第3部 交差の魔導士 外伝(因果を超えて) ep.3 新たな世界
『新たな世界』
エレオスは、トランセスから託された因果の結晶の“最後の封印”を完成させるため、古文書を手に結晶の間へと降りていた。
その背後で、トランセスは興味深げに彼の所作を見守っていた。
だが、作業の途中で異変が起こる。
不安定な因果の結晶が負の魔力を放ち、エレオスの内に秘められた真と虚の魔力に共鳴したのだ。
その瞬間――。
魔力の波動がぶつかり合い、真と偽の世界をつなぐ扉が現れた。
凄まじい力に引き寄せられ、エレオスの身体は扉の中へと吸い込まれていく。
「エレオス――!?」
駆け寄ったトランセスの目前で、扉は彼を飲み込み、音もなく閉ざされた。
残されたのは、ただ一冊の古文書だけであった。
エレオスが次に目を覚ましたのは、見知らぬ戦場の中心に位置する場所だった。
四人の強大な魔導士が、それぞれの軍勢を従え、熾烈な戦を繰り広げている。
状況を即座に察したエレオスは、本能的に四つの魔力を展開し、自らを守った。
その異質な戦いぶりは、戦場の混乱の中でもひときわ鮮烈な光を放った。
やがて彼は、戦場の片隅で怯え逃げ惑う一人の少年に気づく。
その少年には魔力がなく、むしろ“負の魔力”に蝕まれているように見えた。
戦場に飛び交う魔力に被弾されようとする少年を、エレオスは救出し、少年を抱えて戦場を離脱した。
その姿は、遠くから二人の王の目に焼き付けられていた。
――真の国を治める王ナシル。
――虚の国を率いる女王シエンナ。
彼らは互いに異なる立場にありながら、同じことを考えていた。
――また新たな、得体の知れぬ魔導士が現れた。
この世界は、真と偽の魔力によって成り立っている。
真の国の王、ナシル。
虚の国の女王、シエンナ。
そして、この世界に突如現れた“真でも偽でもない”異質な魔力を操る二人――
その魔力の性質から一方は「炎の魔導士」、そしてもう一方は「闇の魔導士」と呼ばれていた。
世界は四極に分かれつつあった。
しかし、炎と闇の魔導士が密かに結託していることが発覚。結託して、この世界の征服を狙っているのであった。
気づいた時には、ナシルとシエンナの両陣営はすでに劣勢に立たされていた。
だが、二人が連携を取れない理由があった。
――かつて、彼らは将来を誓い合った恋人同士だったのだ。
だが運命の巡り合せにより、互いの世界の王族であった彼らに、それぞれの国の王となる運命が巡ってきた。
彼らは深い葛藤の末、別れ、王となる道を選んでいたのだった。
それぞれの思いを胸に、それぞれの場所で夜空を見上げる二人。彼らは胸に深い悲しみを抱いていた。
『負とは』
戦場を離脱したエレオスは、“負”の魔力を帯びる少年とともに身を潜めていた。
その少年の名は――セリス。
彼はこの世界で、存在してはならないとされる“禁忌の子”だった。
セリスは、自分が“負”の魔力を持っていることに苦しんでいた。
「親にも捨てられました。……どうして僕は生きているんでしょう。」と、うつむいて言った。
その姿に、エレオスはかつての自分の影を重ねる。
「私はかつて、人のためだけに生きていた。人のために生きることは尊い。
だが、自分のために生きることは、自分にしか出来ない、掛け替えもなく奥深いことなのだ。
人のために生きれないとしても、自分のために生きるのであれば、生きる意味はあるのではないか。
生きて、自分がやりたいことをすればいい。――― 決めるのは他人ではなく、自分自身なのだから。」
そう言ってセリスの様子を見ているエレオス。
――だが、彼は気づいた。いや、問い直したのだった。
「これは……!」
セリスは魔力が無いどころか、魔力が反転している結果、"負"の属性を帯びていることに。
魔力の中心を問い続けていたことが、彼にそれを気付かせたのであった。
エレオスはその事実をセリスに伝え、
魔力を“正”の方向に戻そうと試みる。
魔力の反転が出来るかに見えたが、それはならなかった。
「負とは・・・。ただ物事を消滅させているだけでは無いのかもしれない。何かを生み出していると捉えられないだろうか・・・。」
「失われたからこそ見える世界・・・。それは、新たな創造なのかもしれない・・・。」エレオスは静かに呟く。
「“真”の反対は、本当に“虚”なのだろうか。
それは、ただの一断面にすぎず――私たちにはそうとしか“見えていない”だけなのかもしれない。
世界は、想像を超えて多彩で豊かなものなのではないだろうか。」
そう語るエレオスに、セリスは心に希望を灯す。
エレオスは不敵な自信と、優しげな眼差しをセリスに向けて言った。
「私についてくるといい。必ず、その謎を解き明かしてみせよう。」
セリスはすがるようにうなずいた。
まるで、長い夜に差し込んだ一筋の光に手を伸ばすかのように。
セリスはエレオスが眩しかった―――。
『交差する真と虚』
その頃、真王ナシルと虚王シエンナは、同じ決断に辿り着いていた。
エレオスは、炎と闇の魔導士に続く――「第三の脅威」。
ならば、脅威が完全に育ちきる前に刈り取らねばならない。
もはや、過去のわだかまりに拘泥している余裕はない。
真王ナシルと虚王シエンナは同盟を結び、エレオス排除を最優先目標として、魔導軍を動かした。
二人の王が手を組んだことで、戦況は膠着する。
炎と闇の魔導士もまた、その変化に気づいていた。
「……あの謎の魔導士。目障りではあるが、消すには惜しい」
炎の魔導士が嗤う。闇の魔導士が、静かに頷いた。
“使い潰す”価値がある、と。
その頃、エレオスとセリスは、放浪の末に辿り着いた洞窟に身を寄せていた。
火は小さく、夜は深い。
セリスが眠りについた頃、洞窟の奥に、二つの気配が忍び寄る。
エレオスは即座に立ち上がり、魔力を展開した。
「慌てるな」
炎と闇の魔導士が、闇の向こうから姿を現す。敵意は見せない。だが、退路は塞がれていた。
「我々は、お前と争う気はない。
このままでは、お前はいずれ王たちに擦り潰される。ならば――我々がお前に魔力を供給しようと思うが、如何かな。」
世界の扉を越え、追われ、戦い続けた日々。エレオスの魔力は、確かに限界に近づいていた。
エレオスは逡巡する。
「断れば……?」
炎と闇の魔導士たちは、顔を見合わせる。
「我々も、お前をこの世界の異端として、そこの小僧ともども、今ここで排除するしかないが。」
エレオスは、眠るセリスを一瞥し、静かに言った。
「……選択の余地は無いようだな」
炎と闇の魔導士から密かに魔力の供給を受け、エレオスは真王ナシルと虚王シエンナの軍と幾度も刃を交える。
だが、二人の王が率いる軍勢は、あまりにも重かった。
包囲され、追い詰められ、ついにエレオスは退路を断たれる。
魔力は尽き、身体は傷つき、彼は地に膝をついた。
そのときだった。
セリスが、震える足で彼の前に立ちはだかった。
「やめてください……!」
そして、王たちに向かって、叫んだ。
「この人は、この世界の“脅威”なんかじゃない……!」
「僕の……僕の“希望”なんだ!」
その瞬間、セリスの魔力が "負" から "正" に反転し、真と虚の魔力の同時発動が成ったのであった。
その魔力は、エレオスを包み込み、守っていた。
その姿を見て、シエンナは声を震わせる。
「……セリス!?」
彼の顔をはっきりと見たとき、シエンナは気づいた。
――かつて、自らが人里離れた村に預けたわが子の姿だった。
女王の子が“負”の魔力を持つことは、王国の禁忌とされていた。
だからこそ、彼女は子を手放し、陰から見守るしかなかった。
だが、戦乱の混乱でセリスが消息を絶ち、命を落としたと思い込んでいたのだった。
その責任から、ナシルに顔が合わせることが出来なくなっていたのだ。
一方、ナシルは、かつて真の王に推挙された時、シエンナとセリスを置いて、真の王へとなる道を選んだ過去があった。
「私が、セリスが世に出られる世界を必ず作ってみせる。どうか、それまで待っていてほしい。」
だが、ナシルはその誓いを果たせずにいた。彼もシエンナとセリスに顔向けが出来なかったのである。
ナシルが真の王となった後、シエンナにも虚の王となる道が開ける。
シエンナはセリスを置いて虚の王の道を歩むことを選ぶが、それはナシルと同じ思いから生じたものであった。
「セリス……許してくれ。父と母は、力が足りなかった。」
「……父さん、母さん……」
震える声が、確かに家族を繋ぎ直す。
エレオスは、血に濡れたまま、微笑んだ。
「セリスは、魔力を否定する存在ではありません。……むしろ、未知の方向へ、魔力を放出しています。」
だが、その声は、次第に弱くなっていく。
エレオスの傷は、運悪く深かった。
「……セリス。良かったな。君の父と母は……悪くない。私の運が悪かったのだ……。」
「お師匠様……死んじゃだめだ!」
セリスは泣き叫ぶ。
エレオスは、最後の力で、彼の頭に手を置いた。
「この先は、お前が私に代わり……私の意志を……継いでくれ……」
そう言い残し、エレオスは、静かに目を閉じた。
「……そんな……」
夜空の下、セリスの泣き声だけが響いていた。
そのとき、戦場の空気が、決定的に変わった。
炎と闇の魔導士――二人と、その軍勢が姿を現す。
「これで邪魔者は消えた」
「王たちは疲弊しきっている。今こそ――息の根を止める時だ」
真王ナシルと虚王シエンナ。そしてその軍勢は、エレオスとの死闘ですでに相当な疲弊に達していた。
炎が焼き、闇が呑み込み、王たちやその魔導軍は押されていく。
真と虚の王は、ついに膝をつく。
力尽きた二人は、無意識のうちに、セリスを庇うように抱き合っていた。
シエンナは、かすれた声で囁く。
「……ごめんなさい、セリス。守って……あげられなかった……」
セリスは、震えながらも、首を振った。
「……僕、怖くないよ。父さんと母さんが……一緒だから……」
ナシルは歯を食いしばり、低く呟く。
「……すまない」
炎と闇の魔導士が、嘲るように叫ぶ。
「随分と手こずらせてくれたが、これで最後だ。」
「親子そろって、仲良くあの世へ送ってやる!」
炎と闇の魔導士は、残された力を振り絞り、止めの魔力を編み上げる。
その魔力が放たれる、まさにその刹那。
その魔力の光が、突然消えた。
同時に、背後から声が響いた。
「仲良くあの世に行くのは――お前たちのほうだ」
セリスの表情は絶望から希望に変わる。
「お師匠様!」
そこに立っていたのは、死んだはずのエレオスだった。全身から、溢れんばかりの魔力のオーラを放ちながら立っている。
炎と闇の魔導士たちは驚き、振り返る。
「なに……? 死んだはずだ……!」
「貴様……計ったな!」
エレオスは、静かに答える。
「気付いたとて、もう遅い。」
エレオスは魔力を温存したまま、真と虚の魔術を使って、死を装っていた。
そして炎と闇の魔導士たちが力を消耗するのを待っていたのだ。
陰と陽。真と虚。四つの魔力が、同時に発動する。
炎と闇の魔導士は、エレオスに対抗する魔力がもはや残っていないことを悟り、初めて恐怖を知る。
「父さん! 母さん! お師匠様に、協力して!」
セリスの叫びに応え、ナシルとシエンナの魔力が、最後の力を振り絞って立ち上がる。
三つの意志が、一つに重なる。
その光の中で、炎と闇の魔導士は、跡形もなく消滅した。
戦いの後。
潤沢な魔力を得たエレオスは、再び「世界の扉」を開くことに成功する。
ナシルもシエンナも、そしてセリスも、エレオスにこの世界に留まってほしいと願った。
だが、エレオスは心苦しそうに首を横に振る。
「済まない。ある男との約束があるんだ。私は、帰らねばならない。」
トランセスとの約束――因果の結晶、最後の封印。
「……また、きっと会えるよね?」
セリスが、念を押すように言う。
「ああ、約束しよう。」
彼はそう誓い、三人に別れを告げた。
だが、その戦いを、遠くから見つめていた者がいた。
――“時空の魔女”。
彼女は、間一髪のところで、炎と闇の魔導士を救い出していた。
決戦を知り、真と虚の世界に降り立ってはいたが、敢えて介入せず、趨勢を観察していたのだ。
「……何だ、あの男は」
彼女は呟く。
「四つの魔力を同時に操る魔導士など……聞いたことがない」
だが、その顔に、微かな既視感が走る。
「……どこかで、会ったような……」
彼女は気づいていなかった。
その男が、かつての“陰の王”であった、風貌を変えたエレオスであることに。
『暗転』
エレオスが去ったことを密偵から知らされた時空の魔女は、炎と闇の魔導士を伴い、計画の遂行を急ぐべく動き出した。
陽の国への攻略の糸口が見つからず、焦りを募らせていた彼女にとって、
いま陽の国に陰の国が攻め込まれ、逆に征服されることだけは避けなければならなかった。
その前に、真と虚の国を征服し、そこから大量の魔力を吸い上げ、その魔力をもって陽の国も制す――それが彼女の描いた筋書きだった。
やがて、炎と闇の魔導士を率いた魔導軍が突如として真と虚の両国に侵攻。
再び、世界は蹂躙される。
真王シエンナと虚王ナシルはお互いへの思いを胸に秘めながら、両国の連合を結成。
連合軍は、時空の魔女の軍を追い詰め、両軍による挟撃の布陣を敷く。
そして、霧が立ち込める戦場で、決戦の時を迎えた。
だが――その魔導軍は突如としてその "空間" から姿を消した。
霧立込める戦場で、真と虚の軍勢は互いを敵と見誤り、同士討ちを始めてしまったのだ。
ナシルとシエンナは戦いを止めるよう奔走するも、戦場は大混乱。
弱体化した両軍に時空の魔女の強力な魔術が炸裂。戦場は焦土と化していた。
その焦土に茫然と立ち尽くす、ナシルとシエンナ。
そんな二人を両軍の筆頭魔導士が必死の防戦。身を挺して二人を何とか戦場から離脱させる。
虚の筆頭魔導士は深手を負い、真の筆頭魔導士に後を託す。
「王たちの行く末を頼みます・・・。あなたとはもう少し語り合いたかった・・・。」
「もう、それ以上喋るな。これからいくらでも語り合えるではないか。」
「そうですね・・・。」
虚の筆頭魔導士はそう言って、息を引き取った。
真の筆頭魔導士は無念と、己の無力さを心に刻む。
戦いは大惨敗に終わる。
国土は失われ、ナシルとシエンナは玉座を追われる。
真の筆頭魔導士は時空の魔女に偽りの降伏をし、時空の魔女の内情を探って、密かにナシルとシエンナと連絡を取り合っていた。
それぞれの国は、時空の魔女に従う炎の魔導士と闇の魔導士が王となって支配されていく。
やがて真の筆頭魔導士は、時空の魔女の本当の目的を知る。
それは全世界の征服ではなく、陽の国にある古代遺跡――そこに封じられた「因果の結晶」にあった。
彼女は因果の結晶を手に入れるため、その古代遺跡への同時侵攻を企んでいる。
真の筆頭魔導士は時空の魔女のもとから出奔し、流浪の身となっていたナシルとシエンナにそのことを知らせに走る。
この計画を知ったシエンナとナシルは、エレオスが開いた世界の扉を開き、エレオスと陽の王へ警告を伝えるべく動き出す。
真の筆頭魔導士は追っ手の追撃を一手に引き受け、ナシルとシエンナを世界の扉の向こうへと送り出す。
その後、彼は敵陣に飛び込んで行くのであった。
もはやナシルとシエンナには遅れは許されない。
事態は、風雲、急を告げていた――。




