見た夢は・・
妖怪。怪異。アヤカシと言われる人成らざる存在。区別していたのはいつの時代なのか。
適応なのか人が受け入れたのか、現代にもソレを受け継ぐ子孫がいる。
人と変わらぬ外見で人間社会に混じり、尚も引き継がれる習性。
役目を背負って、其れは夜な夜な活動を粛然と繰り返す。
私、鳥生 告美も其の1人。
私は暗闇に立ちつくし、その慣れた環境に疑問も無く、課せられた使命を探す。
通常にみる夢ではなく、私の中に存在する引き継がれた能力。
日常で私の背にはない黒煙の交じる炎の翼。
闇と同化しそうなそれを徐々に広げ、微かな光源に照らし出される映像。
今回は自分が視る事を望んだ“彼”の未来。
それを視て、私の中に生じたはずの感情が消えるなんて。
ロウソクの炎が消える時のような瞬間で、あっけなく記憶から奪い去られてしまった。
暗黒の闇も真っ白に塗り替えられ、そこに在る者に気付く。
何もない場所に腰掛け、片膝を立てて私を見下ろすような位置にいる男。
「ハジメマシテ。お邪魔させてもらっているよ。」
私の予知夢を奪った張本人。
「何者かは問わない。今すぐに夢を返せ。」
この者の目的は分からないけれど、奪われた夢を取り返さなければいけない。
だってそれは、“彼”の未来だから。
「へぇ。お前は仲間だったんだ。」
何を今更。私の翼を見ていないのか?
予知夢の闇が取り去られた今となっては、あの翼も見えないけれど。
いつから居たんだ。こいつが奪ったのではない?
いや、仲間だと言うなら。
冷静さなどなく、状況の把握で頭はフル回転。
「返せ、かぁ~。ふむ。やった事が無いんだけど、試してみる価値はあるかな。くくく。だって、俺好みの同類なんて喰うっきゃないっしょ。」
腹の内も見えないような笑い方で、私の様子を常に観察するような視線は逸れることが無い。
彼は片膝を下ろし、口は何かを噛む様な仕草。
風船ガムを膨らます様にして口から出したのはピン球の大きさで、白に灰色のマーブリング。
口から離れて空中を漂う球体。
それは私が奪われた夢なのだろうか。
彼自身、それを指で摘まんで興味深そうに見つめる。
「これ、本当に欲しいの?」
私に視線も向けず、力を入れて球体を歪ませていく。
強度も分からない未知の物体に、限界を感じて失う事への恐怖が生じた。
「止めて!」
咄嗟に叫んで距離を縮める私に、彼は満足そうな笑みで球体を空中に離す。
その瞬間、自分の体に違和感。
足を止め、両手を胸元に近づけて思考停止。
そんな私を馬鹿にしたような嘲笑に、恐る恐る目を向けた。
「現実の心配をした方が良くね?」
コイツ、コイツぅ~~!?
寝ている私の身体に直接、触れているだと?そんな馬鹿な!
夢から引き上げられるようにして、目を覚ます。
信じたくないけれど、自分の上に被さる男は夢と同じ人物だった。
目を覚ました私に、両手で胸を覆ったまま悪びれも無い笑顔。
「俺、寝る時にノーブラの女とか初めてだ。」
最低最悪!
手は拳で、未だかつてない程の力を振り絞ったパンチ。
体勢を崩した奴の傍らには、あの球体が浮遊する。
手を伸ばし、それに触れようとした瞬間に留めるような力。
殴られた顔を押さえながら涙目で、空いた方の手が私の手首を掴んでいた。
「痛いなぁ。嫌いじゃないよ、気の強い女の子って。調教し甲斐があるからね。」
背筋を通る寒気。
彼の視線は鋭く、感情も読み取れないような表情。
私の体は震える。
力も入らず、言葉を失った。
もう駄目だ。現実で力のない私は、このまま彼の思い通りにされてしまう。
そんな私から視線を逸らし、彼は捉えていた手を解放した。
「夜明けか。」
彼の向ける視線の先にあるのは窓。
確かに光が徐々に広がっている。
「ふっ。安心しなよ。そろそろ強制的に引き戻される時間だ。」
流し目で見下ろす彼の姿が霞んで、重みも軽減していく。
そして気配まで完全に消え、安堵したけれど、自分の体に重みとは違った力が圧し掛かったように感じる。
疲れ。それも精神的な疲労。
深く息を吐き出し、視線を漂わせて探した。
視ることを望んだ“彼”の未来。奪われた夢。
それが詰まっていたのかも曖昧で奇妙な球体。
混濁する思考は落ちるように、通常の夢へと誘われて。