第3部 交差の魔導士 外伝(存在を超えて) ep.2 交錯する真と虚
『交錯する真と虚』
戦場を後にしたセリス。
だがその胸には深い葛藤が渦巻いていた。
彼は守れなかったクリスティナを思い出し、苦悩する。
「私は……何も守れないのか。」
かつてのエリオスの言葉が蘇る。
――自分がやりたいことをすればいい。 決めるのは他人ではなく、自分自身なのだから。
セリスは逃亡をやめ、来た道を引き返す。
「見捨てることは出来ない。失いたくない。皆を守り、必ず生き延びて再起する――それが私の道。」
鬼神のごとき力で討伐軍を打ち破り、仲間たちのもとへと辿り着いたセリス。彼は軍勢を押し返しながら叫ぶ。
「ソラはどこに!」
「敵本隊との前衛に……ですが、前衛は壊滅寸前です!」
セリスは討伐軍本隊へと突進する。そこにはソラを倒し、捕らえた真の筆頭魔導士ルナの姿があった。
セリスとルナの視線が交わるその瞬間――
"影のセリス" を介して、セリスとルナの二人の心に衝撃が走る。
"影のセリス" の心は大きく動揺。後悔、罪悪感、切ない恋心、全てが入り混じり、彼の "非存在" は揺らぎ始める。
それは存在世界に伝播し、かつて、消し去ったはずのセリスとルナの悲壮な対決、その断片が二人に伝播する。
「私は、知らないどこかで彼女に、何か取り返しのつかない過ちを犯してしまったのか。」
理由も分からぬ深い後悔と切なさに襲われるセリス。
一方のルナも激しく動揺していた。理由も分からない大きな悲しみと切なさに襲われている。
「彼と私の間で、一体何が・・・。」
二人の脳裏に、別の世界線での運命の戦いの断片が降り注ぐ。
ルナは思いを振り切り、セリスに突進してくる。
だがセリスは戦意を失い、動けない。
「私は……存在してはいけない……」
そんな声が心に木霊する。
ソラは真の魔導士たちに連れ去られていく。
セリスは膝をつき、ルナにやられようとする瞬間 ――― 強力な虚の魔力が二人の間に割って入った。
アイラだった。
アイラの胸にもルナとセリスを見た瞬間、理由も分からない悲しみ、失意とともに、その心に熱い闘志が込み上げてくる。
その感情の高ぶりに大きく動揺するアイラ。
インフィニスが周りの敵を一手に引き受けて、アイラに言う。
「さあ、過去に決着を」
我に返るアイラ
「ありがとう、インフィニス。ここまで導いてくれて。」
アイラとルナの再戦が始まった。
アイラはルナに一歩も引かず互角の戦いを繰り広げる。
戦局の膠着を悟ったルナは、撤退を決意。討伐軍とともに引く。
アイラとインフィニスは討伐軍の追撃より、セリスや残ったレジスタンスの手当に回ることを優先する。
レジスタンスに加わったアイラとインフィニス。
だがアイラの胸には、なぜかセリスへの異様な関心が募っていた。なにかの運命なのか。
インフィニスはそれを察し、ためらいながら言う。
「彼のことが気になるのなら……私のことは……」
アイラは遮り、真剣な眼差しで答える。
「彼のことは大切に思えるけれど、私はあなたのほうが大切。だめかな・・・。」
インフィニスは微笑み、静かに頷く。
「大切なものがたくさんあるのは、幸せなことだ。君が幸せでいてくれるなら、私はそれだけでいい」
アイラやインフィニスとの出会いにより、セリスは絶望から一歩立ち直りつつあった。
だがその苦悩は、まだ完全に癒えきるものではなかった。
『罪と目覚め』
一方、退却したルナ。
反乱を鎮圧した後、捕らえられた人々が奴隷として扱われ、魔力供給の労役を強いられている現状を目の当たりにする。
前々から真の王のやり方に疑念を抱いていたルナの胸には、重苦しいものが広がっていった。
ルナはセリスから感じた罪悪感と同じ罪悪感を感じ続けていた。
そして、捕縛したソラから、ソラの素性とソラの世界の現状を知らされる。この世界の過剰な魔力摂取がソラの世界を崩壊させようとしていると。
ルナは決心を固める。セリスに協力し、彼と共にこの罪悪感を払拭しなければならない。
ルナはソラとともに、密かに真の陣営から離脱し、レジスタンスのもとを目指す。
『泉の誓い』
レジスタンスは、アイラとインフィニスの参入により再び体制を立て直しつつあった。
虚の筆頭魔導士アイラがレジスタンスと手を組み、反旗のために立ち上がったことは両世界の全土に伝播する。
進軍を続けるレジスタンスは、やがてかつてのセリス、ルナ、アイラが出会っていた小さな街にたどり着く。
ちょうどその地で、ソラとルナがレジスタンスに合流した。
その街の圧政からの解放はほぼが完了しつつある。
だが、セリス、ルナ、アイラその街の外れにある「聖なる石」に三人は足を止め、無言のまま立ち尽くす。
その時、敵の残党の攻撃の余波が「聖なる石」に降り注ぐ。その石が壊されようとした瞬間、その攻撃はなぜか消え去ってしまう。
攻撃を消し去ったのは"影"セリスであった。
"影"セリスは自身の行為に葛藤する。
「私は、かつての私を消し去るのではなかったのか。」
その瞬間、三人の友情の誓いを込めて、「聖なる石」の上で魔石を分かつ三人の姿が一瞬脳裏に浮かぶ。
三人が聖なる石を覗き込むとき、一瞬だけ石面に映る今とは違う別の自分たちの姿。
三人の胸に、かつて確かにどこかで「三人が共に幸せであった」記憶の断片が閃光のように流れ込んでいた。
沈黙を破ってルナが言う。
「私たちの知らないところで、何があったのかは分からない。けれど……悔いに縛られるより、これからどう生きるかのほうが大切だと思うの」
その言葉に、セリスの胸に重くのしかかっていた苦悩が、ほどけていく。
『決戦』
レジスタンスはついに、真王の魔導軍との決戦を迎えた。
幾重もの魔法が飛び交う激戦が続いた。
そして、ついにセリスたちは真王を追い詰め、勝利を手中に収めたかに見えた――その瞬間。
強力な魔力がそれを阻む。
陰王エレオスだった。
「なぜ……あなたがここに?」ソラの声が震える。
真王は冷然と告げる。
「私が世界の全ての国を支配し、彼が世界の全ての魔力を支配する。そういう取り決めとなった。」
驚愕するセリス、ソラ、インフィニス。
セリスがエレオスに問いただす。
「なぜそんなことをするんです。」
逆にエレオスはセリスに詰問する。
「なぜ、約束の日に来なかった。」
「それは・・・」
セリスは返答に窮し、言葉は続かなかった。
インフィニスがエレオスに食下がる。
「なぜなんです!」
「話したところで、情を捨てられぬお前たちが、納得することはない。お前たちの理解など求めていない。
私は私のためだけに戦っている。私の道を阻む者は、誰であろうと排除する。」
「あなたは・・・、間違っている。」インフィニスは拳を握りしめながら呟く。
「・・・あなたはもう、かつて私が師と仰いだあなたではないのですね・・・。ならば、私もあなたを止める。これ以上、悲しみを生ませないために。」
セリスはクリスティナを思い浮かべながら、エレオスと対決する意思を固めた。
陰王エレオスとの、運命の戦いが始まった。
『"非存在" の力』
セリスたちは、真王とエレオスの圧倒的な攻撃の前に追い詰められていた。
だがその時、真王の魔力がふと怯む。
――"影のセリス" が、残りわずかな力を振り絞り、真王の魔力の一部を消し去ったのだ。
その一瞬の隙を突き、セリスたちはついに真王を討ち倒す。
エレオスはその光景を目にし、低く呟いた。
「……妙だ。"存在" が見えない何かがいるようだ・・・。」
エレオスは膨大な魔力供給を受け、究極魔力の発動に迫っていた。
だがその裏で、"影のセリス" が非存在の力をもって魔力を打ち消そうと必死に抗っていた。
やがて限界は訪れる。
"影のセリス" の力は尽きかけ、逆にエレオスの魔力は勢いを増す。
そしてエレオスの魔力は極限にまで高まり、究極魔力が発動した。
奔流のごとき魔力が、セリスと仲間たちを飲み込み、圧し潰されそうになる。
その刹那――
セリスの耳に、澄んだ修道女の声が響く。
――― 目を覚ますのです ―――
――― 消え去ったものは、無くなってはいません ―――
セリスの胸のロザリオが、影のセリスと共鳴し、光を放っていた。
「クリスティナ!」
セリスは自身が過去に持っていた、それまで目を背けていた負の魔力の中心、"非存在の力" が充足されているのに気づく。
"影のセリス" が消し続けていたエレオスの魔力供給は無くなった訳ではなく、 "非存在の力" へと形を変え、セリスに蓄積されていたのだった。
その "非存在の力" ――― 消え去り、非存在となった人たち、
クリスティナ、寺院の孤児たち、老人たち、多くの人たちがセリスを振り返っている光景が浮かぶ。
そして、なぜかその中に「もう一人の自分」がいて、振り返っている。
虐げられ搾取された多くの人々――消え去った人々の想いと魔力が集まり、セリスと仲間たちの力と融合する。
その未知なる魔力は、エレオスの究極魔力に立ち向かう。
セリスは感じていた。
「究極など……存在しない!」
その未知なる魔力はエレオスの究極魔力を超え、エレオスを倒すと、その残光はこの世界から消え去った。
セリスは、息絶えようとするエレオスのもとに駆け寄り、彼を腕に抱き抱える。
無言でエレオスを見つめるセリス。
しばしの無言の中、エレオスはセリスの背後にいる "影のセリス" に気づく。
「お前は・・・そうか・・・そういう世界があるんだな・・・。」
エレオスは、なぜセリスが約束の日に来れなかったのか、分かった気がしていた。
約束の日にエレオスと会い、彼の計画に従ったセリスは後悔するのではないかと。
そしてエレオスの計画に従い、悔いを残したセリスが今、 "影のセリス" として目の前にいて、立ちはだかっているのだと。
「世界は、想像を超えて豊かなものだったんだな・・・。ありがとう、セリス・・・。」
そう言い残し、エレオスはかつての愛弟子の腕の中で、静かに息絶えた。
『存在を超えて』
戦いの後の静けさの余韻の中
ソラは、かねてから聞きたかった問いの1つを、思い出したかのようにセリスに尋ねる。
「ねえ……この世界の存在の外に、存在しない何かがあると思う? 何かが消え去ることは、何かを生み出す "力" となっているように思えるの・・・。」
―― 非存在 ――
セリスはそのことを考える。
彼は存在しないもう一人の自分の影を感じていた。
エレオスとの約束の日に彼に会い、彼の真意を聞いていたもう一人の自分がいるのではないかという思いに駆られている。
その先には何があったのか・・・。
かつて、セリスを救った日のエレオスの不敵な自信と、優しさに満ちた言葉が脳裏に過ぎる。
「私たちには “見えていない” だけなのかもしれない。
……世界は、想像を超えて多彩で豊かなものなのではないだろうか。
―― 私についてくるといい。必ず、その謎を解き明かしてみせよう。」
同時に、かつて人々に無償の愛を捧げ続けた、クリスティナの声が蘇る。
「そうね・・・。私に残るものは少ないわね・・・。
でも、私が愛を捧げることで、人生を取り戻せる人がいるのなら
―― 私もその人の影で生きていると言えるの。こんな言い方、おこがましいわね・・・。」
しばし感傷に浸ったセリスは答える。
「存在する。存在しない。――その区別は、この広い世界から見れば、私たちの "勝手な区別" に過ぎないのかもしれない。
私たちの枠を取り払ってみた時、新しい何かが見えてくる気がする。
"無" とは、私たちが認識できないものの総称で、本当は多彩で豊かなもの。
つまり、
――― "全ては、どこまでも、あり続けている" ―――
今はだた、そう思えるんだ。」
「……!」
ソラは、自身の問いの核心に触れたような気がした。
その瞬間、セリスとソラは後ろに何かの気配を感じる。慌てて二人は振り返るが、そこには何も見当たらなかった。
彼らには見ることは出来なかったが、その視線の先には "影のセリス" がひっそりと立っていた。
「・・・・もう、ここまででいい。なら行こう、存在の外の世界へ。
―――さようなら、もう一人の私。」
彼は静かに姿を消した。存在を超えた外の世界へと。




