第3部 交差の魔導士 外伝(闘争の真実) ep.1 闘争の予兆
― 時空の魔導士~外伝(闘争の真実) ―
『闘争の予兆』
ネイピアは、光の国の王位就任演説において、奴隷解放と、魔力使用の厳格な抑制を、世界に向けて高らかに宣言した。
光・闇・炎・水――四つの世界を束ねる盟主国となった光の国の戴冠式には、各世界の王、宰相、そして重鎮たちが一堂に会していた。
演説が進むにつれ、会場の空気は目に見えて揺れ始め、騒然となる。
歓喜と称賛に包まれる者たちがいる一方で、不満を抱き、席を立つ者も続出する。
とりわけ、その反応が顕著だったのは炎の国の一団だった。
つい最近まで、彼らは光の国を事実上支配していた。
それまで信じていた彼らの既成概念まで、今この場で否定されたのだ。
騒然とする中、炎の国の宰相となっていたエイデンは、沈黙したままその光景を見つめていた。
――世界は今、選択を迫られている。
彼はそう確信し、深く苦悩するのであった。
『王位を継ぐ者』
炎の国の王位は、いまだ空位のままだった。
炎の国のは光の王ネイピアを憚り、新たな王を立てずにいた。
その間にも、各地ではネイピアの掲げる改革に反発する反乱が起き始めていた。
奴隷制度の廃止、魔力使用の抑制――
それらは理想であると同時に、多くの国々にとっては、これまでの秩序を揺るがすものであった。
ネイピアとエイデンは、連日その鎮圧と調停に追われていた。
とりわけ炎の国では、不満が色濃く渦巻いていた。
かつて光の国を支配する側にあった自分たちが、今やその下風に立たされている――
そう感じる者は少なくなかった。
やがて、人々の間で一つの声が大きくなっていく。
かつての炎の王の弟、イグニスを王として擁立し、光の国と対等な関係を築くべきではないか――と。
このままでは、炎の国は収拾がつかないが、分別のある彼なら鎮められるのでは。
そう判断したエイデンは、決心する。
辺境の地に左遷され、事実上の蟄居謹慎を強いられている男。
かつて炎の王の弟でありながら、身を引き、世を厭い、静かに生きている人物――イグニスを訪ねることを。
イグニスは兄王に従ったとは言え、ネイピアの父、光の国の先王を自らが手に掛けたことを苛んでいた。
その罪の意識は深く、国政を担う親友のエイデンにもこのことは言ってはいなかった。
エイデンが知れば彼の心労を増やすだけだとして言わずに、自分の心の中だけに閉まっていたのであった。
もとよりイグニスは、兄王の征服的な思想に賛同してはいなかった。
エイデンの処遇を巡って兄と激しく対立し、その結果、兄弟の契りをも断ち、辺境へと追いやられた経緯がある。
分別ある人柄と誠実さから、イグニスは今なお炎の国で厚い信望を集めていた。
エイデンの要請に対し、イグニスは当初、頑なに首を横に振る。
だが、炎の国の荒廃した現状と、世界を立て直そうとするエイデンの必死な思いに触れ、ついに彼は重い腰を上げる。
こうしてイグニスは、再び王都の地を踏むことになるのだった。
『握手の背後に』
エイデンは、これまでの経緯をすでにネイピアへと説明しており、イグニスを炎の王として即位させることについても、了承を取り付けていた。
そしてエイデンの手配により、ネイピアとイグニスの正式な面会の場が設けられる。
両国の友好を示す立会人として、闇の国の王女イレーナも同席していた。
ネイピアは、イグニスの姿を目にした瞬間、内心で凍りつく。
彼は――父である光の先王に、最後の一撃を与えた人物だった。
一方のイグニスもまた、胸の奥にわだかまりを抱えていた。
決別した兄とは言え、兄にとどめを刺したのがネイピアであったこと。
そして自分自身が、光の先王を討ったこと。
互いに、それぞれの過去の記憶を胸に秘めたまま、二人は相対している。
だがイグニスは、ネイピアが自分の手で光の先王を討った事実を知っているとは、思っていなかった。
あの最後の直接対決は、兄王が「王の名誉」を重んじ、両国の王族のみの神聖な戦いとして、王族以外の参戦を許さなかった。
戦いに参加した光の国の王族は、兄王とイグニスの手によってすべて討たれた。
その詳細を知る者は、もはや存在しない――
エイデンも、もちろんその例外ではない。
幼いネイピアが、ゴールドドラゴンに守られながら空よりその光景を見届けていたなど、イグニスは夢にも思っていなかった。
自分が沈黙を守りさえすれば、平和は保たれる。
イグニスは、そう信じていた。
両者の内心とは裏腹に、面会はつつがなく進み、無事に終わる。
エイデンは、胸を撫で下ろしていた。
様子を見たイレーナは、どこかぎこちない二人の空気を察し、明るい声で二人に握手を促す。
「お二人さん、固い、固い! ほらほら、握手、握手!」
促され、ネイピアとイグニスは互いに手を差し出す。
イグニスは、自身の感情が震えとして伝わらぬよう、必死に堪えていた。
だが、ネイピアの手もまた、わずかに震えていることに気づく。
彼は、彼女も緊張しているのだと思った。
しかしネイピアは、父の命を奪ったその手に触れる怒りを、必死に押し殺していたのであった。
『寺院での告白』
光の国の王都の王宮
ネイピアはイグニスと握手した手を眺めている。
イグニスとの握手の瞬間を思い出しては、嗚咽が走る思いに駆られるネイピア。
複雑な思いに苛まれたネイピアは、
かつて姉ナディアと親交のあった修道女クリスティナが身を寄せる寺院を、密かに訪れていた。
人目を避けるようにして向かったその場所で、ネイピアは初めて、自身の内に渦巻く感情をクリスティナに告白し続ける。
「シスター・・・。王である私は、憎しみや悲しみ、そして孤独に抗うすべを持ちません。
私は、どう歩んでいけばよいのでしょうか。」
しばしの沈黙ののち、クリスティナは静かに口を開いた。
「主は、すべてを許し、受け入れなさいと説きます。
ですが、今、あなたを目の前にして、私には――その言葉を、そのままお伝えすることが出来そうにありません。
私は魔力もなく、この小さな寺院に身を置く一修道女です。
あなたの苦しみと、その答えを知り得ることは出来ないでしょう。
ですが……」
言葉を選ぶように、クリスティナは続けた。
「――― 消え去ったものは、無くなってはいない。
私は、そう思います。
今、懸命に前を向こうとしているあなたの中に、
消え去った人たちは、いつも在り続けている。
それだけは、確かなことです。」
クリスティナにも、そこまでしか言えなかった。
「……無くなってはいない。」
ネイピアはその言葉を、静かに繰り返す。
クリスティナとの会話で、幾分気持ちの整理をつけることが出来たネイピアは、寺院を後にする。
『託されていた炎』
イグニスの即位により、炎の国は表向きには鎮静化へと向かっていた。
しかし、その裏で、炎の魔力が世界規模で急速に衰え始めていた。
このまま衰退が続けば、炎の国は確実に滅びへと向かう。
原因は不明だった。
炎の国の内外では、さまざまな噂が飛び交った。
「光の国が炎の復活を恐れ、裏で陰謀を巡らせているのではないか」
そうした憶測が、不安と疑念をさらに煽っていった。
王として苦悩するイグニスの脳裏に、忘れようとしていた兄王との知られざる記憶が浮かび上がる。
それは、兄弟だけが知る、かつて託された密かな使命だった。
―――あの日。
エイデンの処罰が決まり、意気消沈していたイグニスのもとに、炎の王が訪れた。
「浮かぬ顔だな。エイデンのことか」
「……兄上のご判断です。何か、お考えがあってのことかと……」
炎の王は、公の場では決して見せぬ、穏やかな眼差しを弟に向けた。
「お前は賢い。この機に、私とお前は公には袂を分かつ
私は、これから神との対決を目指す。大いなる賭けとなるだろう。」
短く息を整え、兄は続けた。
「ゆえに、ここから先は私一人でやると決めた。
万が一、私が倒れたなら――それを糧に、生き残ったお前が、その先へと進んでほしい。」
そして、静かに言い切った。
「私は鬼の道を歩む」
「お前は、救いの道を歩め」
「兄上……」
その翌日。
王宮にて、衆目の前で、炎の王とイグニスはエイデンの処罰を巡り激しく対立した。
兄弟の契りすら断ち切るかのような、大喧嘩。
それは、"炎" を託すために打たれた、ひとつの芝居だった。
「炎の熱、水の冷たさ」
イグニスは、現状を打開する手がかりを求め、魔力の探求に誰よりも熱心なイレーナに相談を持ちかけた。
イグニスを誠実な人物だと信じているイレーナは、もともとネイピアとは別の考え方を持っており、
魔力研究でその活路を見出そうとしていた為、その相談を快く引き受ける。
二人は共に、炎の魔力が衰え始めた原因を探り始めた。
やがて二人は、水の「冷たさ」は時空の流れに従順な力であり、炎の「熱」は時空の流れに抗う力ではないか、という仮説に至る。
イレーナは、思案しながら語り始めた。
「水って、氷、水、水蒸気と、同じものなのに、熱の違いで状態が変わるでしょう?
これって、時空間で椅子取りゲームをしているように見えない?」
彼女は、宙に魔法で妖精たちに椅子ゲームをさせ、それを眺めながら続ける。
「固いものは、時空間の拡張の流れに従順で、いち早く次の時空間で“席”を確保している。
だから、もっと固いものが現れない限り、テコでも動かない。
逆に、柔らかいものは時空の流れに怠慢で、すでに固いものに占有された空間は、何も無しでは奪えない。
水や水蒸気は、自分が落ち着ける“椅子”を探して、時空間の中でフラフラしているの
だから、柔らかかったり、空中を漂っているように見えるのよ
言い方を変えると、熱は、ものが時空の流れに逆らっている結果、と言っても良さそうよね」
椅子ゲームのやる気のない反抗的な妖精を、イレーナは捕まえようとするが、その妖精は逃げ回っている。
「時空の流れに対し、"冷たさ"は従順で動かず、"熱"は抗い動き、他に影響を及ぼす。
燃え続ける"火"があるのに対して、冷え続ける現象がないということは、それを示唆しているように思える・・・。
そこから考えると、氷の冷たさには時空間の拡張速度という限界点がありそうだが、
炎の熱には時空の流れに抗う限り限界点はないように思える。どうだろうか?」
「そうね。とは言っても熱は常に周りに影響を発し続けるから、力は常に分散し続け、最終的には "沈黙" するでしょうね。
闇の魔術の言い伝えに "沈黙の宇宙" という言葉があるの。この世界に訪れる最終的な姿と言われているわ・・・。」
「だが、無限に抗い続ける "炎" は "沈黙の宇宙" に勝てないのだろうか。」
「"炎の黒点"。新しい世界の秩序が生まれそうね。でも、未だかつてその中を見た者はいないわ。
危険な発想ね・・・。」
椅子取りゲームをしていた精霊たちは、一斉に動きを止めた。




