・・
目を開けると、そこには大鷹くんの姿はなく、光莉が満足そうな口元だけの笑みを浮かべて立っていた。
周りを見渡すと、突然の風で埃っぽい廊下と、数人が何が起こったのか分からないというような茫然とする姿。
大鷹くんの能力なのよね。
「さっさと教室に戻るじょ。くすっ……紋葉には貸やな。」
そう言いながら、目の前の窓を全開にして歩き出す光莉。
あぁ、この窓から突風が入ったことになるのかな。
咄嗟の事で、あまり覚えていないけれど。大鷹くんの手には、団扇みたいな物が見えた。
風と……雷なのかな?とにかく、力を制御していたのは確か。
色々なアヤカシが存在し、それもこんな身近で偏るかのように思えるほど、この世界には沢山のアヤカシが居るのだろうか。
私の幼い頃に亡くなった母が鵺だった。
父はアヤカシではない。どうやら母の正体も知らず、不吉を告げる妻を信じてきたのだろう。
だから私は能力を自覚した時、父には明かさず生きると誓った。
アヤカシと言われる人成らざる存在を区別していたのはいつの時代なのか。
適応なのか人が受け入れたのか、人と変わらぬ外見で人間社会に混じり、尚も引き継がれる習性。
だけど『引き継ぐ能力の減退』……それを願ってきたように思える。
母のように役目を背負い、人に不吉を告げて……父のように受け入れてくれる人を望む。
光莉はどう思っているか分からないけれど、大鷹くんのように、この時代まで配下に置かれるのは止めて欲しいかな。
放課後、光莉は無表情で淡々と語る。
「あんな下僕いらんわ。力が暴走したんやろか。なんや知らんけんど、紋葉には悪い事したわ。貸は貸しやけど。」
いつもより距離を置いた大鷹くんが不機嫌そうに話す。
「お前が元凶のくせに、何言ってんだ。貸とか、俺は知らないからな。」
周りに人気がないのを確認した大鷹くんは、右手に大きな葉を形成していく。
「あぁ、大鷹くんは烏天狗だったの?」
天狗って山のイメージがあるから、光莉は山神なのかな。
「警戒心が見えとる時点で、下っ端やな。」
「うるさい、黙れ。」
いつものような雰囲気に戻ったような、どこか線がある様な。
それが当然なのかもしれないけれど、少し悲しくなる。
「紋葉、鼻って伸びるん?なぁ、やってみてや!」
急に思い出したかのように、光莉は目を輝かせて詰め寄った。
「はぁ?そんな無様な能力は一番に衰退したぞ。」
光莉の頭を手で押さえ、顔を引きつらせて拒絶。
十分、恐怖心は植え込まれてしまっているようだ。
何故だろう、この二人だからか微笑ましく思えてきた。
「ちっ。イライラするぜ。」
大鷹くんは舌打ちし、右手首だけで葉団扇を回して円を小さく描いた。
弱い風が生じて大鷹くんを包んだと思えば、背には白に近い灰色の翼を広げ、服装は山伏……顔は変わらず。鼻は無変化。
夢の中ではなく、この現実の世界でアヤカシの姿になれる存在を知った。
「面白ろ~ないわ、そんなん。」
光莉の冷たい視線を無視し、私に近づいて見下ろす。何かを見透かしたように突き刺さる眼。
沈黙が怖くて、話題を探した。
「……大鷹くん、私が変化するのは夢の中だけ……出来るのかな現実でも……」
母から継いだ鵺の能力を、自覚した役目だけで満足し、知らないことがあるとは疑いもしなかった。
多種多様なアヤカシと接し、その度に情報を得て増えていく知識。
周りの環境に身を投じ、今までに得られなかった物。
アヤカシは能力の減退を知りながら、人間の世界に何を望んだのか……
無限に広がる可能性…………