は自由の身だ。火の国の王都へ向かう道は、東の街道をまっすぐ行け」

レイはうなずいた後、こう告げた。


「……まだ、あの中にひとり残っています。エイデンという者です。彼もまだ生きています。助けてやってください。そして彼にも自由を──」


だが衛兵は鼻を鳴らし、嘲るように言い放つ。


「奴隷の分際で、ずいぶんと図々しいことを言うな。

助けには行ってやるが、解放は無理だ。規則だ。

奴隷ごときに、本来“自由”などあり得ん」


その言葉に、レイは拳を握りしめた。怒りを押し殺し、唇を噛みしめたまま、無言で門を後にする。


(エイデン……待っていてくれ。いつか必ず、助けに行く)


そう心に誓いながら、レイは街道の分岐にたどり着く。


片方は王都へと続く道──自身がつかみ取った自由への道。しかし、レイはその道を選ばなかった。

彼は懐から取り出した免罪符を見つめる。そして、それを自らの炎の魔術で燃やし始めた。

だが、どれほど怒りを込めても──あの時のような“蒼き炎”は発動しなかった。


蒼き炎は、レイ一人の力ではなく、エイデンと共にあったからこそ生まれたものだった。


「……どうするつもりだ?」と、そばにいた風の精霊が問いかける。


「光の世界へ行く」とレイは答えた。


かつて光の国と呼ばれたその地には、炎の国に対抗しようとする反抗勢力が存在している──エイデンがそう話していたことを思い出していた。

亡くなる前、ストラも言っていた。

「……行くあてがなくなったら、光の世界にいるナディアという魔導士を訪ねなさい。きっと、あなたを助けてくれる……」

レイはその地で、反乱の力となる道を選ぶ。自由の名を騙る支配に抗うために。


そして、ふと思う。

風と炎の魔力が交じり合ったときに生じた、あの“相乗効果”──

それは偶然だったのか?

それとも、魔力の本質にある何か──まだ知らぬ法則なのか?


(……光の魔術を学べば、何か分かるかもしれない)


彼はその時、まだ気付いていなかった。それが何を表すのかを。

彼の視線の先には、日が沈みゆく西の空が、夕焼けに赤く染まって広がっていた。


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