もう後戻りは出来ないのだと言われ・・
変化した大鷹くんは、通常とは異なる存在。
当然だと言われればそうだ。アヤカシなのだから。
「鵺は人に災いを告げる。当然、アヤカシの姿で告げるべき……まさか今まで、その姿で告げて来たのか?」
頭が真っ白になる。
自分がしてきた愚かな行為。
「……うん。私は役目を背負い、告げるべきだと……この姿で。」
この身に恨みを受けてきた。
当然だ。近い未来を、それも不吉を告げて受け入れられるはずなどない。
込み上げる涙。
大鷹くんは、そっと私の零れた涙を拭う。
「そうか、今まで頑張って来たんだな。よくやったね。」
視線を合わせることも出来ず、溢れて止め処なく零れ続ける涙。
彼の両手が頬に添えられ、涙は優しく拭われた。
少しの沈黙の後、彼の手が離れて私は目を上げる。
視界に迫る状況に、驚きと戸惑いが生じた。彼は私を抱き寄せ、強い力と温もりを伝えたから。
何が一体、どうなったのか。
そこには確かに光莉がいたはずだ。
「あの、大鷹くん?もう、落ち着いたから離して。光莉?居るんだよね、大鷹くんに説明して。何とかして……お願い。」
強く拒絶することも惑い、混乱した私から離れた大鷹くんは笑顔を向けた。
「ごめん、あまりに可愛くて。」
素直な言葉に、思わず赤面して視線を逸らす。
「調子にのんな、ぼけぇ。私にも背があれば、あんたなんかに負けへんのやけんな。」
光莉は、あきれた表情で大鷹くんの足に蹴りを入れた。
「痛っ。地味な攻撃するとかヤメロ。」
いつもの二人の様子に、思わず笑みがもれた。
いつのまにか大鷹くんの変化は解けていて、馴染む日常に戻れたようで安堵する。
夢を萌す私の姿は、それほど代わり映えしないと思う。
でも自分の姿など鏡で見たことはないから断言はできない。
けれど、一翔は……
やはり、萌す変化した姿を見ていないから私を識別できたのかな。
自分が認識できるのは、炎に黒煙の交じる翼だけ。
大鷹くんの翼より大きく、その異様な形態を最初に見た時は恐れが生じた。
他の者が見れば……現実で、それを目の当たりにしながら不吉を告げられるとすれば。
告げる者への恨みも通り越し、先に起きる事への恐怖に怯えながらも未来を変えようと足掻いてくれたかもしれない。
「告美。もう遅いし、こんな奴ほっといて帰ろう。時間あったら、“うちんく”寄って行かん?」
……うちんく?寄って行く……お店なのかな。
「うん。」
理解できていないのに、安易な返事。
「おい、光莉。告美は『うちんく』が分かってねぇぞ。俺もだけどな。」
ため息交じりで、大鷹くんは光莉の頭に手を置いて揺らす。
「汚い手で触んな。それに“うちんく”って、“私の家”じゃ。何か文句でもあるんえ?」
……そうだったんだ。
「光莉、ごめんね。私も分からず返事しちゃったし。急に家に行っても迷惑じゃない?」
二人の喧嘩が悪化しそうで、思わず間に入る。
「告美は、ええんよ。話もせなあかんし、なぁ?告美に来て欲しいんよ。あかん?」
普段、無表情な光莉が甘えるような仕草で私に問う。
激カワいいんですけど!
大鷹くんとの言い争いも、声は荒くなるけれど、ほとんど表情は変わらない。
常に彼女の感情と表情は変化に乏しくて、冷めているような印象に一線を感じる。
でも私は彼女に惹かれ、それを光莉は否定もせず受け入れてくれた。
「ありがとう、光莉。」
私の言葉に照れたような微笑みを見せ、大鷹くんに視線を向けてふんぞり返る。
「ざまぁみろ。」
私たち以外に、こんな姿を晒すことは無い。
彼女の特別な位置に居る事が嬉しくて、少し気恥ずかしい。
光莉は私の手を引いて、やはり大鷹くんに別れの挨拶をしない。
私は歩きながら後ろを振り返り、大鷹くんに笑顔で「バイバイ。」