周りの世界に目を向けて・・
今まで見てこなかった世界。自分を取り囲む人間の相互関係。
校舎を一度見上げて視線を真っ直ぐ戻し、教室に向かう光莉の後を追った。
廊下に群がる多くの生徒と耳に入る声に高揚感。
教室に入ると、今まで一緒に授業を受けていたはずのクラスメートの顔が鮮明に記憶されていく。
意識の変化が自分を成長させるようで嬉しい。
そして厄介なのが……一翔を好きな女の子たち。こんな悪意にも新鮮さを覚える。
「聞いているの?馴れ馴れしいって言ってるのよ、あんた。」
ですよね~。
どう言えば、この場を乗り切れるだろうか。
「空馬さんに対しての好意で近づいたのではないわ。私が無くした物を知らないか尋ねたら、あの状況になったの。嘘じゃない。」
彼の意味深な態度が良かったのか、周りを囲んだ女の子たちは相談しながら答えが出たのだろう。
全員が渋々ではあるけれど、私を睨んで去って行く。
小さなため息が漏れる。
恋は複雑。好きな人が自分以外の誰かを選ぶなら、居所を失くした想いは行き場を探す。
生じた怒りや悲しみの感情を処理しきれず、誰かにぶつけて。
目立つ廊下で囲まれていたからか、遠巻きに噂する人影が目に入る。
好意も悪意も関心の表れ。そこで生じた何かを知りたいと願い、何らかの情報を得ようと駆使する姿。
「告美、私じゃ力になれん?なんで言ってくれんの?」
あぁ、さっき光莉が何も言わずに去った時に感じた寂しさが納得できた。
少なからず、私の抱いた愛着。
「不器用な私が悪いだけ。光莉は変わらず、私の傍に居て欲しい。」
私の言葉に、光莉がとった遠慮のある距離が縮まっていく。
自分の踏み出した一歩と、彼女が駆け寄って抱き着いた行為。
満たされる。
『ほんな事せえへんわ』
これから先、私が不吉を告げることがあるとしても、彼女はそれを恐れることなく心を開いてくれた。
「……光莉、私は空馬さんじゃない人に想いを寄せている。」
抱き着いていた彼女に、少しの反応があった。
そして抱き寄せる腕の力を緩め、光莉は小さな声で答える。
「そっかぁ、教えてくれてありがとうな。……ほなけど……うぅん、何でもない。私、応援しとるわ頑張りな。」
光莉は、私とは異なる方法で先を視ているのかな。
私は目を閉じ、光莉の温もりを味わう様に自分からも抱きしめる。
「うん、頑張る。きっと、それが私の初恋だから。実らない恋に焦がれ、切なさと甘さを記憶に生きていきたい。」
不吉を告げる鵺。人から忌み嫌われ、その姿を見た者からは呪いを受ける。
私が視るのは吉凶。告げるのは不吉のみ。
ただ願うのは…………
回避する人間の抗う姿を信じて来たから。
“彼”も、きっと。
だから取り返す。
知らない未来は、避けられない。
多分、何か出来るはず。未来は変えることのできる不安定な物だから。
「おい、俺も入れろよ。」
急な声に、現実へと引き戻される。
腕には眠そうな顔の光莉。
「嫌じゃ。なんでお前なんかと。」
虚ろな眼。
光莉の首の黒い輪が、いつもより色濃くなっていく。
「紋葉、私の配下やったんやな。嫌やわぁ。本当、引き継ぐ能力の減退は止めてくれんと困るけん、どないかならんやろか。」
私から離れた光莉は、大鷹くんに絡む雰囲気が圧倒的な力で満ちているようだった。
大鷹くんは表情を強張らせ、光莉を見つめる。
「心配せんでも噛まへんわ。なぁ、わかるやろ?」
アヤカシの中にも、何らかのルールがあるけれど。
この『配下』って、前に大鷹くんが一翔のことを『地上タイプ』と呼んだのと同じなのかな。
「ちっ。こんな時代まで、俺は御免だ!」
大鷹くんの声と同時、校舎内の廊下なのに、静電気のような光と強い風が生じた。
コレが。
突風に目を閉じ、廊下に居た人をどこまで巻き込んだのか、混乱の叫び声が聞こえる。