第3部 交差の魔導士 外伝(因果を超えて) ep.4 王の葛藤
『王の葛藤』
トランセスは消えたエレオスの行方を探すよう、ヴァルタスに命じていた。
ヴァルタスは以前から、嫉妬と疑念――そして言葉にし難い不安から、密かにエレオスを調査していた。
残された遺品。
判読不能な謎の古文書。
かつて彼が暮らしていた村に残る、わずかな痕跡。
それらを繋ぎ合わせるうち、ヴァルタスは一つの結論に辿り着く。
――エレオスは、陰の国から来た者。――そして、陰の魔力を有している。
だが、その報告をまとめ終えぬうちに、急報が届いた。
エレオスが、古代遺跡に戻った。
トランセスは取る物も取り敢えず、神殿へ向かおうとする。
そこに、ヴァルタスが立ちはだかった。
「陛下。お待ちください」
「彼は……陰の国の者です。陰の魔力も有しています」
ヴァルタスは、これまで集めた調査のすべてを差し出すように告げた。
「本当か。」
「はい、必ずや、いつの日にか我が国に災いをもたらすでしょう。」
トランセスは、言葉を失い、しばし沈黙した。
トランセスは "エレオス" という名に覚えがあった。
トランセスはかつて、陰の王であった頃のエレオスに一度に会っていた。
そして、エレオスこそが、風貌は変わっていたがかつての陰の王だとの確信に至った。
彼には、今のエレオスの置かれた孤独な立場や、辛い心情が手に取るように理解出来た。
なぜ自分が、エレオスに親しみを覚えていたのか――トランセスは、分かった気がした。
「そういうことだったのか・・・。」
トランセスは、ヴァルタスにその真実を告げることはなかった。ただ、穏やかな声で諭す。
「彼のことは心配しなくて良い、ヴァルタス。私の精神は、"寛容" なのだ。来るものを拒むことはない。」
ヴァルタスは尚も食下がる。
「ですが、陛下。苦言を敢えて申し上げます!
―― 彼の奥底には、表と裏の "面" が宿っています!」
「くどい、ヴァルタス!」
トランセスの一喝が、玉座の間に響いた。
古代遺跡の神殿――
古代遺跡に駆けつけたトランセスは、エレオスの帰還に胸をなでおろしていた。
だが同時に、ヴァルタスの言葉が脳裏をよぎる。
――表と裏の“面”。
トランセスはエレオスに呟く。
「先代の陰の王の時には、今のような破壊工作や侵入事件などは起こらなかった。彼は名君だった・・。
亡くなる前にもう一度会っておきたかった・・・。きっと分かり合えたであろう。君と私のように――。」
それ以上は何も言わない――。
トランセスはエレオスに彼の過去を敢えて追求することはなかった。いずれ時が来れば、彼のほうから話してくれる日が来るだろうと。
その思いを、エレオスもまた敏感に察していた。彼らの間にはお互いの "暗黙の理解" がそこにあった。
「陰謀」
ヴァルタスの私邸──。
夜のテラスに佇むヴァルタス。
彼は日々親密になるトランセスとエレオスを、黙って眺めていることしか出来なかった。
その彼を後ろから見つめる謎の魔導士。そこにはフードを被った時空の魔女がいた。
時空の魔女はヴァルタスに問いかける。
「決心は着いたか。」
ヴァルタスは俯き答える。
「エレオスを亡き者とし、トランセスは生かす。それが条件だ。」
時空の魔女に笑みが零れる。
「いいだろう。」
『同時侵攻』
――この日もトランセスは古代遺跡に訪れており、エレオスと未だ多くの謎を秘めたこの遺跡の謎について話合っていた。
因果の結晶、そして真と偽の魔力。その奥深い仕組みに迫ろうとしていた矢先――
ふたつの足音が静寂を破る。
姿を現したのは、異世界からやってきた二人の王――ナシルとシエンナ。
彼らは深い疲労をその身に纏いながらも、緊迫した口調で言う。
「この世界に、破滅の嵐が迫っています。時空の魔女が、すべてを――」
トランセスとエレオスは息を呑む。
二人の王から語られたのは、四方からの侵攻計画。
その標的こそ――この古代遺跡の〈因果の結晶〉であった。
その直後、矢継ぎ早に急報が飛び込む。
まず、西方より伝令。
陰の国から、魔導軍の大軍勢が遺跡へ向けて進軍中。その指揮は、時空の魔女。
そしてさらに伝令は続く――
北と南、両方で未知なる世界の扉が開かれている。
そこから、未知なる魔力に包まれた異界の魔導軍が出現。目下、両軍ともこちらへ向かい侵攻中。
さらに東より伝令。
陽の王都にてヴァルタスが謀反を決起。すでに陽の国の大半を掌握し、自ら軍を率いて遺跡へと侵攻中。
四方向、全て異なる勢力による同時侵攻。しかも、そのすべてがこの古代遺跡を狙っている。
エリオスとトランセスに戦慄が走る。
「ヴァルタスまでもか・・・。」
トランセスは動揺を隠せない。
古代遺跡を守る戦力は少ない。
エリオスとトランセス、真王シエンナと虚王ナシル。そしてこの遺跡を守る、守りの精鋭魔導士たち。
一方、陰の陣営――
陰の魔導軍の先頭に立つ時空の魔女は、戦場を睥睨していた。
古代遺跡を包囲を完成し、四方から潤沢な魔力供給を受けられる体制を築く。
「今度こそ、因果の結晶を手に入れる。」
その隣には、陰の筆頭魔導士シルトの姿があった。
シルトは、時空の魔女の苛烈な策に疑念を抱きながらも、抗う術を持たなかった。
「すべては、陰の国のため……」
しかし、進むことも、引くことも出来ない、そんな思いで悲しく戦場を眺めていた。
『攻防』
古代遺跡を陽、陰、真、偽の大軍が取り囲み、全軍での一斉攻撃が始まった。
だが、古代遺跡はエリオスとトランセスが魔術で防御を固めた難攻不落の要塞と化していた。
幾重にも練られた鉄壁の防御魔陣。
大きな損害を出しながらも守りを抜けない陰、陽、真、虚の全軍。
激しい攻撃の中で、侵攻側は次々に損害を重ね、次第に焦燥が広がっていく。
業を煮やす時空の魔女。
そこに古代遺跡の防御構造に精通する同盟軍のヴァルタスから、東側への集中攻撃による、一点突破が提案される。
ヴァルタスによると、完璧に見える古代遺跡の防御だが、陰の国の国境に面する西側に対し、東側にはまだ手薄な箇所が残っているという。
時空の魔女は命令を下す。
「無駄な犠牲はやめよ。精鋭を選び、一点に集中して突破する。他の軍はそれと悟らせぬよう、動きを散らせ。」
陽の陣営からは、ヴァルタスとその揮下の精鋭魔導士たち。
陰の陣営からは、時空の魔女とシルトを中心とする精鋭魔導士たち。
真の陣営からは、炎の王を中心とする精鋭魔導士たち。
虚の陣営からは、闇の王を中心とする精鋭魔導士たち。
古代遺跡内部への突破口をついに開いた敵精鋭たちは、神殿内部へとなだれ込む。
迎え撃つは、エリオスとトランセス、ナシル、シエンナ、遺跡を守る精鋭魔導士たち。
精鋭たちの超越した力が交錯する、苛烈な乱戦が展開される。
味方が押されていく中、エレオスは陽以外の陰、真、虚を合わせた4つの魔術を発動させ、広がる敵陣を押し戻す。
その存在に気づいたシルト。
「……あなたは……エレオス!」
その声の先に振り向くエレオス
「シルト!」
乱戦が繰り広げられる中、二人は防御結界を張り、見つめ合う。
「生きていたんですね。でもどうして・・・。」
「私に宿るこの真と虚の魔力が私を救っていたのだ。
・・・私は身を引いた。時空の魔女は、私よりも優れた賢者だと思っていたのだ。
だが、それは誤りだったようだ。」
「時空の魔女は、賢者ではありません。独裁者です。あなたが救いです。どうか、私たちを……陰の国を、お救いください。」
その言葉に、エレオスは静かに頷いた。
こうしてシルトは、時空の魔女から決別をしたのであった。
『究極魔力』
シルトを味方に加えたものの、物量に勝る敵軍の前に、エレオスたちは徐々に追い詰められていった。
戦いは過酷を極め、ついには――残されたのは、エレオス、トランセス、シルト、ナシル、シエンナの五人だけとなっていた。
遺跡の深部へ進むにつれ、空間は負の魔力に満たされ、災魔たちが暴れ狂うカオスの領域へと変貌していた。
エレオスとトランセスは、かつて確保しておいた因果の結晶への安全ルートを頼りに、残る仲間たちと共にさらに奥へと退く。
空間は負の魔力に満たされ、災魔たちが暴れ狂うカオスの状況を前に時空の魔女は、配下に告げる。
「お前たちがこの先に進んでも災魔にやられるだけだ。お前たちはここに残り、我への魔力供給に務めよ。」
時空の魔女は、単独でエレオスたちを追い、遺跡内部へ。
時空の魔女はエレオスたちを圧倒し、魔力障壁を突破し続け、エレオスたちは徐々に遺跡内部の因果の結晶のもとに後退させられていく。
エレオスたちは防戦に努めるが、潤沢な魔力供給を受ける時空の魔女の魔術は常軌を逸していた。
とりわけ、時を巻き戻すその術は、失敗そのものをなかったことにする。
攻撃は通じず、状況は次第に追い詰められていく。
ついに、因果の結晶が安置された古代遺跡の最深部
広く開けたその空間では、エレオスによって幾重にも張り巡らされた防御結界の奥に結晶が安置されていた。
防御結界を使いながら、エレオスたちは必死の防戦を続ける。
しかし、時空の魔女はそれらの防御結界を全て破り、エレオスたちも、もはや彼女に抗うだけの魔力を残してはいなかった。
一方で、時空の魔女もまた疲労の色を隠せずにいた。
いまだ癒えぬ傷を抱えたまま、負の災魔を退け、さらにエレオスたちと戦い続ける――
その消耗は、彼女にとっても限界に近づいていた。
時空の魔女は、息を切らしながらも因果の結晶の前に立つ。
「時空の魔女」は因果の結晶に手を伸ばす。
しかし、その脳裏には、かつて彼女が炎の王と闇の王を従えて、絶望の荒野に旅立とうとするのを見送る友、レイの父が投げかけた問い。
「一つ教えてほしい。これが我々の運命なのか。」
その言葉が、ここに来て彼女の心を縛っていた。奪うのを躊躇い、掴もうとしない。
エレオスは他の4人を見る。
トランセスが無言で頷く。
それを合図に、エレオスは "時空の魔女" ニースに告げる。
「あいにくだが、それは偽物だ。」
真王ナシルが即座に呪文を唱え、真なる因果の結晶が姿を現す。
続いて虚王シエンナが呪文を唱えると、偽の結晶が反転し、時空の魔女の手に虚の魔力が絡みつく。
虚を突かれた時空の魔女。
「しまった!」
時空の魔女が破った防御結界は、最後の砦ではなかった。
エレオスが真と虚の魔術を使って施した、これが本当の最後の封印魔術だった。
追い詰められたように後退し続けていたのは見せかけだった。
力を温存しながら時空の魔女の力を削り続けるのが目的だった。
そして、彼女の魔力供給線が伸び切ったこの "一点" で、雌雄を決する世界線を待っていたのだった。
「貴様、最初から・・・」
「気付いたとて、もう遅い。」
トランセス、シルト、ナシル、シエンナは、温存していた魔力のすべてをエレオスへと託す。
その力に因果の結晶が反応、因果の結晶の力がエレオスの身に収束する。
それは"究極魔力"の昇華に繫がった。
エレオスは時空と因果の世界を突き破り、その外の世界に出たことように感じていた。
「時間も因果も存在しない・・・。すべての世界が1つの同じ点に見える・・・。この領域は、一体!」
異様な領域から、その点のさらに "中心" を目掛けて放つ、渾身の一撃。
その閃光の一撃は、やがて時空と因果の世界に姿を現す。
夜空の一点の極星から、貫かれた閃光の一撃が "時空の魔女" に迫る。
だが"時空の魔女"も、呪縛の檻から何とか抜け出し、時空魔術の全力で受けて立つ。
両魔力がぶつかった瞬間。
激突は凄まじく、その衝撃で、エレオスと "時空の魔女" は時空の狭間へと引きずり込まれていった。
『ニースの目的』
時空の狭間で、なおも戦い続けるエリオスと時空の魔女ニース。
その二人の目の前に、この戦いの先、未来の数多の世界線が展開された。
エレオスが勝利し、因果の結晶を守った世界線があった。
だが十数年後、エリオスの世界とニースの世界の結晶は消滅し、世界は消滅していた。
逆に、ニースが勝利し、結晶を掌握し、ふたつの世界の結晶を融合させる世界線もあった。
だがそこでも十数年後、エリオスの世界とニースの世界の因果の結晶は消滅し、世界は消滅していた。
どの世界線でも、世界は消滅していた。
「どういうことだ。」
エレオスが言葉を漏らす。
ニースは沈黙ののち、打ちひしがれたように呟いた。
「……我々がどんな選択をしても、この戦いの勝敗がどう転んでも、十数年後には、両世界は滅ぶようね・・・。」
「どうすればいいんだ。」
「私にも分からないわ。また一から考え直さなければならないようね・・・。
ひとまず、私はこの世界には来なかった世界線に戻すわね・・・。あなたにとっても、そのほうがいいでしょう?」
「いや、その必要はない。私も、今の私なりにその "問い" について、考えてみようと思う。」
ニースはエレオスのその言葉に少し驚いていたが、彼の意図をすぐに汲み取った。
エレオスは何かを考え始めているようだった。その様子を無言で見つめるニース。
「あなたがそう言うのなら・・・。」
"時空の魔女"ニースは、この世界には来なかった世界線に戻すことはせずに、去っていった。
新たな解決方法を探し求めるために。
一方そのころ、因果の結晶が置かれていた空間は、戦いの余波で大きく崩れ去っていた。
結晶は闇の底へと落ちていった。
エレオスは時空の狭間を超え、現実の世界へと戻っていった。
『帰還と決意』
陰の国の王宮。
庭園に佇むエレオスとシルトの姿があった。
二人の視線の先には、一輪の花が咲いている。
それは、かつてエレオスが道端で拾い、踏みにじられて枯れかけていたものを花壇に植え替えたものだった。
今、大輪の花を咲かせていた。
「育ててくれていたのか・・・。」
「ええ。」
シルトはエリオスに陰の王に復帰することを望む。
「今の私は、陰の王に相応しいのだろうか。」
「その問いに答える資格は、私にはありません。
ですが、この荒廃した陰の国を立て直し、守り通すことは、今のあなたしか出来ないことなのです。
そして、弱きを想う、あなたの奥底に宿る "慈悲" が、ずっと私の救いでした・・・。」
「・・・分かった。陰の王となろう。」
その後、シルトは時空の魔女に組した重臣たちの罪を一身に被ることを引き受け、エレオスが王位につくのを見届けると姿を消した。
シルトは陰の国の西方の彼方、最果ての地を目指す。「時空の魔女」の再来に備え、陰の王エレオスを守る盾となるために・・・。
エリオスの陰の王復帰の宴が開かれている。
トランセス、ナシル、シエンナ、セリスも賛辞を伝えに遥々来訪していた。身分を隠して宴にも静かに参加している。
ナシルとシエンナは王には復帰しないようだ。今後は家族と共に歩んで行くという。
セリスはエレオスを実の親のように慕っている。
そこに甥のインフィニスがエレオスに駆け寄ってくる。
「陛下。やっぱり生きていたんですね。」
一方、かつて時空の魔女に与した重臣たちは、掌を返したように、「すべてはシルトの独断だった」と己の責任を逃れようとしていた。
それを聞いたエレオスはシルトの心根を想い、静かに席を立つ。
静かに宴の喧騒を離れ、ひとり城の高台へと向かう――。
『超神の思想』
エレオスは城の高台で一人、夜空を眺めている。
星々の中心で動かない、一点の極星が輝いていた。
一連の嵐のような出来事は、彼の表の "面" を剥がし、奥底の "面" が露わになっていた。もう後に戻れはしない。
エレオスは、最後の戦いを振り返る。
過去をどんなに変えようとしたところで、因果の束縛から逸脱することは出来ず、世界の消滅は免れなかった。
どんなことをしようと所詮、自分は因果の束縛の中で定義されているだけの小さな存在でしかなかった。
「それが自分の正体か・・・。」
エレオスは、寂しくもあったが、晴れやかでもあった。
彼の1つの問いが解けたのである。
それと同時に、自分の限定された小さな枠の外に、計り知れない膨大なものが潜んでいるように感じられた。
「究極魔力で見た、時空や因果のルールを超え、神の存在すらも超えて、全てにルールを置かない究極の世界―――。
因果のルールの一産物に過ぎない、この私は――、
―――それを、理解したい。」
~ 神のそのまた神をさかのぼる、その行き着く先とは ~
まさに神をも超える所業への挑戦であった。
『友との別れ』
「どうした。考えごとか。」
陽王トランセスが、エレオスの隣に歩み寄る。
エレオスは我に返る。
「……世界はまだ欺瞞で満ちているように思えます。あなたの理想は、本当に届くのでしょうか。
そこに……意味は、あるのでしょうか。」
「そうだな。それでも私は敢えて "寛容" を貫こうと思う。だが、もう見返りを求めるようなことはしない。
私は孤独を与えられ、色々学ぶことが出来た。お前という "孤独" にも会うことができた。
私はそれを感謝として世界へ返そうと思う。
―― 意味が無ければ、作ればいい。」
エレオスは静かに微笑んだ。
「……あなたらしいですね」
しばしの沈黙のあと、トランセスはエレオスに尋ねた。
「・・・・全てを凌駕しようと思っているのか。あの”時空の魔女”をも超えて。
それがこの世界消滅の謎を解明し、なによりも、お前自身の問いに答えを得る、唯一の方法だと。」
「トランセス、あなたはどう思うのです。」
「私は、 "慈悲" を持って接したい。未来は確定しているものではなく、作るものだ。
選択肢は限られてはいないと、私はそう思う。」
これを最後に、二人は袂を分かつ。
"交差の魔導士" エレオス――。
彼は後の世で「乱世の奸雄」と呼ばれることになる。
しかし、彼の心の奥には、シルトとの別れの最後の言葉、
「弱きを想う、あなたの奥底に宿る "慈悲" 」
それは、彼の因果の宿命のごとく、残り続けるのであった・・・。




