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「くすくすくす……そう、君が“僕”に惹かれたのは当然だよ。だって、それは“僕”が君の理想の塊だから。」
確認したはずの背後から声が聞こえた。
突き落されるような感覚。
自覚したくなかった事に対する情けなさと、自分の浅はかさを暴露された事への動揺。
生じる震えは、怒りでも恐怖でもない感情が引き起こす。
悪夢。
夢であったなら、どれだけ良かっただろうか。
私は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
視線は目を見開いたまま地面を見つめて、涙で霞む。
“彼”は背後から回り込んで、私の前にしゃがんだ。
その存在に気圧されたのか、身動きが取れないような重みが増し加わり、硬直していく。
「ふふ。鳥生 告美さん。鵺なんだ。……へぇ。綺麗だね、君。もっと見せて。」
あなたの目は何を視ているの?
不自由さに抗い、徐々に顔を上げていく。
…………言葉を失った。
そこに居たのは。
「どう?君の理想は変わってしまったかな。それとも僕の本性を見ている?」
私の理想とは異なるけれど、整った顔の男子生徒。
切れ長の目は、穏やかに私を見つめる。
「僕は姫鏡 暎磨。……くくくっ。オレが視ている君は儚い鳥……思わず壊してしまいそうだ。」
彼は片膝を地面に付け、両手で私の頬を包み、指で撫でるようにして涙を拭った。
その優しい触れ方や視線にも係わらず、自分の理解できなかった感情は恐怖に染まって震えが治まらない。
「可愛い。もっと見せて。もっと、壊れた所が見たいんだ。どうすればいいか、オレは知っているよ。ふふ……くすくすくす…………」
彼の笑顔に生じたのは嫌悪感。
触れられている部分が拒否反応を示すように痺れる。
「……ゃ……ぃ……嫌……」
私に触らないで。
今すぐ手を離して。
ここから逃げたい。
それなのに体が思う様に動かなくて、怖い……
誰か……助けて。
目をぎゅっと閉じ、背に走る寒気に震えが増していく。
「まずは、その翼を広げてみようか。」
え?
声と同時で急激な痛みが生じて、思わず蹲る。
「……っ……あ、……ぅ……」
広がる翼が、引き抜かれるほどの強い力で更に拡張していくような感覚。
現実で変化をしたのも一度だけ。
けれど、その事がなければ私は……
「綺麗だね、君は本当に……。ねぇ、聞こえているんだろう?告美。君は何故、オレに理想を重ねたの。」
理想を重ねた?
痛みが和らぎ、荒くなった息を整えながら、耳に入った言葉を理解しようとする。
微かな視界には、目前の地面に滴った自分の汗。
今も額を流れ続け、全身に滲む水分が熱を奪っていく。思考が働かない。
「俺は鏡のアヤカシ。俺に映したのは、君の理想の姿だよね。」
私の理想、望む姿……
止めて、言わないで。
「何を見たのか忘れてしまった?教えてあげようか、それとも成ってあげるか。」
止めて、違う。
私の理想だなんて、少しも……
「心配しなくても良い。大丈夫、君の心を全て知る事が出来るから。心変わりなどと、オレは思わないよ。」
心変わり……私の理想は変わってしまった?
止めて、見ないで、まだ私の心は…………
「違う、あなたは何も分かっていない。」
現実、一翔が悪夢だと奪った私の未来の萌しに直面して、分かっていないのは自分だったと痛感する。
吉凶を夢で視、それを告げられた者達は運命を受け入れるのか、それとも抗うのか。鵺の役目を新たに意識し、不吉を告げられた者達が何を感じてきたのかも理解した。
「告美!」
現実が悪夢に染まる・・