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交差の魔導士  作者: オズ
11/29

第2部 時空の魔導士 外伝(過去の選択) ep.1 幸せな日々

─ 時空の魔導士 ~外伝(過去の選択) ─



『幸せな日々』

光の王国に、ひとりの風の魔導士がいた。

気高く、クールで、風のように自由で気ままなその女性の名は──ニース。


彼女の恋人は、光の王国の王子にして、光の天位魔導士でもある青年、エルヴァンだった。

偶然の出会いから始まった二人の関係は、周囲の心配をよそに惹かれ合い、やがて深い愛情へと育っていった。


王家の両親──エルヴァンの父王と母妃は、そんなニースのことが少し気掛かりでいる。

他国の者であること、気丈で、自由な振る舞いが王家に相応しいかどうか。そんな不安を抱いていた。


その空気を敏感に察したエルヴァンは、彼女の印象を少しでも和らげたいと考える。

やがて彼は、ある日ニースにこう打ち明ける。


「両親に、何か驚くようなことをしてあげたいんだ。君と二人で、ね。

少し……印象が変わるような、素敵な何かをさ……考えてくれないか?」


ニースは気乗りはしなかった。

けれど、恋人のまっすぐな眼差しを前に、ニースは首を横には振れなかった。


ニースは優れた魔導士であったが、こういった演出は得意とは言えなかった。

思案の末、唯一信頼を寄せる友人──フィーナのもとを訪ねて相談することに決めた。


フィーナはニースとは正反対の女性だった。

繊細で、礼儀正しく、品のある佇まいを持ち、可憐な雰囲気を纏っている。

言葉選びにも仕草にも慎重で、感性豊かに他人の感情を汲み取る。

ロマンチックな演出などは、彼女の得意だ。


ニースはそんな彼女を、密かに尊敬していた。

一方のフィーナもまた、ニースの気高さと自由さに憧れを抱いていた。

互いにないものを補い合うような、静かで深い友情がそこにはあった。


ニースから事情を聞いたフィーナは、すぐに提案を思いつく。


「王と妃を、お忍びで外にお連れしてみてはどうかしら。

あの丘よ。前にあなたと行った、海が見下ろせる場所。

そこで、あなたの風の魔術で景色を彩るの。

たとえば──夕焼け空いっぱいに、風のアートを描いて……風のハーモニーを奏でるのよ。

エルヴァンの光の魔術も組み合わせてみてはどうかしら

あなたたちにしかできない、優しくて美しい魔法になると思うわ。」


ニースは最初、戸惑った。

けれど、想像してみると、不思議と心が温かくなるのを感じた。

自分の魔術が、誰かの心を和らげるのなら──悪くないかもしれない。


この案を聞いたエルヴァンは、子どものように喜んだ。

冷静沈着なニースの新たな一面に触れ、彼はさらに彼女への想いを強くした。

ニースもまた、少しずつ変わっていく自分を感じていた。


「こんな日々が、ずっと続けばいい」


そう思えるほどに、穏やかで、幸せな日々だった。


──この時までは。




『罠』

エルヴァンは張り切って先に目的地へ赴き、現地での準備に取りかかっていた。

一方、ニースは王と王妃を迎えるため、王宮へと向かっていた。


風の精霊を操り、彼女は宙に浮かぶ馬車を生み出す。王夫妻を乗せて、密かに城を離れると、風を受けて軽やかに進んだ。


長らく宮中の閉塞感に疲れていた王夫妻にとって、この旅は久々の解放だった。

「これは良い。なかなか洒落たことをするではないか、ニース」

厳格な王の口元に、思わず微笑みが浮かぶ。空気は穏やかで、計画は順調に思われた。


しかし──


ニースは次第に、周囲の様子に違和感を覚える。

進路は間違っていないはずなのに、見慣れたはずの風景が少しずつズレている。

森に入ると道は入り組み、やがて分かれ道に差しかかった。

通りすがりの者に道を尋ねても、「知らない」と首を振るばかり。

不安を抑えつつ、ニースは馬車を進めた。


──そのときだった。


突如、木々の陰から影が飛び出す。

襲ってきたのは、炎の王国に仕える魔導士たち。暗殺を専門とする、精鋭の密命部隊だった。


「──伏せて!」

ニースが叫ぶ間もなく、王夫妻は不意を突かれて致命傷を負う。防ぐ手段もなかった。


彼女は必死に応戦し、辛くも脱出するが、王夫妻はすでに息絶えていた。


王宮から王夫妻を連れ出した経緯もあり、ニースはすぐに「暗殺の首謀者」として名指しされ、国中に指名手配された。


法外な懸賞金までかけられたことで、彼女の無実を信じる者も次第に沈黙していった。


ニースを犯人と断定したような根拠のない情報が多く飛び交い、恋人エルヴァンも動揺していた。

──これはすべて仕組まれた罠なのではないか。

──ニースは、両親をおびき出すための道具として自分を利用したのではないか。


真実を確かめたい気持ちはあったが、王宮の警備は厳重を極め、王子であるエルヴァンも容易には動けない。


この混乱の中、王子までが姿を消せば、かねてより侵略の野心を抱く炎の王国に、付け入る隙を与えることになるのであった。




『罠の真相』

それでもニースは、どうしても真実を伝えたかった。

エルヴァンに直接会うことができない今、彼女が頼ったのは親友──フィーナだった。


しかし再会の直後、思いもよらぬ事実が明かされる。


──暗殺事件のきっかけを作ってしまったのは、他ならぬフィーナだった。



フィーナは名門の家に生まれ、王宮でも一目置かれる存在である。王子の結婚相手としても有力視されており、王夫妻からの信頼も厚い。

ニースは気づいていなかったが、彼女は密かにエルヴァンに想いを寄せていた。


ニースにとっては大切な友であり、相談相手でもあったフィーナ。

だが彼女にとって、ニースは「王子を奪う存在」であり、周囲の期待をも壊す障害だった。


フィーナの目的は、ニースの評価を下げさせるため、ニースの計画した“風の旅”をさりげなく失敗させることだった。

少し道を迷わせ、目的地にたどり着けないよう誘導する。──ほんの出来心だった。


ニースに悟られぬよう第三者に依頼したが、その請負主が、炎の王国に繋がる密偵だった。

密偵はその情報を分析し王夫妻が無防備で外出すると断定。炎の王国に流し、それが王夫妻を狙う暗殺計画へと繋がってしまった。


「まさか、あんなことになるなんて……私、本当に知らなかったの」

フィーナは泣きながらそう訴えた。確かに、彼女もまた想定を超えた展開に取り乱していた。


ニースは、どうにかしてエルヴァンに真実を伝えるよう懇願するが、フィーナは首を振る。

「私が話したとしても、二人とも無事では済まないわ。特にあなたは他国の人よ。逃げて……お願い、今はそれしかないの」


ニースは絶望しながらも、最後の望みにかけて、エルヴァンに直接会おうと再び城へと向かう。

しかし、その行動はすぐに衛兵に察知され、追われることになる。


時を経ず、光の王国では新たな王が誕生した。──エルヴァンである。

王を失った国をまとめるため、彼は急遽王位を継ぎ、政を担う立場となった。


その最初の使命が、「ニースの追討」だった。


内心では葛藤を抱えながらも、彼は公として動かざるを得なかった。


やがて、エルヴァンとフィーナの婚儀が執り行われることとなる。

それは国の安定を示す象徴として、多くの者に祝福される式だった。


遠くから、その光景を隠れて見つめるニース。


多くの祝福に手を振り応える二人の姿に、胸が締め付けられる。

耐えきれず、その場を去ったニースは、人知れず滅多に見せない涙をこぼしていた。


かつて心を通わせた二人は、今や追う者と追われる者となった。


ニースは失意の中、故郷である風の王国へと、ひとり帰る道を選ぶ。


その背を吹く風は、冷たかった。




『風の王』

風の王国は、光の王国や炎の王国といった大国に挟まれた、小さな国である。


その王であるカイラスは、風の天位魔導士であり、ニースの幼なじみにして旧友だった。


カイラスは長年、ニースに密かな恋心を抱いていたが、自分には叶わぬ想いだと悟っていた。

それでも、彼女の隣に立ちたいという思いから、懸命に修練を積み、彼女を越えて天位魔導士となった。

――それは、ただ一目、彼女に認められたかったから。


一方で、ニースもまた、カイラスを実力ある友として尊敬していた。

共に修行に明け暮れ、互いを高め合う存在だった。


けれど、何かにつけて自分より一歩先を行く彼の姿に、ほんの小さな嫉妬を抱くこともあった。

気高く、クールで、プライドの高いニースにとって、それはあまり居心地の良いものではなかった。


そんなニースにとって、風の王国は小さく、限られた空間だった。もっと広い世界へ、もっと自由な風になりたい――。

その思いが、彼女を旅立たせた理由のひとつでもあった。


カイラスは、彼女がいずれここを飛び立つことを、どこかでわかっていた。

だからこそ、恋心を伝えることもなく、静かに心の奥にしまったのだった。



ニースは風の城に迎え入れられ、王であるカイラスと重臣たちとの面会に臨んだ。


光の王国の王夫妻を暗殺した疑い──その噂は、すでにこの国にも届いていた。

重臣の一人は冒頭から厳しく言い放つ。


「国としての責任を果たすべきだ。すみやかに彼女を引き渡すべきではないか」


しかし、カイラスは冷静だった。

個人的な想いを押し殺し、中立的な立場で、ニースの話に耳を傾ける。


収集された情報や証言を照らし合わせた結果、彼が導き出したのはこうだった。


──確かに、ニースには軽率な行動があった。だが、王夫妻の死を決定づける証拠も、殺意を示す動機もない。

むしろ、暗躍する炎の王国の関与こそ、疑うべきではないか。


それが、カイラスの結論だった。


たとえどのような手段を取ってでも、彼はニースを守る覚悟を固めていた。

だが、風の王国の立場を守る必要もある。彼女を公然と匿うことはできない。


表立って匿うことができないのであれば、意図的に“脱走”させ、裏から支援する案も考慮していた。

けれど、それは風の王たる自分が掲げる「正道」には反する。


悩み抜いた末に、カイラスは風の王国の名で、光の王国に対して正式に再調査を要請する決断を下した。

それは政治的にも勇気のいる一手だった。



面会を終えたあと、カイラスは城の高台にひとり立ち、風に髪をなびかせながら、遠くの空を見つめていた。


そこに、ニースがそっと現れた。

「……こんな形で帰ってくるなんて、都合が良すぎるわよね。私は風の国を去るべきよね。」


だが、カイラスは穏やかに首を振った。

「風の世界は何事も風のように受け入れる、だったよな。なら、まずは私がそれを守らなくては。」


ニースはその言葉に何も返せなかった。

彼女はカイラスや風の王国を越えて、世界を見てみようと旅立ったつもりだったが、まだ彼や風の世界に包み込まれているように感じていた。




『封印のドラゴン』

光の王エルヴァンは、風の王カイラスからの返書をもっともな意見として受け止め、重臣たちに再考を促した。

しかし、重臣たちは激昂した。

「小国風情が、光の王国の命を拒むとは何事か」と。

即位したばかりのエルヴァンには、彼らを抑えるだけの力がまだなかった。

結果、光の王国は魔導軍を風の王国へと送り込むこととなる。


風の王国は、小さな国である。ニースやカイラスは懸命に応戦するも、多勢に無勢。

戦況は悪化し、ついには先祖の墳墓──風の魔術伝承の地まで追い込まれる。


光の王国の魔導軍が真近に迫ってきている。

守り切れないと判断したカイラスは、封印されし風の守護竜、”スカイ・ドラゴン”の覚醒を決断。

封印を解く為、"風の粒石" を携え、伝承の地の地下洞穴に急ぐ。

太古の昔に眠りについたドラゴンの眠りは深く、過去に封印を解こうとした王たちもいたが、それは悉く失敗していた。

国土の大半を失った状態では、ドラゴンの覚醒に対する魔力の不足が否めず、カイラスにとって命懸けの試練となった。


一方その頃、光の王国の魔導士たちはこの戦いを亡き先王の弔い合戦と心の底で誓っており、その激しい感情がやがて暴走となる。

ニースの捕縛を拒む彼女の家族──父、母、兄弟の命を次々と奪っていったのであった。


エルヴァンは、あくまでニースを生け捕りを命じ、無用な殺戮を禁じていた。

しかし、その命令は前線では顧みられず、事態は手のつけられないほどに悪化する。

エルヴァンは戦場から届いた報告に愕然とし、ようやく悟る。


──もう、彼女との絆は取り戻せないのだと。


家族の死を前にニースは、後悔、悲しみ、憎しみを超え、心は崩壊。すべてを放棄するかのように、戦場の真ん中で立ち尽くす。


復讐心に満ちた魔導士たちが殺到して、ニースを目掛けて迫ってくる。


だがそのとき。


崖に刻まれた巨大な竜の壁画。その目が光り、開かれた。


翼竜 "スカイ・ドラゴン" ──風の王国の守護竜が、ついに目覚める──。


スカイ・ドラゴンはニースのもとへと舞い降り、その身で包み込むと、迫りくる魔導士たちを烈風とともに吹き飛ばす。

その羽ばたき一つで戦場の空気が一変し、敵陣は風の奔流に呑まれ、なぎ倒されていく。

そして、スカイ・ドラゴンはニースを抱え、空へと舞い上がる。

その飛び立つ暴風は、光の魔導軍を一掃していた。


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