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お昼休みに人だかりを探し、中心に居る人物に話しかけた。
「あぁ、君か。待っていたよ。」
待っていた?
意味深な言葉と、これまた見たことのない戸惑いの表情を見せる。
そして、周りに小さな声で人払いの言葉。
「ごめん、二人で話がしたいんだ。」
……あれ?自分に突き刺さる女子の視線が痛くて、冷や汗が出る。
ま・さ・か?
遠巻きに去って行く集団から、私に対する不満が聞こえる。
こいつへの怒りと、今後を考えての恐怖が重なり、言い難い悔しさ。
視線を上げて彼を睨みつけると、満足げな笑み。
「二重人格なんて、最低。さっさと私の夢を返してよ!」
奴の周りを浮遊する球体に手を伸ばして触れようとした瞬間に、手首を捕らえられてしまった。
必死で振り払おうとしても力では敵わず、周りから私たちがどう見えるのかも気になる。
私はただ、自分の物を取り戻したい……違う、私のじゃない……
抵抗していたのを止め、滲み出てくる涙を隠そうと、下を向いて声を殺した。
取り乱すのを観察して楽しんでいたのに、私の変化が予測していたものと異なったのだろうか。
「泣くなよ。」
見なくても分かるほど、気遣うような優しい声だ。
「……っ……泣いて、ない。」
誰のせいだと思っているのかな。
捕らわれていた手が解放され、両手で顔を拭うけれど涙が止まらない。
「なぁ、本当に返して欲しいのか?」
今更、その確認をするのは……その夢は吉ではなく凶だから……
なら尚更。
「返して下さい。」
泣き崩れた見っともない顔を上げ、真剣にお願いしたつもりだった。
なのに。
「嫌だね。コレを返すわけにはいかないんだ。」
意地悪ではなく、何か理由があるのだと気付く。
彼の表情は悲しみを伴い、視線が何度かさ迷っては私に戻る。
名乗らなくていいとか、酷い事を言ってしまったな。
今後の女子に対応するにも困るか。
「私は吉凶を萌す鵺。鳥生 告美。あなたは?」
「俺は、空馬 一翔。……ジンマ……」
あまり聞かないアヤカシ。
人の夢を奪う“魔”……ジンマ?
「空馬さん、私の視た夢は“私の物”じゃない。アヤカシなら分かるはず。役目の為に……不吉を告げる鳥であるが故、返して欲しい。」
私の願いに彼は口を閉ざして、手を浮遊する球体に近づける。
ほっとしたのも束の間、彼はそれをつぶす様に握り締めた。
信じられない光景に唖然。
「告美、俺の事は一翔で良いよ。また夜に会おうぜ。」
表情は読み取れない程に冷静で、声の低さに静かな怒りを感じる。
彼の広げた手には何もなかった。
きっと球体を吸収したのね。
安堵した私に視線は冷たいまま、流し目で方向を変えて去って行く。
奪還を試み失敗した。
謎は深まるだけ。
空馬一翔……朝は気づかなかったけれど、学年を示す襟のラインの色は2年生。
私より年上。取り巻きの女の子は知らないから、好意を抱けるのだろう。
……一翔で良いって言われても、呼んだ日には血の雨が降りそうだ。
そうね。知らないのに好意を抱ける。恋は盲目……
私は“彼”に不吉を告げなければいけない。
それが鵺としての役目。
吉凶を萌した時点で私は…………この恋を終わらせたかったのかもしれない。
私の理想。淡い想い。
全うするため、一翔から夢を奪還する。
夜、私の視た吉凶の萌しは手に入るだろうか。
彼は……ジンマ…………