第3部 交差の魔導士 外伝(闘争の真実) ep.2 炎、再び
「炎、再び」
イグニスは炎の世界が辿る運命を感じていた。
だが、そこに潜む、もう一つの無限の可能性に目を開かされていた。
――抗うこと。
最後まで抗い続ける、その思いが、かつてレイが兄王を凌駕した伝説の魔術を覚醒させる。
極限の炎――「蒼き炎」。
その"時空の流れに極限まで抗う力"を手に入れ、兄王をも凌ぐ力を得るに至ったイグニス
イグニスに、兄王のかつての言葉が木霊する。
―― 万が一、私が倒れたなら――それを糧に、生き残ったお前が、その先へと進んでほしい ――
イグニスは密かにイレーナの元を去る。
彼は、蒼き炎による炎の国の復興と、それを阻むであろう光の国のネイピアとの戦いを想定していた。
イグニスが黙って去った後、イレーナは机の上に残された研究メモの束に気づく。
そこに挟まれていた、短い書き置き。
―― 「ごめん、イレーナ。
救いの道は、戦いの先にしか見えなかった」
それを読み終え、イレーナは深くため息をつく。
「男ときたら、どいつもこいつも・・・。全く、私は男運が無いわね・・・。」
『闘争勃発』
一方、ネイピアとエイデンもまた、この世界に起きつつある異常の真相を突き止めるべく、行動を共にしていた。
調査の末、二人が辿り着いた結論は重いものだった。
――かつて修復されたはずの 「時空の結晶」 の力が、確実に弱まり始めている。
それは、世界の均衡そのものが揺らいでいることを意味していた。
事の重大さを噛みしめる間もなく、二人のもとに急報が届く。
炎と抗いを是とする者たちが、イグニスを擁立し、反ネイピアの連合を結成し、光の国へ進軍中――。
それに呼応するように、水と静けさを是とする者たちが、連合してイグニス率いる勢力に立ち向かう構えを見せており、ネイピアの帰還を待っていると。
世界は精霊たちをも二分し、水と炎の戦いが巻き起こった。
『生命の起源』
血気にはやる周囲をなだめ、感情を抑え、あくまで冷静に対処しよう――
開戦当初、ネイピアはそう思っていた。
だが、炎の攻撃が激しさを増すにつれ、彼女の周囲には、無数の仲間たちの屍が積み上がっていく。
その光景を目の当たりにした瞬間、ネイピアの脳裏に、かつての記憶が鮮烈によみがえった。
――イグニスが、父王に止めを刺した、あの戦場。
「……おのれ、イグニス!」
抑え込んでいた感情が、ついに決壊する。
理念も、理性も吹き飛ばし、二人の感情をむき出しにした凄惨な戦いが続けられた。
イレーナ、エイデン、リーフは、その間に割って入り、必死に止めようとするが、ネイピアとイグニスの感情の奔流は、もはや制御できなかった。
イレーナやエイデンにも入り込めないほどの高次元で、二人は戦っている。
そのとき――
大地の魔導士リーフが、身を挺して二人の攻撃の狭間に入り込んだ。
次の瞬間、彼の身体は崩れ落ちていた。
「……お姉ちゃん。憎しみは、捨てて。みんな死んでしまう……」
かすれる声で、リーフは続ける。
「……大好きだったよ」
ネイピアの腕の中で、彼は静かに息を引き取った。
その死の間際、リーフの身体から、大地の魔力が解き放たれる。
ネイピアの水の“冷たさ”の魔力と、イグニスの炎の“熱”の魔力が激しくぶつかり合っており、その狭間では、渦が生まれていた。
そこにリーフの残した大地の魔力が混ざり合った。
ネイピアとイグニスは、立ち尽くしながら、生命の起源そのものを感じ取っていた。
沈黙した世界の中で、
時間の流れに抗う炎の熱と、
時間の流れに従う水の冷たさ――
その両極がぶつかり合った渦の中で、
沈黙から抜け出た存在――
それが、生命の起源だった。
時間という線形の流れの中で、因果の螺旋を紡ぐものたち ――
あるものは切り捨てられ、あるものは残っていく。
――それは冷徹過ぎるほど、単純な法則―― だった。
だがそれは、切り捨てられたものが、残ったものに "存続を託す" 営みのように見えた。
「消え去ったものは、無くなってはいない・・・」
ネイピアは、かつての寺院でのクリスティナの言葉を思い出していた。
『闘争の目的』
ネイピアとイグニスの戦いのために、無数の屍が積み上げられていた。
そこには人々だけではなく、木々や花草、精霊――数え切れぬほどの生命が、既に命を終えていた。
ネイピアは我に返り、攻撃をやめ、イグニスに問う。
「私とあなたはこの世界で頂点に立ち、今も対峙しています。
ですが、散っていた者たちと私たちの間に、生命としての目的に違いはあったのでしょうか。」
「・・・だが、闘争の炎こそが、その存続を保ち続けたもののように思える。」
「そうかもしれません。ですが、存続を捨ててまですることなのでしょうか。」
イグニスの心の中にかつのて兄王の言葉が蘇る。
―― 万が一、私が倒れたなら、それを糧に、生き残ったお前が、その先へと進んでほしい。 ――
―― 私は鬼の道を歩む。お前は、救いの道を歩め。 ――
ネイピアは続ける。
「散っていた者たちから託されたものの重みを感じます。
そして、自分自身もいつか散り行き、託さなければならない日が訪れるのです。
―― "沈黙の宇宙" に戻ることに抗うものは、全て、等しく "同体" なのです!」
ネイピアは自らの感情を抑え、そう言い切った。
「・・・何と言うことだ。我々は、真の目的を理解せぬまま、同士討ちの戦いを太古の昔から繰り返し続ていたというのか。
それに感情を高ぶらせていたと・・・。」
「もうこれ以上、"同体同士"の過剰な戦いはやめるべきです。
むしろ、共に抗うべきなのです。"沈黙の宇宙" に戻ることに対して。」
ネイピアの言葉に、イグニスは己に言い聞かせるように呟く。
「存続・・・。それが私、生命の宿命・・・。」
イグニスはうつむき矛を収めた。
『沈黙へのカウントダウン』
中心大地の塔神殿の最上部にある"時空の結晶"から強い閃光が絶望の荒野の先に向かって放たれている。
それはレイが旅立った方角であった。
その閃光により"時空の結晶"は力を吸い取られるかのように弱まって、それは"沈黙の宇宙"へのカウントダウンの様相を呈していた。
ネイピアの元にスカイドラゴンが舞い降りる。
レイが旅立った先の方角で何かが起ころうとしている。
イレーナはネイピアに言う。
「"時空の結晶"のことは私たちに任せて。……あのバカのレイ、どうせ何かにに関わっているはずよ。急いで彼のあとを追って。」
ネイピアは頷き、スカイドラゴンに乗り、レイの旅立ったあとを追うのであった。




