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この身で不吉を告げ、受けてきた非難や中傷、そして恨み。
誰にも理解されず、それで役目を全う出来ているのだと自己満足。
目的の家を目指す光莉は無心なのかも知れない。
私は、この手に温もりと信頼の情。込み上げる感情に、また涙が出そうになって我慢する。
今は幸せだから。
ありがとう。光莉と出会えて本当に良かった。
歩が止まり、私は目的地に着いたのだと知って目を上げる。
そこには大きな門と、遠く離れた所に建つけど大きいのが分かる家。
入るのは……「無理!」
思わず後ずさり、光莉の手を引き戻す。
「どしたん?気分でも悪いん?」
少し残念そうな表情で、私を覗き込む。
「光莉のお家が、こんな大きいとは知らなくて。私……その。」
戸惑う私に微笑みを向け、手を引いて門を開いた。
「気にせんでもええわ。ほなって昔は、“神”様じゃって言われとったんやけんな。」
……確かに、そんな経歴(と言うのかな?)なら、当然の物なのだろう。
アヤカシの共存って、こんな所にも表れるんだね。思わず納得してしまう自分に苦笑。
「私の家に入ってや。」
敷地は綺麗に整備され、近づいた家は思った以上に大きかった。
中も広々としていて、爽やかな森をイメージできるような良い香りが漂う。
「私の部屋は上の一番手前やけん、先に入っといて。お菓子やお茶を持って後から行くわ。」
「別にいいよ。」
思わず不安になって即答したけど、私の声など届いていないかのような後姿。
渋々と階段を上り、言われたように最初の扉を開く。
しかし、そこはトイレだった。
……光莉の嘘つき。
扉を閉め、反対側の扉を開くと、今度はファンシーな部屋で安心する。
ちょっとワクワクしながら入って、キョロキョロと周りを見渡した。
一通り見た後は、落ち着けるような場所が見当たらず、棒立ちで押し寄せるのは不安。
確かに座れるような場所はあるのだけど、そこに居る自分を想像すると、とても小さくなるような気がして。
落ち着かないのは変わらない、むしろ息が詰まるかも。
待ち望んだ音がして、私はドアに駆け寄って開ける。
「……告美、どしたん?トイレなら前のドアやけど。」
私は光莉が持ったお菓子に手を伸ばしながら苦笑して答える。
「はは。やっぱり、大きな部屋は落ち着かないかな。」
私の返事に光莉は無言で首を傾げ、部屋の中に入って飲み物を机に置いてからドアを閉めに行く。
毎度のことだけど、この無言の間が寂しさを増すのはどうにかならないかな。
もっと時間が経てば慣れるだろうか。
「告美。部屋、暗するけん変化してみ。」
え?今、何て言ったの。聞こえた言葉があまりに意外で、意図を汲み取りたくて確認したくなる。
だって夢ではないこの現実で。
戸惑う私を放置して、光莉は窓に近づいてカーテンを閉めた。
高級なカーテンは一切の光を遮って、そこはまるで夢の中と同様に暗闇と化す。
目は慣れず、光莉の姿も見えない。
不安が増していく。
「光莉、私は萌しに急かされて変化してきた。それは夢の中で……光莉……」
声は小さくなり、彼女の様子を探るが反応はない。
初めての変化は萌しに促され、それは寝ている時の経験だった。
夢の中でしか先を視る事などないと、自己解釈。
今、私が見つめるのも夢と同様の暗闇。
萌し。吉凶を視たいと。
それは私の願いだった。
これから先、私自身の未来なども知る事は可能だろうか。
ぼんやりとした何かが見える。
背に違和感。
暗闇に、淡い光が徐々に広がっていく。
分かる。変化していく自分が。
きっと黒煙の交じる炎の翼が、この光景を照らしているんだ。
意識を集中し、背中と目に力が入る。
これは……
くっきりと浮かび上がったのは、一翔の姿。
彼は私の前に立って、優しい視線を注ぐ。
表情は切なさの伴うような、何と言い表していいのか惑う。
心揺さぶられ、逃げ出したいような衝動。
彼は私の顔に手を近づけてくる。
ゆっくりと頬に触れるかどうかの距離で止まり、悲しい笑顔。
思わず感情が同調したのか、泣きたくなった。
「……もう、後戻りは出来ないからね。」
彼の声に反応して、私の頬に零れる涙。
違う。萌しだから彼の触れている感覚がないんだ。
彼の手は、私の頬に当てているのが分かる仕草。
それは私の涙を拭っているのだろうか。
申し訳ないような苦笑と、潤んでいる目。
どうして一翔が?
これから先、私に待ち受けている未来。
もう後戻りは出来ないのだと言われて…………