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交差の魔導士  作者: オズ
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第3部 交差の魔導士 外伝(因果を超えて) ep.1 治世の名君

― 交差の魔導士 ~外伝(因果を超えて) ―



『治世の名君』

陰の王国に、一人の青年王がいた。

名はエレオス。

慈悲深く、思慮深い、名君の誉れ高い王であり、また優秀な魔導士でもあった。

その后は、陰の筆頭魔導士シルト。

責任感が強く、誠実で優しい女性だった。彼女は、エレオスの慈悲とその思慮深さを、誰よりも敬愛していた。


エレオスには、シルトにも、誰にも語らぬ秘密があった。


かつて、エレオスは魔力を持たずに生まれた。

王家においてそれは致命的であり、その事実を知るものは両親の先王とその后のみであった。

幼い頃、公の面前で、魔力が使えないエレオスを、両親は懸命に魔力があるように取り繕ってくれていた。

そんな両親には感謝する一方で、無力で何もできない自分を儚んでいた。


先王とその后は、彼の魔力発現のためにあらゆる手を尽くした。そしてその代償として命を落とす。


しかし、その芽生えた魔力は、「陰」だけでなく、「陽」、そして未知なる二つの魔力が混在するものだった。


王位を継いだエレオスは、その事実を誰にも明かさなかった。陰の王が他国の魔力を宿していると知られれば、国は混乱する。

その恐れから、彼は「陰」の魔力のみを表に出し、他の魔力は心に封じたままだった。


「私は何者なのか。なぜ、私の中に異なる魔力があるのか……。知りたい。いや、知らねばならない。これらは一体何なのかを。」


幼少の頃、彼はよく自問していた。


しかし、成長とともにその想いは日常に埋もれていった。シルトとの出会いと、平和な日々がその問いを覆い隠していったのだ。


それでも、四つの魔力が交差する中心に位置するもののことだけは、心の奥底から消え去ることはなかった。


「この世界に存在する数々の魔力は、そもそも1つのものなのではないかと。」


だが、世界が各々の魔力で別れたこの世界において、その考えは異端であり、王という立場では口に出すことすら許されない。

彼は陰の魔術のみの研鑽に勤しみ、他の魔術には手を出さぬまま、名君として振舞っていた。

民の期待、臣下の信頼。それに誠実に応えようとする中で、彼は流されていた。


ある日、甥の少年インフィニスとともに、宮殿を散策していた。

石畳の隅に、一輪の花が打ち捨てられていた。人に踏みつけられ、半ば枯れかかっている。

エレオスはそっとその花を拾い上げ、静かに花壇へと移し替える。彼はその花にかつての自分を重ねていた。

インフィニスはその様子を見て呟く。


「陛下は、お優しいのですね」


遠くから、それを見守るシルト。


エレオスは慈悲の "仮面" をかぶっていたわけではなかった。慈悲深さも彼の側面の1つであった。

その慈悲は、幼少期に魔力を持たず、無力だった己の記憶に根ざしたものだった。


だが、それと同時に――彼の奥底には、秘密の“面”があったことも事実であった。


夢の中で度々出てくる、中心が渦を巻く交差の刻印

その線はまるで、中心に向かって静かに流れ込んでいるかのようであった。


彼はその秘密の"面"を、決して明かすことはないと思っていた。


陰の国には、エレオスの治世により、穏やかな時が流れていた。


誰もが思っていた。エレオスは「治世の名君」として、その名を後の世に遺すのだろうと。


だが、この時は誰も気付いていなかった。


彼が、後の世に「乱世の奸雄」として名を遺すことを。




『時空の魔女』

陰の国の遥か西方、最果ての地に――

突如として一人の強力な女魔導士が現れた。


その存在は、事前の諜報では一切把握されておらず、

彼女は“絶望の荒野”を越えて現れたのではないかという噂が、瞬く間に広がっていった。


彼女はまたたく間に最果ての地を制圧した。

異なる複数の魔術を自在に操るその力――

そして、時折「時間そのもの」を操るかのような戦法により、

人々は彼女をこう呼ぶようになった。


“時空の魔女”――


その脅威が陰の国にまで迫っていた。


事態を重く見たエレオスは、筆頭魔導士シルトとともに迎撃に向かう。


そこで、異なる複数の魔術を操る「時空の魔女」と対峙したとき、

エレオスは戦慄とともに呟いた。


「……魔力の“中心”に迫る者……!」


彼はこのとき痛感したのだった。

平和の中で、いつしか“中心”への渇望を忘れていた自分の怠慢を。


「気付いてはいた……だが私は、その中心に迫ろうとすることを、放棄してしまっていた……」


この時、敵――時空の魔女は、彼には "己を映す鏡" のように感じられていた。


戦況は圧倒的劣勢であった。

陰の魔導士たちはなすすべなく敗れ、国土は蹂躙され、民は疲弊していく。


領主や家臣たちは次々と「時空の魔女」に降伏し、

ついにエレオスとシルトは、“魔女”との直接対決へと臨む。


だが――


その魔術は、あまりにも強大だった。


エレオスとシルトは奮戦するも、為す術なく、ついにエレオスは倒れる。


時空の魔女はエレオスに止めを刺す。


その身に駆け寄り、抱きかかえるシルト。

しかし彼は、既に息耐えていた。


茫然とするシルトの背後に、「時空の魔女」が立ち、シルトをじっと見つめている。


シルトは振り向かぬまま、震える声で告げた。


「私も殺せ……」


だが、魔女は言う。


「お前の夫であった、かつての王は死んだ。これからは私が王である。陰の国を真に想う筆頭魔導士ならば――この私に尽くせ。」


シルトは項垂れ、崩れ落ちた。


シルトは捕らえられ、時空の魔女に連れていかれた。


こうして陰の国は、「時空の魔女」の手に落ちたのであった。



エレオスは打ち捨てられた自らの"遺体"を、崖の上から、眺めているように感じていた。


「どうやら私は、もう死んだか・・・。死ぬということは、こういうことなのか・・・。」



・・・だが、


・・・どうも何かがおかしい。



その瞬間、彼は感じた。


「これは!」


彼の2つの未知なる魔力が大きく発動していたのであった。


エレオスは気付いた。あの遺体が偽物で、今ここにいる自分が本物なのだと。




「陽の国」

エレオスは、誰にも気づかれぬよう、密かに王宮へ戻った。


かつて両親が遺した品々を前に、彼はひとり、過ぎ去った日々を思い出していた。

ふと、両親の書棚にあった、一冊の古文書に目が留まる。

その表紙には、夢の中で幾度となく目にしてきた印が刻まれていた。

中心へ向かって渦を巻く、交差の刻印。


そのとき、人の気配が近づいてくるのを感じ取る。

エレオスは急ぎ古文書を手に取り、他の所持品とともにまとめると、足早にその場を後にした。


こうして、彼の失意に満ちた放浪の日々が始まった。


そして――流浪の旅を続け、ついに陽の国へと辿り着いた。


陽の国は、陽王トランセスによる「寛容」の理念のもと、見ず知らずの流れ者であるエレオスにも寛容であった。


エレオスは、陽の国のとある辺境の村に身を寄せ、静かに暮らし始めた。


王の治世のもと、陽の国は繁栄の只中にあった。


その一方で、戦いで荒廃した陰の国の「時空の魔女」は、侵攻を続けるにはあまりにも疲弊していた。



身分も過去も偽り、かつての自分を知る者は誰もいない。

使う魔術も「陽」のみ。他の魔力は隠し通した。


やがて村の生活に馴染み、エレオスの心にもわずかずつ穏やかさが戻ってくる。

風の音、暖かな陽光、子どもたちの笑い声。

戦や陰謀に満ちた日々から遠く離れた、かすかな安らぎ――


そんなある日、彼は風の噂で知る。

シルトが陰の国の筆頭魔導士に復帰したことを。


静かに、彼は思う。


「私は、もう彼女の人生に関わる資格などない。彼女は、彼女なりの新しい道を進もうとしているのだろう。

彼女が幸せであってくれさえすれば、それでいい。……私は、彼女を幸せにすることができなかったのだから。」


「あの“時空の魔女”のほうが、私よりも数段見識が高く、強かった。あの者なら、陰の国をよりよき未来に導くことができる……

私はただ、流されていた。器が小さかったのだ・・・。」


陰の国にはもう必要はない存在なのだと。


こうして、かつて陰の王であった男は、世間から姿を消すこととなった。


寂しさが込み上げる。


エレオスは、わずかな所持品を静かに見つめ、その一つひとつに宿る思い出へと意識を委ねていた。


そのとき、不意に――

なぜか一冊の古文書が、彼の心に語りかけてくる。



――強さは弱さであり、弱さは強さである。――



エレオスは、はっとする。


今、自分が置かれているこの状況は、新しい人生の幕開けではないのか。

王という大任を解かれ、新たな道が歩めるというチャンスの岐路にいるのではないか――。


彼は思い立つと、村の書庫へと足を運び、その古文書の解読に没頭した。


すべてを読み解くことは叶わなかった。

だが、次の一節だけは、深く心に刻み込まれていた。


「陽の正面だけでなく、負の面も探求することが陰の魔力の発動を促し、両魔力が等しく発動する。

さらにその中心に迫ることで両魔力はより洗練されたものとなる。

真実は両対極に宿るものではなく、その中心に宿るものである―――」


「私はまず、己のことを知らなければならない。私の魔術の交差が交わるその中心。それが一体何を表すのかを・・・」



彼は今、”己のためだけに、そこに居る” のであった。



だが、乱世は――、


――この男を、必要としていた。




「荒廃の陰」

そのころ、陰の国では、時空の魔女による過剰な魔力の搾取が始まっていた。

彼女が操る“時空の魔術”は、常軌を逸した膨大な魔力を消費する。

その代償を、民が背負わされていた。


魔力の搾取は、もはや日常の光景と化していた。

抵抗すれば処罰され、逃げ場もなく、ただ静かに命を削られていく日々。


民は慈悲を乞うが、時空の魔女に受け入れられることはない。

シルトもまた、何度も王宮で進言を重ねていた。だが、聞き入れられることはなかった。

目的のためには手段を選ばない、冷徹な独裁者の顔がそこにはあった。


シルトは、弱きもののことを自分事のように考え、思慮深い対応を行っていたかつてのエレオスの姿を思い、涙する。


石畳の隅で踏みにじられていた一輪の花を拾い、無言で花壇へ移し替える、かつてのエレオスの姿。


そのエレオスが作り上げてきた国が、今、無慈悲に踏みにじられ、音を立てて崩れていく・・・。

シルトはその崩壊を懸命に支えようとするが、それを止めることは出来なかった。


それでも、逃げることはできない。守りたかったのだ、エレオスが慈悲を注いだこの国を。


そんな悲しみの日々を続ける中、彼女は時空の魔女のあることに気づく。


それは戦の最中には気付かなかったが、体に深い傷を負っていてまだ完全に癒し切れていないようだった。


陰の西方、伝承の中に語られる“絶望の荒野”のその先には、“因果の境界”と呼ばれる、巨大な魔力壁が存在するという。


もし、彼女が本当にあの地を踏破してきたのなら――

あの“因果の境界”で、傷を負ったのではないかと


シルトは、そんな予感を抱くのだった。




「陰と陽の中心」

一方、陽の国。


エレオスは、腰を落ち着かせていた村で、陽の魔術の修得に没頭し始める。


彼にとってそれは、ただの鍛錬ではなかった。

陰と陽、対極にあるはずの魔力が、なぜ自分に宿っているのか。

その理由を知るための、自らを知るための旅路だった。

誰も答えの持っていない道、自分自身で答えを掴まなければならない道だった。

最初は思ったほど成果は上がらなかった。

周囲の者は、魔力を強化するには年を取り過ぎている、無理だと言う者もいた。

だが、エレオスは構わず、己だけと向き合い続ける。

鍛錬の真相は誰にも語ることをせず、内に秘め、古文書と向き合い続けるエレオス。


「私は何者なのか……。

 この交差する魔力の中心にあるものは、一体何を示しているのか……」


その問いを続けるうち、彼の内に変化が訪れる。


彼の中で陰と陽の魔力バランスが取れ始めると、その中心が静かに姿を現わし始めたかのように、彼の陽の魔術は急速に高まっていく。


陽の魔術の習熟は急速に進み、今や彼は、陽の国でも有数の実力者として認められつつあった。


やがて、王都より一つの命が下る。


「国の警護に加わってほしい――」


エレオスは更なる魔力の探求の為、その任務に就くことにする。


放浪の身を受け入れてくれた村の人々に、心からの感謝を伝え、丁寧に別れの挨拶をして王都へ旅立つ。


遥か遠く王都の方向を見つめるエレオス。


静かだった空に、かすかな雲と風が吹き始めていた。


――それは、風雲の到来を予兆しているかのようでもあった。


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