悪魔との戦い
膨大な魔力の波動を感知した。
その場所へと赴くと、そこには大きな感情のうねりが見られた。
うねりの中には僅かにではあるが、小さな殺意が感じ取れる。
これ程の魔力があるのならば、その小さな殺意を刺激してやれば私は現世に顕現できるだろう。
私は彼の小さな殺意を育ててやる事にした。
軽く意識を誘導してやると、その悪感情はすぐに育った。
後は彼から魔力を吸い出すだけで目的は達成される。
――負の感情、美味であった――
私は世界に顕現した。
さて、この時代の人間共はどんな感情を見せてくれるのだろうか。これから起こるであろう未来に私の心は愉悦で満たされる。
まずは街一つで殺戮を。半分ほどの人間を処理して残った者の感情を喰らおう。
そんな事を考えている時だ。
空を駆ける少年の姿を捉えた。
飛んでいる私に向かって来れる者が居ようとは。この時代の人間は活きが良い。少年の苦痛が見られるのが今から愉しみである。
魔力で爪を伸ばし臨戦態勢を取る。すると少年は加速した。
踏み込みから一閃――。
危うく首を取られる所だったが、すんでの所で回避。
強かな少年だ。ゆっくりと近付き、私を欺こうとしたのか。
化かし合いで私に挑もうとは……後悔させてやろう。
と、そう思っていたのだが……。
目で追うのがやっとの私は致命傷を避ける事しかできなかった。この少年、どんどん加速しているではないか。こんな人間が居たのか。
いや、違う。これは私が弱いのだ。
膨大な魔力を感じた彼から吸い取れた魔力は、通常の人間とさして変わらなかった。
しかしこの少年。動きは早いがそれだけだ。
私の再生能力を以ってすればどれも掠り傷。初めの首を狙った一撃も、致命傷には成り得なかっただろう。
ならばある程度の損傷は許容しよう。この速度で動く少年も……いや、この速度だからこそ、移動する先を狙われれば一溜まりもないだろう。
右の爪で引き裂く振りをして本命はこの左手。少年の進行先で待ち構え、横切る瞬間に伸ばして引き裂こう。
しかし、それは叶わなかった。爪に引き裂かれる直前、少年の軌道が変わった。
いや、それだけではない。私の左手が切り取られたのだ。
一体何が起こったのか。それを理解しようにも、先に怒りが込み上げてくる。
冷静にならなければ。怒りで我を忘れた状態では、この少年に足を抄われるだろう。
少年は強い。それは素直に認めなければならない。まずは落ち着いて左手の修復だ。
怒りを鎮め冷静さを取り戻した時、少年は私から距離を取り地に足を付けていた。
私から何かを感じ取ったのだろうか。しかし、こちらとしては好都合だ。
平静を取り戻し、尚且つ起こった出来事を理解する時間が得られたのだ。
この少年を殺す算段は整った。
今度はこちらの番だ――。
(フレッド!?)
まずい事になった。フレッドが意識を失ってしまったのだ。
私は悪魔から距離を取り、思案する。この相手とどの様に戦うのが最善か。そう思い、悪魔を観察する。
悪魔からは尋常ではない殺気が感じられた。どうやら私を本気で殺しに掛かる気でいるらしい。
私が狙われている間は被害の拡大を抑えられる。ならばこちらとしても好都合。回避に専念し、援軍を待つのが得策だろう。
悪魔が地上に降り立つ。
空を駆けるよりも、魔力を温存できる地上の方が時間は稼げる。地上戦はこちらとしても望む所だ。
ゆっくりと間合いを詰め、一気に踏み込む。剣を振る直前、目の前に壁が現れた。咄嗟に風魔法で軌道を修正しつつ剣を振る。
悪魔が魔法で生成したであろう土の盾は、斬れない程ではなかった。分厚い盾を生成されれば、魔力を温存した今の私では突破できないであろう。
しかし、そんな代物を何度も素早く生成できるものではない。必ず隙は生まれるのだ。
こちらの攻めが甘いと見た悪魔は攻勢に転じる。
それを躱しながらも隙を見つけては反撃に出る。
暫くして相手の思惑に気付く。既に辺りは地面から生えた無数の壁に囲まれていた。私の機動力を削ぎに来たのだ。
一瞬。ほんの一瞬判断が遅れる。悪魔は自ら壁を突き破って攻撃してきたのだ。
その壁は盾と呼ぶには余りにも脆く――私は剣で受け止める事しかできなかった。受け流す余裕も、魔力で十分な強化を施す暇も与えられなかった。
その結果、剣が中ほどで折れてしまうという事態に陥った。
(【エアインパクト】)
私は咄嗟に自分の身体を吹き飛ばした。悪魔の斬撃が鼻先を掠める。
加減はしたつもりであったが、土の壁に背中を打ち付ける事になった。
見えない背中の壁に注意を払う余裕もなく、風魔法で衝撃を和らげる事ができなかったのだ。
衝撃によるダメージ自体は大した事ではない。しかし、その後も攻め立てて来る悪魔への対応が後手後手に回ってしまう。私の呼吸は乱れ始めていた。
何度もギリギリで躱しながら態勢を立て直そうと試みる。
斬撃で肌を傷つけられようとも、地面を転がろうとも、どれだけ醜かろうとも致命傷を避けた。
剣が折れた事によって、それらの行動の妨げに成らなくなったのは何という皮肉な事だろうか。
それに強化する範囲が減り、必然的に魔力の消費も抑えられる。
私は倦怠感を通り越して、身体能力の低下を感じ始めていた。
剣の強化を強め、本来の私の戦い方に戻す事で何とか態勢は立て直せた。魔力を温存している場合ではなかった。
しかし折れてしまった剣では長さが足りず、生傷は増えていくばかり。周囲の土壁のおかげで大きく回避もできない。
この悪魔。空を飛べる者が地上戦で土魔法を巧みに操るとは予想外だ。上空から一方的に攻撃できると言うにも関わらず、これ程までに近接戦闘に組み込んでこようとは。
空へと逃げる事も考えないではなかった。しかし、今の状態で空中戦を仕掛けるのは無謀だろう。
踏み込み、姿勢制御、衝撃吸収。それら全てに魔力を使う上、少しでもタイミングを外すと命取りになる。この相手はその隙を見逃さないだろう。
気力を振り絞り、なんとか持ち堪える。意識が飛びそうになる。それでも倒れる訳にはいかなかった。
そんな時、上空から何かが飛来し地面を割った。それは、身の丈二メートルはあろうかという大男だった。
その大男は周囲の土壁を一気に飛び越え、先程まで悪魔が居た地面を割ったのである。
私よりも先に飛来する大男に気付いた悪魔は、その場から大きく離れた。
「ガハハハッ。これが悪魔という奴か。中々の反応だ。ボウズもよく持ち堪えた」
悪魔は右腕を無くしていた。不意打ちとは言え、悪魔の腕を切り落としてなお地面を割る威力。只者ではない。
「助太刀、感謝する」
「おう、気にすんな。後はゆっくり休め」
大男は大剣を構えて一瞬屈むと、悪魔目掛けて一気に駆け寄った。
無数の土壁を、まるで何も無かったかのように破壊して進む。剣で斬るのではない。その肩、その全身を以って破壊し尽くしているのだ。
その大胆な戦い方に、私は目が離せなくなっていた。私が持ち得ない、人生を懸けてでも届かないであろうその頂きを。
必死に抵抗する悪魔であったが、大男の攻撃を防ぐ事はできなかった。何度も手足を再生し、致命傷を避ける事で何とか命を繋いでいた。
そして何を思ったか、私の方へと駆けて来た。せめて私を道連れにしようとでも思ったのか。
いや、この悪魔はそこまで単純ではないだろう。私を巻き込む事で、大男の攻撃を単調なものにする気なのだと直感した。
せめて大男の邪魔にならないようにと応戦する。魔力の温存などというものは既に頭の中にはない。全身全霊を以って迎え撃つ。
悪魔の動きにも陰りを見せ始めた頃、私は好機を見逃さなかった。
最後の力を振り絞り、魔法を放つ。
「【エアインパクト】」
私を攻撃しようと右手を振った時、大男も同時に大剣を振りかざしていた。
致命傷を避けつつも私を仕留めるつもりであったのだろうが、その焦りや苛立ちを私は見逃しはしない。
小さく弾かれた悪魔は大男の袈裟斬りによって二つに分かれる。
然しもの悪魔も即時再生すること叶わず、何度も斬り刻まれて行く中で――私は意識を失った。




