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「これはね、“君の”悪夢だよ。俺は獏……悪夢を喰らう。」
私の悪夢。私に生じた感情が一瞬にして奪われたのは、その為。
“彼”の未来に私がいる。
吉凶の萌しで見たものは、私の悪夢。
彼の不吉が、あまりにも残酷だった?そうだとしても……
「返して欲しい。」
悪夢を喰らう獏。
彼の役目ゆえ、絶対に取り戻せはしないと思っていたのに。
「……いいぜ、取り返せるものなら。覚悟を見せろよ。」
私の役目を知っているからなのか、探る様な言葉と視線が突き刺さる。
彼は私に歩を進め、目の前で止まった。
萌しと同じ位置。彼は口を動かして以前と同様、風船ガムのように膨らませた。
それを口の中に戻しては、膨らませてを繰り返す。
『覚悟を見せろ』
感情の見えない眼。
私の覚悟が、萌した未来を変えるかもしれない。
それは、“彼”の吉凶なのか私の未来なのか……それとも…………
私は迷わず突き進む。
一翔の頬に両手を当て、背伸びをして彼の口に唇を重ねた。
閉じ気味の視界に入るのは、見開いた目。
彼の口内は熱い。夢なのに、体温を感じるなんて。
違う。これは…………
一瞬だけ視えた映像と、音声。
『君が“僕”に惹かれたのは当然だよ。だって、それは……』
顔の部分が霞んで、“彼”の表情は視えない。
これだけの情報では、私の悪夢にはならなかったはずだ。
一翔から離れて私は目を大きく開き、更に距離を取った。
「ふ。くくく……不満気だね。俺は、十二分に楽しんだぜ?食んでいたら消化しちまったよ。お前の悪夢は、俺を虜にするほど美味い。……告美……。あいつには近づくな。頼むから。もう、俺と係わりたくなどないだろう?」
彼の感情の変化に胸が痛む。
「一翔、あなたは何を恐れているの?」
多分、その悪夢にあなたが居た。
私の見つめる視線に、彼は苦笑する。
「恐れは未来に対して生じるもの。そうだ、先を視るお前が怖い。」
私の知りたかった答えではないけれど、全く関係のない言葉ではない気がする。
「残念ね。私の初めてのキスを奪った罪は、償ってもらうわ。覚悟を決めた女から逃れられると思わない事よ。私は一翔の萌しも視たのだから。」
私の言葉に驚いた表情をしてから、一翔は視線を慌てて逸らした。
「この悪夢も、お前から奪えば済む話さ。」
言い逃げのように姿を消して、説得力などない。
もしこれが、私の中で“悪夢”だと言うなら記憶からは拭われるだろう。
けれど、私が萌したのは『後戻りできない』状況。
しかも一翔から奪還できたのは…………