奪還できたのは・・
目の前が霞んでいく。
視る力が弱くなり、目の前に居た一翔の姿は儚く消えた。
体中の力も抜けて、その場に座り込む。
カーテンの隙間から差し込んだ眩しい光にも反応できず、視線は床の絨毯を見つめたまま。
この現実で変化した影響なのか、思考が働かない。
「告美、目を瞑りな。無理させてしもたけん、もたれてもええよ。」
私より背の低い光莉の身体に寄り掛かり、目を瞑るのも儘ならない。
やはり、慣れない現実での変化による影響なんだ。
意識が遠退いて、睡魔に誘われていく。
落ちる……まるで暗闇に吸い込まれていく様だ…………
『もう、後戻りは出来ないからね』
彼の声が頭に響く。
視たのは私の先を萌した吉凶。夢ではなく、この現実で。
「告美が、私の配下やったら良かったのに……そしたら手を出すことも出来たんじょ。どないも出来んわ。ごめんな。」
遠くから寂しそうな光莉の声が響いてくる。
伝わる温もり。
大丈夫、傍に居てくれるだけでいい。それだけで私は……幸せを得ているのだから。
役目を担い、不吉を告げ、恨みをこの身に受けて来たのだから。
夢現。さ迷う意識は、どちらにいるのだろう。
混濁するような感覚。何も見えない闇に不安を煽られ、体が一瞬だけ浮くような違和感。
目を開けたはずだった。
でもここは夢の中。
私が見たのは、不機嫌そうな表情の一翔が遠巻きに立って睨んでいる姿。
「寝ているのに夢に居ないとか、俺を待たせて何様なの。我慢の限界だよ?」
口元を引きつらせ、無理した笑顔を作って見せる一翔。
彼の手にある球体を歪ませて見せ、空中に放ってから握りつぶす様に掴んだ。
乱暴な、前と変わらない態度に寂しさが生じる。
一体、どれほど先を視たのだろうか。
私は出そうになった言葉を呑み込み、視線を逸らして答える。
「……ごめんなさい。其れは返して頂けませんか。」
夢の中なのに手が震え、自分に込み上げる複雑な感情を処理しきれずに胸元の服を握り締めた。
「告美、俺はこれが何なのか知りたい。」
奪っておいて、それが何なのかを問う一翔。
私こそ、その球体が何なのかを知りたい。だけど、彼は決して答えてはくれないだろう。
「それは、私の物ではありません。ある人の未来の萌し。」
目を上げ、出来るだけ気持ちが伝わる様にと隠し立てもせずに。
嘘など含まない簡潔な言葉。
「……ある人……ね。告美、コレが何なのか言ってやるよ。俺がお前に返せない理由だ。」
何かを悟ったような間と、苦笑に混じる感情が何かを知りたくて目が離せなくなった。
彼の抱える闇の心奥深くに触れたようで、何かが埋まる。
満たされたような感覚に、彼の真意も私の役目も二の次で。