第3部 交差の魔導士 ep.1 荒野の先
― 交差の魔導士 ―
『荒野の先』
レイは、絶望の荒野を歩いていた。
レイは、絶望の荒野の旅を振り返っていた。
絶望の荒野の先には幾つかの世界があった。
そしてそれらの世界の旅路をレイは経験していた。
だが、レイは未だ絶望の荒野の先を目指している。
まだこの先には何かあるのではないかと思っていた。だが、今回ばかりは行けども暮らせどもその気配は訪れない。
「もう戻ったほうが、いいんじゃないのか」
と風の精霊。
半ば諦めかけた表情で前方を見ていると、遠方の地床に彩形のようなものが陽炎のゆらめき見えた。
近づいてみると、そこには、無限に続いているように見える巨大な「魔力壁」が立ち振るっていた。
レイは無限に続いているかのように見えた巨大な「魔力壁」に一か所崩れかけている箇所を遠くに発見する。
勇気を出し、壁の裂け目に飛び込んだレイは、多大な魔力の流れに吸い込まれつつボロボロになりながらなんとか壁を越えた。
しかし、魔力壁の反動は悪く、身体はおろか魔力を深く傷つけてしまい、レイは地に倒れ力尽きた。
意識が遠のくなかで、人陰の気配が見えた。
『癒しの所』
目を覚ますと、レイは柔らかな寝台に自分が居ることを知る。
「大丈夫……?」
やさしい少女の声。
目を向けると、治療用の椅子に腰かけた素朴な少女が、心配そうにこちらを見ていた。
「ここは……どこ?」
「崩れている魔力壁の修復作業を行うために作られた臨時の居住区よ。あなたは・・・、変わった外套を着ているわね・・・。修復作業の人?」
「そうか!やっぱりまだ荒野の先には世界があったんだ!」
「えっ?」
「僕は西の荒野からやって来たんだ。ここはどんな世界なの?」
少女はこの世界は魔力壁で囲まれた世界で、その外の世界は消滅していると聞かされていると言う。
記憶も定かではない過去に、"交差の魔導士"と呼ばれる4つの魔力を持つ者が、災魔を撃退したことで、この地だけは消滅を免れたと言われている。
しかし、レイは西には広く豊かな世界が広がっており、その世界のことを少女に聞かせる。
少女の名前はアンと言った。アンは驚きながらも、自分の内側で「外に世界があれば」とその可能性を願っていた。
彼女は、魔力を持たない無力者として社会の底辺で働いていた。
自分はこのままここから抜け出せないのかといつも嘆いていた。
この世界の外部はもう人の世界は存在せず、魔力の災害からこの世界を守る為、この世界の周りは巨大な魔力壁で囲まれている。
その魔力壁の工事がほぼこの世界の重要事項で、みんな疲弊している。
彼女も希望が持てずに暮らしていた。
「魔力を持たない」とされてきたアンだったが、レイはアンに魔力の素養を感じていた。
レイは献身的に看病してくれているアンに感謝の気持ちを込めて、彼の風の魔術を教えることにする。
アンは、それに見事に応えた。
彼女の手のひらから、柔らかく風が舞う。
その瞬間、アンの瞳に涙がにじむ。
「私……魔力が、あったんだ……」
「君の魔力は、完全に調和していたから漏れていなかっただけだったんだ。むしろそれは君の才能だよ。」
初めて“自分が認められた”と感じたアンは、言葉にならない感情でレイを見つめていた。
けれど、レイの魔力はまだ回復していない。
身体は癒えつつあるものの、深く傷ついた魔力は依然として不安定なままだった――
『逃避行』
風の魔術を習得したその夜、アンは奇妙な夢を見た。
――女王シルトが魔導軍を率いてこの地に現れ、レイを捕らえ、処刑を命ずる――
あまりに鮮明で、目覚めた直後も胸にざわつきが残るほどの夢だった。
そして翌日、それは現実となった。
王都から女王シルトが自ら訪れ、魔導軍とともに現れた。
「外界からの来訪者」という罪名のもと、レイは連行されていく。
「なぜ……本当に、来たのね……」
夢が現実と重なったことに、アンの中で何かが決定的に変わった。
この世界の常識、教えられてきた「外には何もない」という前提。
それを壊す存在が、いま、目の前で捕らえられようとしている。
王宮からの通達では、外界など存在せず、「外から来た者」と名乗る者は虚偽の存在、危険因子として即時処分が決まっているという。
――おかしい。なぜそこまでして「外の存在」を否定するの?しかも女王が自ら・・・。
アンの胸に、かすかな違和感と怒りが芽生える。
自分が魔力を持っていないと信じ込まされていたのも、この社会の構造のせいだったのではないか――。
アンは決断した。
夜、監禁されたレイのもとへと忍び込み、彼を連れ出した。
「なぜ、僕を……?」
レイが戸惑いながら問うと、アンはきっぱりと言った。
「あなたは、私に希望を与えてくれた。
あの壁の向こうに、本当に世界があるのなら……私も、それを見てみたいの。」
それは単なる逃亡ではなかった。
抑圧からの離脱であり、未知への旅立ちだった。
傷が癒えていないレイと、魔力がまだ不安定なアン。
互いに支え合いながら、二人の逃避行が始まった。
***
道中、アンはふと漏らす。
「レイに風の魔術を教わったあと、時々……夢を見るの。変な夢。
正夢みたいに、未来のことが……断片的に浮かんでくるの。」
レイは黙ったまま、遠くを見るように呟いた。
「……かつて、僕がここに旅立つきっかけになった魔導士いてね。
彼女は “時空の魔導士” だった。
未来や過去、幾筋もの可能性の流れを視ていた……君も、同じなのかもしれない。」
アンはその言葉を胸に、何か大きな運命の渦に自分も巻き込まれていることを、うっすらと感じ始めていた。
『義勇軍』
女王シルトはレイとアンを執拗に追撃する。
逃亡を続けるレイとアンは次第に追い詰められていく。
そしてついに、山岳地帯の谷間で、魔導軍に包囲される。
逃げ場を失ったかに思えたそのとき――
谷の上段から、一人の陽の魔導士が現れる。
その陽の魔導士が掲げた手は、まばゆい光が戦場を裂き、シルトの強大な魔力を受けて立つ。
シルトはその姿を見るなり、少し驚いた表情でつぶやいた。
「……あなたが、こんな場所にいたなんてね。――ヴァルタス」
どうやら、彼らにはかつて何らかの因縁があるらしい。
だが今はそれを深く語る者はいない。
ヴァルタスはシルトの攻撃をかわしながら、レイとアンを連れ、谷間を離脱する。
***
彼の導きでたどり着いたのは、古い城跡を改造した地下拠点だった。
そこは王国の圧政に反発する者たちが集う、義勇軍の隠れ家。
「ここでは、命令ではなく意志がものを言う。」
ヴァルタスはそう語る。
彼はこの地で、無力な人々を守っているうちに、リーダーに推されたのだった。
口数は少ないが、言葉の端々に芯の強さと、どこか影を感じさせる。
暗い過去を背負っているようであった。
***
ある日、ヴァルタスとの魔力の訓練中、アンの身体に変化が起きる。
眩い陽光のような魔力が、彼女の中からあふれ出したのだ。
そして同時に、彼女の中で何か別の記憶が目覚めかける。
――知らない誰かの記憶。
けれど、なぜか懐かしく、切ない思いが胸を締めつける。
アンは戸惑いながら、レイに打ち明ける。
「……記憶の中の誰かが、何かをずっと探していた気がするの。
私、その人のことを……知ってる。けど、思い出せないの。」
***
そんな中、義勇軍にも決断の時が迫っていた。
シルトの支配はさらに強まり、民衆の苦しみは頂点に達しようとしている。
「……ヴァルタス。今こそ立ち上がる時ではないか。」
仲間たちの声が、彼の胸を揺らす。
ヴァルタスは夜空を見上げ、静かに言う。
「私はかつて、自分のために戦い、敗れて逃げてきた。
だが、もう一度……今度は自分のためではなく、人のために、この世界に立ち向かいたい。」
そして、義勇軍はついに蜂起する。
混乱は瞬く間に広がり、封じられていた魔力の結界が軋み始める。
――“隔絶の地”が、揺らぎ始めていた。
一方、遠く離れたレイの世界でも異変が起ころうとしていた。




