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交差の魔導士  作者: オズ
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第3部 交差の魔導士 外伝(無限と共に) ep.1 無限の始まり

― 交差の魔導士 外伝(無限と共に) ―



『無限の始まり』

ソラは、ついにレイが生まれ育った世界へと辿り着いた。

だが、そこに広がっていたのは、レイが語ってくれた「美しい故郷」とはあまりにもかけ離れた光景だった。

大地、風は乾き、かつて人の営みがあった痕跡は、灰色の廃墟として沈黙している。


「……これが……」


ソラの後ろを、風の妖精が漂う。

妖精は歩くたびに、わずかな魔力を大地へと落とし、干上がった土にかすかな潤いを残していく。


だが、ソラ自身は、限界に近かった。

絶望の荒野を越え、心も身体も削られ、視界が揺れる。


そのときだった。

大地の裂け目から、歪んだ影がいくつも這い出す。

負の災魔――この地を蝕んでいた魔力の負の形。

「……っ!」

ソラは魔力を振るおうにも、意識が定まらなない。

しかし、ソラを助けるものがいた。その者は魔力の粒石で災魔たちを追い払う。


「気を付けて。この辺りは負の災魔が多いから。」

ソラはその聞き覚えのある懐かしい声に安堵し、意識を失う。


「……レイ……」


ソラは目を覚ますと、ある部屋の寝台にいた。

そして、目の前にいる――青年を見て呟く。

「……レイ…… 戻って、きてくれたの……?」


青年は、少し驚いたように目を瞬かせ、やがて穏やかに言った。

「……レイ?すまない、違う。私の名はメビウスだ」


その微笑みも、佇まいも、似ている。だが、違っていた。


「君は、絶望の荒野を越えてきたようだね。ともあれ――この "吹き溜まり" の谷へ、ようこそ」


メビウス――

彼は、この荒れ果てた土地の領主だった。

領主とは名ばかりで、従者が僅かにいる程度だった。

だが彼は、この地がなぜ死んでしまったのか、日夜研究を続けていた。


ある夜。研究机に伏したまま眠ってしまったメビウスを見つける。

ソラはメビウスに掛けてあげる毛布が無いか、辺りを見渡すが見当たらなかった。

近くにあったメビウスの使い古された外套が目に付いた。

その襟首にある "中心が渦を巻く交差の刻印" がふと目に留まる。

ソラは我に返り、その外套を彼にそっと掛けてあげる。


レイの面影を偲び、ソラはしばらくメビウスを眺めているのだった。


メビウスは夜の途中で目を覚ます。


メビウスは自分に掛けられている外套に気づき、周囲を見回す。

そこには、椅子で自分を見守るように眠っているソラがいた。


彼は、彼女を静かに近くの寝台に運び、自分にかけられていた外套をソラへの掛け直す。

「ごめんよ。こんなものしか掛けてあげられなくって」


ソラの体調の回復には、まだ時間が掛かりそうだった。


メビウスは領主として、「豊作の都」へ赴かなければならない時期がやってきた。

そこでは、物事は多数決によって決められる。


「無理はしないでくれ。この谷で、ゆっくり休むといい」


ソラにそう言い残し、メビウスは一人の従者を伴って旅立つ。荒れた世界に残る、わずかな希望を胸に。

そんな彼の背を見送るソラ。


円環は、もう一度、静かに回り始めようとしていた。




『砂上の楼閣』

この世界の人々は、自らは魔力を使うことは出来ず、代わりに、魔力の粒石に祈りを込める。

そうして魔力を発動させていた。


作物が実りますように。

水が枯れませんように。

明日が、今日より少し楽になりますように。


粒石は祈りを受け取り、奇跡をもたらす。

畑は潤い、井戸は満ちる。


だが、その代価を、誰も数えようとする者は少なかった。


メビウスは、領主として「豊作の都」へ向かっていた。

かつては痩せた農村に過ぎなかったと言われるこの都は、今や異様なほどの繁栄を見せている。

倉庫には穀物が溢れ、井戸は昼夜を問わず水を吐き出し、市場には物と笑顔が満ちていた。


しかし、その光景は一方でどこか歪だった。


あぜ道には、食べきれなかった野菜が無造作に捨てられている。

まだ青いままの果実が、踏み荒らされ、腐り始めていた。

人々は日が高いうちから酒をあおり、「明日もまた粒石があるさ」と笑い合う。


メビウスは、足を止めた。

空気に満ちる力の流れが、肌を刺す。それは自然な循環ではなかった。

「魔力が引き剥がされている。」


しばらく都の周りを巡り、様子を観察するメビウス。

胸の内に違和感を抱いたまま、領主会合へと向かう。



会合は、円卓を囲む形で行われていた。

一人の領主が言う。

「もっと楽に作物を育てたい、粒石を使った自動耕作の拡充を求める声が、非常に多い」

別の領主が続ける。

「隣の都では、新たに移住者へ粒石の配布を始めたそうだ。人が流れれば国も潤う。我々も、何らかの手を打たねばならないだろう」

声は穏やかだが、焦りが滲んでいる。誰もが“遅れること”を恐れていた。


メビウスは、黙って聞いていた。

そして、静かに立ち上がる。

粗末な外套。華やかな席には、あまりに場違いな姿だった。

彼は、用意してきた紙束を円卓に配る。

「見てほしい。粒石の発行量と、井戸の水位低下率だ。完全に比例している。

 これは偶然じゃない。我々は“魔力を使っている”んじゃない。未来を前借りしている。

 これ以上続ければ、来年には井戸の水は砂に変わる。畑は砂となり、戻らない」


ある領主が、苦笑した。

「少し大げさではないか?民は今、満足している。不安を煽るのは、統治者の役目ではないだろう」

メビウスは首を振る。

「満足は、永続の証明じゃない。粒石の正体を調べ、正しく使うべきだ。でなければ、この繁栄は――砂上の楼閣だ」


―沈黙―


だが、メビウスへの賛同の声は上がらなかった。

否定はされない。ただ、選ばれない。


場の空気を察し、王が立ち上がる。

「今日は、ここまでにしよう。メビウスの意見も、確かに一理ある。各々、持ち帰ってよく考えてほしい」

その言葉に、誰も異を唱えなかった。

会合は、そのまま終わる。


メビウスは王を見る。

王はメビウスに静かに微笑みを返すが、その眼差しには、迷いと苦悩が伺えた。

この世界は、民主によって成り立っている。

王といえど、多数の声を無視することはできない。

しかし、「正しさ」と「選ばれること」は、必ずしも同じ道とは限らない。


メビウスは、王に深く一礼した。


外へ出ると、豊作の都は、相変わらず明るかった。

笑い声と、溢れる酒と、尽きぬ欲望。


その繁栄の "砂上の楼閣" に、波は静かに忍び寄っていた。




『魔力の反動』

その後、

都に点在して設えられていた魔力の粒石――

人々の祈りを集め、豊穣をもたらしてきた粒石が、忽然と姿を消す事件が起きた。

「誰が盗んだ? 誰が、この都の恵みを奪った?」

そして、人々の疑いの目は、都の周囲を巡り、誰よりも丹念に魔力の状態を調べていた人物へと向けられた。

――「吹き溜まりの谷」の領主、メビウス。


その夜、メビウスが宿泊していた宿に兵たちが踏み込んできた。

部屋を改めた結果、盗まれたはずの魔力の粒石が、いくつも見つかる。

メビウスは弁明する間もなく連行され、牢へと入れられた。


夜更け、王が密かに牢を訪れた。

「……身に覚えはあるのか」


「ありません。」


王は小さく息を吐く。

「やはりな。誰かが、君を“邪魔だ”と思ったのだろう。

 必ず、出してやる。時間はかかるかもしれないが……しばらく辛抱してくれ。」


メビウスは静かにうなずいた。


その夜、王都に異変が起きた。

地鳴りとともに、巨大な魔力が暴走し、都全体を揺るがす災害となって襲いかかったのだ。

牢も崩れ、看守たちは混乱の中に散っていく。


メビウスは瓦礫を踏み越え、外へと出た。

そこには巨大な負の魔力が猛威を振う光景が広がっていた。


「あの正体を知らなければならない。」


メビウスは恐れずに負の魔力の中心部に向かおうとする。

「待て! 逃げるつもりか!」

背後から、看守の声が飛ぶ。

「メビウス様!」

別の方向から、声がした。


従者だった。メビウスを心配して牢まで駆けつけて来ていたのだった。

メビウスは従者に言う。

「私は、あの負の魔力の正体を確かめに行く。お前は谷に戻り、皆に、ここで起きたことをすべて伝えてほしい。」

「くれぐれもお気を付けて。どうか無茶だけは・・・。」

メビウスは無言で頷くと、巨大な負の魔力の渦へと向かっていった。

その瞬間、その身体は、渦の中へと飲み込まれた。

従者は必死に主の姿を目で追う。だが、そこにメビウスの姿は、もうなかった。




『豊作の都へ』

メビウスの領地へ戻った従者から、事の次第を聞いたとき、ソラはしばらく言葉を失った。


――メビウスが陰謀に陥れられ、消息を絶ったこと。

――豊作の都で起きた魔力災害。

――そして、この世界そのものが抱える、歪み。


「……私も、行くわ」


メビウスの行方を追うため。そして、この世界で何が起きているのかを知るため。ソラは旅立ちの決意を固める。


まず目指すのは、事の発端――豊作の都。



豊作の都に辿り着いたソラが目にしたのは、異様な光景だった。


かつて溢れていたであろう作物や品々が、無造作に打ち捨てられている。

豊穣の名残は確かにあったが、穀倉地は負の魔力に侵され、街並みも半ば崩壊していた。

過剰な豊かさに身体を重くした人々を、負の災魔たちが容赦なく襲っている。

負の魔力の猛威は、いまだ収まっていなかった。


混乱の中、王の兵士たちは、力の衰えた魔力の粒石だけを頼りに必死に応戦していた。

だが、その戦線は明らかに押されている。


ソラはその状況を救うべく、自らの魔力を解き放ち、負の災魔たちを打ち払う。

ソラの魔力の結晶が輝き、風の妖精が舞う。


人々は、ただ息を呑んでその光景を見つめていた。


――救世主。


誰かもがそう思っていた。


戦いが収まったあと、豊作の王は、ソラの手を強く握った。

「ありがとう……本当に、ありがとう。君が、メビウスの言っていた、"交差の魔導士" ですね。」

王は、メビウスからソラのことは聞いていたという。

「絶望の荒野を越えてきた彼女を助け、保護したメビウスにも感謝しなければならない。彼は正しかった。」

王は、メビウスを批判していた領主たちを前に、毅然と言い放った。


こうして、ソラは豊作の王と知己を得る。

その後の会話の中で、謎の魔女の名を口にした。


――魔導士アグネウス。


アグネウスは、ソラと同じく、魔力の粒石に頼らず、自らの魔力を操る異端の存在。極めて強力な力を有しているという。

「各地の王が持つ4つの強力な "魔力の結晶" を合わせた力には、まだ及ばぬ。

……だが、彼女はさらに力を求め、各地で魔力を集めていると噂されている」

メビウスの領地で起きていた魔力の減少も、その影響ではないか。そんな疑念が、王の口から語られた。

王たちは連携を強め、アグネウスを警戒している。表立った対立こそないものの、水面下では緊張が続いていた。

「災害の混乱の中で、アグネウスらしき人物を見た、という報告が入っている」

この災害も、彼女の仕業ではないか――王はそう考えているようだった。

「……アグネウスは、忘却の都へ向かったという情報もある。あなたなら、彼女の企みを暴けるかもしれない」

王の言葉には、期待と同時に、どこか切実な色が滲んでいた。


ソラは呟く。

「私と同じ存在……アグネウスとは何者なのか。」


「忘却の都へ、行きます」

こうして、ソラの次なる旅路が定まった。




『忘却の都』

忘却の都は、静かだった。

危険はなく、争いもなく、人々の表情は穏やかだ。

だがソラは、都に足を踏み入れた瞬間から、違和感を覚えていた。


街の至る所に立つ、磨き上げられた魔法の鏡。そこには、常に優しい声が映し出されている。


――「あなたは間違っていない」

――「何も心配しなくていい」

――「今のままで、十分だ」


人々は足を止め、鏡を覗き込み、その言葉に身を委ねていた。


不安や恐怖、後悔や痛み。それらを和らげ、やがて完全に消し去る魔法が、この都には行き渡っている。

昨日、誰を失ったのか。明日、何が起きるのか。そんなことを考える者はいない。


「今、この瞬間が心地よければ、それでいい」


その安らぎに、人々は溺れていた。


路地裏には、魔法によって作られた快楽の "魔薬" が流通し、負債や失敗、過去そのものを“感じなくなる”術式が売買されている。

未来の話をすれば、誰もが笑って首を振った。


「考えても仕方ないでしょう?」

「どうせ、何とかなるわ」

「嫌な話は、忘れさせてよ」


ソラは、その笑顔の奥に、空洞のようなものを見た。


王宮で、ソラは忘却の都の王と対面する。

王は穏やかな人物だった。表情は柔らかく、幸せそうだった。


ソラは、胸に溜めていた疑問をぶつけた。

「……これは、本当に正しいことなんですか。忘れることで、先送りにしているだけではないのですか?」


王は少しだけ目を伏せ、やがて静かに答えた。

「君の言いたいことは分かる。だがね――」

王は窓の外、穏やかな街並みを見渡す。

「民は“知りたくない”と選んだ。恐怖も、痛みも、背負いきれない現実も。それを忘れたいと願い、その結果として、私はここにいる」

王はソラを見据えて続けた。

「解決策のない真実を突きつけることが、果たして善だろうか。

 救えぬ苦しみを与えるより、穏やかな時間を与えることも、また一つの慈悲だと、私は思っている」

それは民の願いに忠実であろうとする、一つの誠実な論理でもあった。


ソラにも否定しきれなかった。



その夜。


ソラは、都の外れで異変を目撃する。空気が歪み、巨大な魔力が渦を巻く。

その渦の中心に立っていたのは――アグネウスだった。

彼女は圧倒的な魔力を発動させ、都全体を覆っていた忘却の力に干渉する。


次の瞬間。

忘却の都を支えていた魔力が、音を立てて崩れ落ちた。

人々は、一斉に“思い出す”。


昨日捨てた、処理しきれなかったゴミの山。

忘れたはずの、死んだ家族の顔。

積み上がった債務と、逃げ続けた責任。


悲鳴と絶叫が、都を満たした。


さらに、力を失った魔力の粒石から、負の災魔が溢れ出す。

それまで快楽を与えていた魔力は、今度は人々を縛り、支配し始めた。


「夢を見た分、代償を払え」


そう告げるかのように。


忘却の魔力を消し去った、アグネウスは膝をつき、荒い息を吐いていた。

ソラは彼女を捕まえようとするが、アグネウスは何も言わず、姿を消した。


残されたのは、崩壊する都と、人々の叫びだけだった。

ソラは、負の災魔の討伐に奔走する。

だが心の中では、疑念が渦巻いていた。


アグネウスは、本当に敵なのか。

彼女は、ただ破壊したかったのか。

それとも――何かを壊さねばならなかったのか。


しばらくの後、新たな知らせが広まる。

「虚飾の都で、魔力の異変が起きた」


「……アグネウス」

答えを求めるように、ソラは次の都へと向かった。


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