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「隼人と大貴」著者:大吾

 大貴との出会いは高校一年生のときだった。同じ高校で意気投合し、部活動もボクシング部に入部して日々切磋琢磨し合う仲だった。


「隼人はWS大学に進学するんだろ。俺もそこを目指すよ」

「いけるのか? 相当頑張らないと、難しいと思うぞ。俺だって受かるかどうか怪しいのに」

「大丈夫だ。ボクシングで鍛えられた集中力を舐めるんじゃないぞ」


 大貴の成績は良くなく、オレと一緒の大学なんて行けるわけないと思っていた。

 しかし、三年生になると大貴は見る見る内に成績を伸ばしていき、気が付けば模試の偏差値も俺を追い抜いていた。


「やったぜ隼人。今回の模試で書いたWS大学の学科、軒並みA判定だったぞ」


 大貴の成長スピードはとてつもなく、俺も内心で嫉妬心が芽生えた。大貴は非常に嬉しそう、だけどそれを素直に喜べない俺がいる。


「そうか、よかったね」


 俺は素っ気なく返事をしてしまった。大貴の短期間で爆発的な成果を上げる姿勢を、俺は羨ましく思った。



 高校を卒業すると、俺と大貴は同じWS大学に進学することとなった。大貴は普通に合格したのに対し、俺は補欠からの繰り上げ合格。一年前、俺が上に立てていたのが気が付くと逆転されていた。


 大学に入学すると、俺と大貴はボクシング部に入部した。部活見学で久方ぶりにグローブをハメ込み、感覚を取り戻すようにサンドバッグを殴る。

 慣れない動き、鈍すぎるジャブ、高校でバリバリボクシングをやっていた時と違い、今の俺は幼稚なボクシングに成り下がっていた。

 自分の衰えを深く認識した一方、隣のリングでは大貴が、パンッ、と弾けるような音を上げて殴っていた。一切のブレの無い体幹、それでいて一つ一つの動きに無駄がない。その圧巻さは先輩をも凌駕するほどであった。

 俺は、大貴がこの一年でボクシングも勉強も何もかもを上回ってしまったことをまじまじと実感した。余計に嫉妬心も増していった。

 ボクシングでは置いて行かれそう。だからこそ勉強だけは、大貴に絶対に負けないぞ、という気持ちを強めた。

 その目標通り、俺のGPAは3.60以上を常に保ち続けられ、それは落単に怯える大貴を明らかに上回っていた。


 大学二年生の後期が終わると、大貴はボクシング部の部室に入り浸るようになり、授業に出席することもめっきりと減った。

 俺はたまにしか部室に来られなくなったが、行く度に大貴がずっと精を出し続けていた。

 俺よりもはるかにボクシングは強い大貴。しかし、あいつの練習は若干やけ気味であった。まるで自分にはボクシングしか残されていないとでも言うように。

 大貴の練習を椅子に座り眺めていると、あいつは俺の方に駆け寄った。


「俺さぁ、大学をやめようと思うんだ」

「はっ?」


 俺はいい感じの言葉が出ず、呆気にとられるしかなかった。


「何で? 何でやめるんだよ。勿体無いじゃないか。せっかく一緒の大学に行こうって昔言ったのに、その時の心意気はどこへいったんだよ?」

「うるさい、もう勉強のモチベーションが上がらないんだ。ボクシングにだけ力を入れているしかない現状、それが正しいのかもわからねえ。部内でも先輩より強くなって満足してしまった。だから一度全てをリセットしたいんだ」


 静かにそう言うと、大貴は荷物を持って部室を後にした。

 

「おい、待てよ」


 と俺はあいつを追いに行こうとするが、外はあいにくの雨。俺は室内から、夕立に濡れる大貴を静かに眺めた。傘もささず体に纏わりつく雨粒は、あいつに悲しみを与えているようだった。

 このまま大貴が消える、そう思うと胸騒ぎが止まらなかった。


 翌日、無理を言って大貴を部室に呼び出した。俺はリングに立ち、グローブをつけている。


「隼人、お前急にどうしたんだ?」

「大貴、俺とボクシングで闘ってくれ」

「はぁ、急に何を?」

「お前に大学をやめてほしくないんだ。せっかく高校の頃からの付き合いなのに、今後話すことが無くなってしまうかもなんて考えたくはない。勉強はできなくても、ボクシングだけでも打ちこんでくれないか?」

「お前に俺の何がわかるんだよ!」

「来い。俺にムカつくなら、その拳で俺をとめて見ろ」

「くっ……」


 大貴は歯ぎしりをして苛立ちを募らせると、ボクシング用に着替えることなく、リングに向かって一直線に駆け出す。


「ふざけんじゃねえっ!」


 大貴の鋭い右ストレート。しかし俺は首を傾げて皮膚一センチのところで避けた。大貴も思わず狼狽える。

 俺は慈悲もなく大貴の顔面を右ストレートで殴った。そこまで力を込めたつもりはない。でも準備もろくにできていない大貴にとっては、立ち上がることはできても戦意を削がれた一撃となった。


「隼人、何だよその一撃は……?」

「俺も隠れてトレーニングは積んでいた。部内で自分が一番強いだと? まずは俺を倒してから言ってくれ」


 そう言うと俺はリングに倒れる大貴に手を差し伸べた。


「大貴は強いんだ。僕なんかよりもよっぽどポテンシャルはあるはずなんだ。もう一度、俺とボクシングをしないか?」

 大貴は不満そうな顔をして俺の手には触れなかった。あろうことか、俺と話もせずに部室を後にした。


 一か月後、三年生になりボクシング部の活動は再開した。そこに大貴の姿は会った。誰と話すわけでもない。それでも彼はひたむきに基礎からトレーニングを行い、再びボクシングに打ちこみ始めた。

 それが俺は嬉しかった。

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