第3部 交差の魔導士 外伝(無限と共に) ep.3 天空の都
『天空の都』
ソラとアグネウスは中心大地の門を開く。
中央大地の中央に巨大塔神殿が見える。
二人が足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。
無数の精霊たちが、雲の裂け目から、回廊の奥から、塔の影から姿を現す。
次の瞬間、精霊の群れが雪崩のように襲いかかってきた。
「歓迎、というわけではなさそうね」
アグネウスが短く呟く。
精霊を薙ぎ払い、道を切り拓きながら、塔神殿へと突入する。
だが、彼女らの後ろを中央大地の全精霊たち追いかけてくる。
数万の精霊に対し、アグネスは王たちから奪い取った4つの結晶を自分の周囲に展開する。
「ここは私が食い止める。ソラ、頂上に急げ。切り抜けられたなら……必ず、後を追う」
「あなたがいてくれたから、ここまで来れた。一人だったら、きっと立ち止まっていた。」
「そう言われるのは、悪くないな。急げ、ソラ。そしてこの世界の異変の謎に、片を付けてくれ。」
ソラは頷き、駆け出した。
『内なる世界、外なる世界』
天空の都の頂上。
最後の扉を押し開いた先に、ソラが見たものは――玉座でも、裁きの場でもなかった。
そこにあったのは、広大な空間いっぱいに敷き詰められた世界図の絨毯。
山脈、海、都、谷。ソラが旅してきたすべての場所が、精緻な刺繍として織り込まれている。
その中央で――幼いドラゴンが、床に座り込み、魔力の粒子を「コマ」のように転がしていた。
あまりにも静かで、あまりにも無防備な――孤独な子供の子供部屋だった。
空間の上方から、無数の魔の粒子の光が降り注ぐ。
人々の願いだった。
「助けてほしい」
「苦しみをなくして」
「幸せになりたい」
願いは魔の粒石を通じて、この部屋に届き、実体を持つ。
幼いドラゴンは、それを一つひとつ拾い上げ、目をときめかせて眺めていた。
「……そうかい。そんなに、みんな困っているんだね」
小さな手で、世界図の上の魔力配置を動かす。
「大丈夫だよ。僕が助けてあげる。不幸なのは、独りぼっちの僕だけで十分なんだ」
だが、指先が止まる。
「あ……」
絨毯の一角が、黒ずんだ。
「どうして……? 魔力を動かしたら、またこれらの谷に、不幸が溜まって……」
そこは、"解脱の谷"。
そして、メビウスの領地、"吹き溜まり谷" だった。
その光景を見た瞬間、ソラの胸に、抑えきれない怒りが込み上げた。
「――お前、そこで何をやっている!」
幼いドラゴンは、びくりと肩を震わせる。
「え……? 何って……みんなを助けてるんだよ」
怯えたように、それでも必死に言い返す。
ソラはドラゴンの行為を止めるべく、戦いを挑む。
「僕は寂しいんだ。でも、みんなの願いを聞いているときだけは、独りじゃない。僕の唯一の楽しみを奪わないで!」
幼いドラゴンは巨大なドラゴンへと変貌を遂げ、ソラに襲ってくる。
魔力がぶつかるたび、世界図の絨毯が軋み、裂ける。各地で、山が崩れ、海が荒れ、都が揺れる。
世界は、悲鳴を上げていた。
ソラは怒りに震えていた。
「お前のせいで、メビウスは・・・。」
その怒りと悲しみ、願いが、ソラの "魔力の結晶" を通じて、幼いドラゴンの心に流れ込む。
「……あ……」
ドラゴンの瞳が、揺れた。
「僕……僕は……なんてことを……。ごめんなさい……。
僕は……僕を、許せない……」
巨大なドラゴンは小さな幼いドラゴンに戻り、世界図の絨毯が、音を立てて崩れ始める。
自己崩壊する創造者。
その身体も、光となって崩れ、深淵へと落ちていく。
だがソラは、落下する幼いドラゴンに、手を伸ばす。
かつて孤児だった自分自身を重ねながら。
「まだ、終わらせない。死なせない。私と一緒に、世界を立て直すの」
二つの存在が、重なった。
ソラの魔力の結晶が共鳴し、究極魔力が昇華する。
崩壊しかけた世界は、静かに縫い直されていった。
ドラゴンの実体は、温もりを求めるように、ソラの内側へと消えていた――。
その奥底で、幼い声が響く。
「許しては、もらえないかもしれない。でも……ここに、いさせて。ここなら、もう寂しくないと思うから。」
ソラは、目を閉じた。
「分ったわ・・・。」
(メビウス……私には、私自身や、この幼いドラゴンを、許せる日が来るのだろうか)
ーー 敵は私に宿り、私は敵に宿っていた。
私の外なる世界は内なる世界となり、内なる世界は外なる世界となった ーー
こうして、幼いドラゴンはソラの中に消えた。
アグネウスが、傷つきながらもソラのもとへ辿り着いてきた。
息を整えソラに尋ねる。
「……片は付いたのか」
ソラは頷く。
「ええ。……終わったわ」
アグネウスは、短く息を吐いた。
「結局――“創造者”はどうなったんだ。」
ソラは、自分の心の奥底に答えるように言う。
「もう、この場所にはいない。孤独で小さな存在だった。まるで、かつての私のように……。」
「そうか……。」
二人は天空の頂上を後にした。
崩れた「世界図の絨毯」の後には、ソラの "魔力の結晶" が置かれていた ―――。
『時の旅人』
その後、ソラはメビウスの意志を継ぎ、荒野の開拓に従事する。
中央大地の塔神殿は "風の妖精" に守りを託した。
ある夕暮れのこと。
作業の手を止め、ふと顔を上げたソラは、
沈みゆく夕日に照らされ、巨大な崖の岩肌に、淡い光の文様が浮かび上がっていた。
それはまるで、あの幼いドラゴンが成長した後の姿のように見えた。
それはソラの中に眠るドラゴンが、感謝を込めて描いた、あるいは大地の記憶が刻んだ、優しき守護の印のようだった。
――そのとき。
背後から足音が聞こえた。
振り返ると、旅装を整えたアグネウスが立っていた。
「旅に出るの?」
ソラの問いに、アグネウスは頷く。
「ええ。私が求めていることは、まだ他にあるみたいだから」
「ところで、アグネス。また随分と大きな魔力を溜め込んでいるみたいだけど……あなたは一体、何者なの?
せめて、本当の名前くらいは教えてほしいわ」
アグネウスは静かに笑みを浮かべ言う。
「この魔力は私が旅をするのにどうしても必要なの。
私の本当の名前は―― ニース。
私の正体は…… “時の旅人”、とでも言っておこうかしら。」
ソラは、その名を心の中で反芻する。
「ニース……。どこかで聞いたような……、素敵な名前ね。」
「また会いましょう、ソラ。きっと……いえ、必ず」
「ええ」
二人は、再会を誓い、それぞれの道へと歩き出した。




